第21回 元魔王、大食い対決をしかける。

「ところで、大将。この店はなぜ魔族立ち入り禁止なんだい?」


 私は、動かす手の速度をゆるめながら、大将に聞いた。


「……ん? そんなことが気になるのか?」


 大将は、少し眉間みけんにシワを寄せている。


「いやね、これだけおいしい料理なんだ、魔族にも好評だったのではないかと思ってね」


「まあ、そうか……そうだな」


 大将は、とつとつと話をはじめた。



 この勇者亭も、最初は魔族を受け入れていたそうだ。


 人間人気にひっぱられたのか、魔族がどっとおとずれてきて、だい繁盛はんじょうしていたらしい。

 店は、そんな状態に右往うおう左往さおうしながらも、なんとかしのぐことができていたそうだ。


 さすが勇者亭だ。

 料理だけでなく、接客のほうも伊達ではないのだろう。


 魔族への対応をよりよいものにするために、日々の試行錯誤を怠らず、その成果として、魔族人気もだんだんと上がってきていたのだそうだ。



 しかし、そんな努力も、あるとき壁にぶつかってしまう。



 それは、魔族への対応にも慣れ、店が以前の落ち着きを取り戻したころだった。


「魔族にきちんとマナーを守らせて下さい。じゃないと、もうこの店では食事ができません」


 そんな投書を、大将は受け取った。

 そして、はたと思いいたったのだそうだ。


 魔族は、人間が当たり前のように守ってきたルールを、ことごとく破壊していた。



 たとえば、入店前。


 魔族は、入店待ちの列に並ぼうとしないのだ。

 列に割りこむということすらせずに、我先にと店の中へと入ってきてしまう。



 それから、食事の仕方。


 自席で食べ散らかすだけなら、まだ店が清掃の負担を負えばいいのかもしれない。

 しかし、騒ぐように散らかしまわり、まわりのお客様にまで迷惑をかけていた。



 さらに、店に対しての態度だ。


 「味が好みじゃない」「もっとワレワレに合わせろ」と、横柄な態度であーだこーだと要求してきたのだそうだ。


 大将は、お客様の声にはできるだけ応えようとしたそうなのだが、個々の好みに合わせてすべてを変える、というようなことは、どうしてもできなかった。


 なぜなら勇者亭は、いわゆる大衆食堂であり、特定のお客様向けに調整するような、高級店ではなかったからだった。



 そして、挙句の果てには、そんな言いがかりのようなことを盾にして、金をはらわずに食事をしていくものまで出てきてしまったのだという。



 その状況に、さすがの大将も頭にきてしまった、ということだった。


「こういうもんは、もとから断たないとダメなんだ。だからオレの店は、魔族の入店はお断りなんだ」


「……なるほどな」


 大変なことになっていたのだな。


「そもそも、人間と魔族じゃ違いすぎるんだよ。

 そりゃ姿形は似通ってるのもいるけどよ、それは見た目だけで、中身はそうはいかねぇだろ?

 それを急に一緒くたにしようってのが無理があんだ」


「でも、だからって、閉め出さなくても!」


 そう言ったのは、ユーキだった。


「もっと話し合って、お互いに理解していけば」


「お互いに理解するってのは、どういうことを言うんだ?

 どっちかが――この場合は、十中八九、人間側になるんだろうが――我慢しろってことなのか?

 それは、人間を追い出してでもしなければならないことなのか?」


「それは……」


「それに話し合いっていうなら、そもそも魔族側が話を聞いてくれれば、こんなことにはならずに済んだんじゃないのか?」


「……そうかもしれませんが……」


「そもそもな、こういうことは上の連中が考えてくれって思うんだよ。

 人間側も魔族側も『はい、今日から仲よくしましょうね』でうまくいくわけがないだろ?

 だからな、いつか機会がくれば、上の連中に怒鳴りつけてやろうって思ってんだけどな」


「そうか……ならば私たちは、ちょうどよいところに来たということだな」


 私はそう言いながら、おもむろに立ち上がった。


「どうした? なにがちょうどいいんだ?」


「大将の言う、その怒鳴りつけるべき相手が、今、目の前にいる、ということだ」


 私は、大将に向かって、胸を張り、腰に手をあてる。


「私は、魔族側の『元』上のもの、この状況を作り出してしまった現況である、『元』魔王なのだ」


 その言葉を聞いた大将は、あっけにとられた顔を私に向けた。


 そして、私の全身を指差すように手を動かしながら、


「いや……そんなふざけた格好で、そんなこと言われてもな……」


 そんな失礼なことを言ってきた。


 ちょっと不愉快。


「これがな、本当なんだよ……」


「まじかよ……」


 イトと大将の、そんなひそひそ話まで聞こえてくる。


 だから私は、おほん、と大きく咳払いのマネをして、こちらに注目を戻す。


「ただぁし、私もぉ、ただでは怒鳴られたくはない。そこでだ、どうだ、大将。私たちと勝負するつもりはないかい?」


「勝負?」


「これから私たちと、大食い対決をしようではないか。

 ただお互いに食べ合うのではなく、大将は料理を出す側、私たちはそれを食べ尽くす側となって、互いに相手を打ち負かすのだ」


 私は「どうだい?」という顔で、大将を見る。


「……いいね、その勝負、のった!」


「よし! そうと決まれば、今からここは、魔族と人間の存亡をかけた対決の舞台、『対決食堂』となる!」

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