第4話「世紀の祭典に成功を」

 




「知事が、爆発した……?」


「お、おい……運動祭典ゴリンピックはどうするんだ……」


「でも、怪人だったんならしょうがないだろ……」


「これほどの不祥事のなか、開催だなんて……」


 口々に、大人たちがそう呟いた。

 ―――しょうがない。


 知事兼運営会長が実は怪人で、裏で暗躍した挙げ句にこの世からなくなったのだから。


無理だ、運動祭典中止も止む無しと、そう半ば諦めの言葉を吐露する。


 ―――駄目だ。


 そんなこと、絶対にダメだ。

 彼は死ぬその寸前、私に一体なにを言い残した?


(後は、頼む)


 あの言葉は、きっと彼の本心からの―――


『……皆さん!』


「物理少女さん……?」


 ―――なら、私がなんとかするしかない。


『確かに、知事は怪人でした。だからこそ……私が倒した』


『でもだからって、彼や皆が今まで準備してきたものが、全て水泡に化すわけじゃない!』


 彼が皆と遂げようとした目標を、私が代わりに完遂して見せる。

 それがきっと、彼の野望を打ち砕いたわたしに課せられた使命。


 それだけじゃない、りなちゃんや街の皆もきっと、この祭典を心待ちにしている。

 確かに反対もあったし、批判もあった。

 だけど、誰もこの栄誉ある祭典の失敗を望んでいるわけではなく、失敗する懸念があり、それを恐れているからこそ批判をしているのだ。


『私は選手達が美しい汗を流しながら、数年鍛えあげた肉体で戦い合う熱い運動祭典ゴリンピックを見たいです!子供達にも大人達にも、こんなにも華々しい世界があるってことを伝えたい!』


 だからこそ、成功に導きたい。

 たった一週間、短い期間でできることなど限られているだろうが、それでも……!


「気持ちは分かるが……」


「あぁそうだ、知事がいなくなってしまったことは事実、事態の露見は避けられない……」


 だが、彼らの言うことはもっともだ。

 知事が突如消滅した以上、事実を隠し通すことはきっとできない。


 だから……!


『―――私が、知事の代わりをやります!物理少女の力を使って、私が知事の姿に変身します!』


 ―――私が怪人を倒した出来た穴は、私自身で埋める!

 それが、私の無い頭を捻って産み出した、一か八かの奇策だった。


「お嬢ちゃんが……?」


「無理だ、できっこない!政治のせの字も知らない子供に―――」


 あぁ、確かにそうだ。

 私に政治のことなど分からないし、礼儀作法にしたって社会人からすればまだまだ。


「はい、私じゃあ、力不足なことは承知してます……だから、皆さんの力をお借りしたいです!どうか……!」


 だからこそ、皆に力を借りる必要があるのだ。

 これまで何年も政治や社会に身をおき、鍛え上げられた御歴々おれきれきの力を。


(やっぱり無理だよありさ……あの知事に協力していた委員たちが、そう簡単に協力するはずが―――)


 イマカワくんはそういってかぶりを振る。

 この欲望にまみれた大人達が、そう簡単に協力してくれるわけがない、と。


「―――はぁ」


 ため息をつく議員たち、その様子を見てイマカワくんも無理だ、とばかりに肩を落とす。


 ―――でも、決めるのは早計だ。


 人間の強さと信念は、そんなにバカにしたものじゃない。


「俺らだって、せっかくの運動祭典を不意になんてしたくないさ」


 ―――一人がそういうと、次に、次にと大人達が立ち上がる。


「横暴な知事の元ででも、数年間準備してきたことだしな……今さら、諦めきれるものでもない、か」


「子供にここまで言われちゃ、俺らもへたりこんでるわけにもいかんだろうさ」


(なっ―――)


 イマカワくんの目には、どう映っただろう。

 先程まで欲に駆られて不正を行っていたような大人達が、子供の言葉に触発されて立ち上がる姿は。


 彼の驚き具合から察するに、彼等からは怪人化の兆しも消えているのだろう。


 ―――文字通り、改心。


『―――ッ!』


 私はその姿に、思わず感極まってしまう。

 小娘の浅はかな説得に、皆が答えてくれるだなんて。


 ―――こんなに嬉しいことは、こんなに、心強いことはない!


「一緒にやろう、物理少女さん!」


『ありがとう……ございます!私、がんばります!』




 そうして私たち―――新生運動祭典ゴリンピック実行委員会の戦いは、火蓋を切った。



 ◇◇◇



 それからの一週間は、とても目まぐるしかった。


 私たち新生運動祭典実行委員会がまず着手したのは、酷暑こくしょ対策だ。

 まず打ち水は廃止した。理由は言わずもがな「逆効果だから」。


 濡れタオルを配るという案もあったが、これも却下。

 当然だ、日光の元にいれば濡れタオルなんてすぐに暑くなるし、なんなら乾く。


 そんななかで、どのような代案を出したか。

 まず会場内部の至るところに送風機を置き、常に風があるようにした。

 風が止まれば必然ジトっとした空気が辺りに停滞し、余計な暑さら感じてしまう。


 これは海外の人々にもなかなか受けたようで、暑くて汗をかいても、風があるお陰でなかなか快適だと一定の評価を得た。(応急措置すぎて貧乏臭く、見苦しいとの批判も出たが、そのほとんどは自国民からのものだった)


