第17回 元魔王、全身タイツになる。

 『冒険者の食堂』ハナハダは、噂のとおり、食をかかげた一大テーマパークのようだった。


 立ち並ぶどの店も活気であふれかえっていて、人間も魔族も関係なく、来るものはこばまず去るものを引き止めながら、誰も彼もがお祭り騒ぎにきょうじていた。


 大変になったというのは、もしかしたらこの騒々そうぞうしさのことを指しているのかもしれなかった。



 そんな街並みの中に、私たちは踏み入っていた。



「思ったんだけどさ、ここならモタの変装もいらなかったんじゃないのかい?」


 イトの言うとおり、見渡すかぎりに有象無象がひしめき合っているこの状況ならば、私たちに注目するものなどいないのかもしれなかった。


 だがしかし、それでも私は、変装をしなければならなかった。


 なぜなら私は、魔王だからだ。

 元だったとしても。


 イトも、そのことはわかってくれている様子だったが、それでもどうしても、一言だけ、言いたいことがあるのだそうだ。


「その、なんだ……、その格好ってのは、一体なんのつもりなんだ?」


「その格好とは?」


「だから、お前のそれは、どこをどう見たって、ただの全身タイツじゃねぇかよ、って言ってんだ! この前の着ぐるみはどうしたんだよ」


「安心しろ、着ぐるみはしっかりと袋の中に入っているぞ」


「そういうことじゃなくてな」


「確かに、身体はタイツかもしれないが、頭はほれ、こうしてMOちゃんのかぶりものをしているではないか。どうだ、見事な変装だろう?」


「そんなこと言われたって、全身タイツに変なかぶりものだろ? 顔は外に出てるけどもさ……恥ずかしくはないのかい?」


「むしろ、ほこらしいくらいだ」


「そ、そうかい」


 私は、反省を活かせる魔王なのだ。

 元だからこそな。



 私は以前、コソコという町で、MOちゃんの身体を扉に引っかけるという大失態を犯してしまった。


 ささいなことだと思われるかもしれないが、そういうことにこそ、目を向けていかなければならない。

 それが、成功するための秘訣なのだ。


 私は、解決の道を模索するべく、サビレ村にいるニニに連絡をとった。

 魔物を通して、何度も何度もやりとりをくり返した。



「なんでそんな無駄なことを……。ニニもなにやってんだよ……」



 そして、会議に会議を重ねた結果。

 得られた結論は、こうだった。



 『着ぐるみが、大きすぎた』



 私たちは、はっとした。

 まさか、あの着ぐるみそのものが、そもそもの問題だったなんて……。



「それは……誰でもわかることなんじゃないかなぁ……」



 だから、私たちは決断したのだ。

 着ぐるみは、一旦諦めよう、と。


 偽装の度合いは減ってしまうかもしれないが、背に腹はかえられない。


 身体の線は出てしまうが、せめて黄色いタイツを着ることで、覆い隠すことにした。

 その代わり、頭だけはしっかりとMOちゃんになり、元魔王だとはわからないように工夫をこらした。



 いわば『簡易MOちゃん』となることが、私たちの出した解決策だったのだ。



「解決は……してるかもしれないけど……そのねぇ……」



 頭にかぶっているMOちゃんには、その大きさに見合った、小さな手足と目がつけられていた。


 また、私の顔は、そんなMOちゃんの口の部分から外に出ていた。

 つまり私は、『MOちゃんに食べられている人間』のようにも見えなくもない状況だった。



「それは……どうだろうか……」



 だから、もしそう見られていたとするならば、期せずして『冒険者の食堂』にふさわしい出で立ちになった、と言えるのかもしれなかった。


 もちろん、着ぐるみのときと同じように、表情は自由自在に変えることができた。


「私と相棒のムジーも、これの完成に一役買ってるんですよ? サビレ村から、簡易MOちゃんの一式を運んできたのも、ムジーとその仲間たちなんですからね」


「ユーキもムジーもその仲間たちも、みな見事な働きであったぞ」


「もったいないお言葉です」


「その……君たちは、なんのためにそんなことやってんの……?」

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