第18回 元魔王、店に入る。

 なぜかあきれ顔になっている勇者をよそに、私とユーキは、入る店の相談を始めていた。


「モタ様、どの店も混んでますね。並んだところで、いつ入れるのかわかりませんし……そもそも、並んでるのかもあやしい感じですけど」


「そうだねぇ。さて、どうしたものか」


「……おい、俺をおいて、話を進めるな」


 イトが私たちの間に割り込んできて、キョロキョロとあたりを見まわし始めた。

 そして、ある方向に目をとめ、指をさした。


「あっちのほうはすいてそうだぞ」


 イトの指し示した先には、薄暗い通りがあった。

 不自然に、ぽっかりと穴が空いたように、その周辺だけ人影がなくなっていた。


「あれは……なんでしょうね、逆にあやしいというか、なにかあるんですかね」


「そんなの、行ってみればわかるって」


 イトはそう言いながら、その通りへと勝手に歩きだしてしまった。


「もしかしたら、襲われたりするかもしれませんね」


「そのときは私がなんとかしよう」


「これほど頼れる言葉もないですね」


 私は、笑うユーキとともに、先を行くイトを追いかけることにした。




 凹◎凹◎凹◎




 通りに入ると、その気味の悪さは、さらに色濃くなっていった。


 ただでさえ弱々しい街灯は、今にも力尽きそうに、またたきをくり返している。

 どこからともなく、生暖かい空気が、私たちの身体を包み込む。

 金切り声のような甲高い音が、ときおり耳に届いてくる。


 足をとめようものならば、身体中から汗がどっとにじみ出てきて、私の身体が、まるで危機を察知しているかのように、この場の空気に反応するのだった。


「これは……イヤな予感がするねぇ」


「しねぇよ。電球の替え忘れに、店からの排気、それに、包丁を研ぐ音が反響しあってるだけだ。それに、ここまで歩いてきたんだから、そりゃ汗くらいかくだろ?」


「なんだい、夢がないねぇ」


「だって、人が普通にいるんだから、夢もなにもないだろ?」


 イトの言葉のとおりで、私たち以外にも、この通りを歩いている影はあった。

 ただ、その影は人間のものばかりで、魔族のものは一つとしてなかった。


 そのことに、少なからず違和感は覚えたのだが、さして気にとめることはしなかった。



 私たちはそのまま、なにかに襲われるようなこともなく、すんなりと通りを抜けることができた。


 そして抜けた先には、ひときわ大きい店が、でーんとたたずんでいた。


「店がまえは立派に見えるが、人気にんきがない店、ということなのかね?」


「この街に人気のない店なんてないと思うんですけどね。競争が激しいらしくて、そんな店はすぐに潰れちゃうって話ですよ」


 昔の話ではありますが、とユーキは付け加える。


 この街に入ってからというもの、飲食店ばかりが目に入っていた。


 そのことから考えれば、その噂はあながち間違いではないのかもしれなかった。


 わざわざ評判が悪い店に入ろうとは考えないだろうし、おいしくないものを食べたいとも思わないだろう。


 ということは、この店は大きいだけのハリボテの店、ということかもしれない。


「どうも、そういうことじゃないみたいだぞ。見ろよ、たぶんこれが原因だ」


 店の前には、立て看板がかかげられており、そこには、こう書かれた紙が貼りつけられていた。



 『魔族立ち入るべからず』



「こんなこと書かれちゃな。どうりで魔族が全然いないわけだ。むしろ、殴り込まれてないだけマシなのかもしれないな」


「その代わりに、人間もあんまり来なくなっちゃったのかもしれませんね」


 人間がいないわけではなかったが、誰も彼もがあたりをうかがいながら、隠れるようにしていた。


 私たちの視線から逃げるように、あるものはものかげに隠れ、あるものは通りへとそそくさと戻っていく。


「俺たちも戻ろうか? 魔族が入れないんなら、ここはダメだろ」


 イトがそう言い終わる前に、私はすでに、その店の前まで歩き、扉に手をかけていた。


「なぜだ? 私のこの完璧な変装ならば、問題ないであろう? どこからどう見ても、私は人間ではないか。ならば迷うことはあるまい? さあ、入ろう」


 私は意気揚々と、店の扉を開いて、中に入った。


「モタがいいなら、それでいいけどさ」


 イトとユーキも、私に続く。


「もし人間に見えてるとしても、相当あやしい部類にはなるけどな」

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