 他にも様々施策はあった。


 その中でも最たるものは、運動祭典のボランティア達を急遽バイトという扱いに切り替え、給与を支給するというものだ。

 当初この案が出た際にも、当然さまざまな批判が上がった。

 そのなかのほとんどは「財源がない」、というもので、確かにそのような資金がないからこそやりがい搾取のボランティア方式の募集にしていたという現実があったのだ。


 だが、それも状況の変化によって解決した。


 ―――突如、莫大な額の寄付が委員会の元へと届いたのだ。

 宛名は匿名で、誰がやったのかも分からない。


 ただ一言、届いた便箋には、


「―――皆の為に戦う少女に、僅かばかりの力添えを。」


 そう、書かれていたのだった。


 画して、報酬を得たボランティア達は真摯に、情熱をもって精力的に仕事を行った。


 当然だ、これはもはやちょっとした社会貢献程度のものではなく、国から委託された報酬のあるプロの仕事となったのだから。


 ―――施策はまだ数多ある。

 そのなかにはもちろん上手くいったものもあれば、裏目に出たものもあった。

 知事が仕込んでいた失敗もあれば、偶発的に発生したトラブルも多数発生したのだ。


 だけど、その一つ一つをに私達は丁寧に対応した。


 少しでも不満の芽を摘み、気兼ねなく選手達の活躍が見られるよう一丸となって奔走し。


 ―――ついに運動祭典ゴリンピックは、感動のフィナーレを迎えた。



「終わっ、た……」


「やった……」


「「「やったぁぁぁぁぁ!!!!!」」」


 皆の歓声と共に、上がる花火。

 誰もが、その美しさと達成感に胸を躍らせた。


「ありがとう、ありさちゃん!君が居なければ、この成功はきっとなかった!」


「……いえ、皆さんが協力してくれたお陰です。こんな、私に……」


「―――私の方こそ、ありがとう!」


 私たちは一人ずつ固い握手をし、抱き合い、感動を分かち合った。


 ―――あぁ、きっとあの綺麗な夜空の華を、私は生涯に渡って忘れることはないだろう。




 ◇◇◇




「いやぁ、すごかったねぇありさ!」


 祭典が終わった後。

 ニュースで知事の死去が報じられた日の夜、私の家にはイマカワくんが現れていた。


 祭典の準備中、彼に会う機会はほぼなかった。

 私は知事の姿でさまざまな慣れない仕事をするのに必死だったし、彼は彼で「用事がある」と言い残し魔法少女連盟の本部に帰還していたからだ。


「正直僕は人間をまだよく知らなかったのかもしれないな、あそこからあれほどの団結が生まれるなんて……」


「……うん」


 イマカワくんは人間の可能性を見て、感動している様子だ。


 ―――対する私は、彼に言いたいことが多過ぎて頭のなかが上手く纏まらず、少しあたふたしていた。


「どうしたん、そんな顔して……」


 うん、言おう。

 伝えるべき言葉は数あれども、今言わなきゃいけない言葉はきっとこれだ。


 ―――私は告げる、心の底からの言葉を。


「―――ありがとう、イマカワくん」



「……なんのことや」


 イマカワくんはとぼけたように、窓の外を見つめる。


「あの寄付金、イマカワくんが送ったものでしょ?」


 イマカワくんはその言葉に、「何故わかった?」とでも言いたげな表情を浮かべる。


「だって、あの状況で知事が私だと知っててお金を送れるの、イマカワくんくらいなんだもん!」


「はぁー……バレちったか!」


 私の言葉を聞くと、イマカワくんは困ったような笑顔を浮かべる。

 その顔はいまいち可愛くはなかったけど、でもそれでも。


 ―――少し、かっこいい表情だった。


「会社が保管してた遺物アーティファクトを海外の豪族に売っぱらってお金にしたんで、クビになっちったんよなー……」


「まさか、盗み!?」


 だとしたら申し訳ないなんて次元の話じゃない!


 だがあわてふためく私の姿に、イマカワくんは笑いながらそれを否定した。


「まさか、ただの退職金代わりだよ。……だからワシはもう連盟所属でもマスコットキャラでもなんでもない。だからもう、ありさも物理少女をやる必要は―――」


 そんな言葉を、私は遮る。


「―――ううん、イマカワくんはずっと、物理少女である私のマスコットキャラだよ!」


 一人称もブレブレで口調もブレブレ。

マスコットキャラとしては致命的なまでに失敗しまくりブレまくっている、そのキャラ付け。

 でもそんな彼以外に、私の相棒は考えられない!


 それに物理少女の仕事だって、ようやく板についてきたのだ。

 人を救うことにもやりがいを覚えてきたし、やめるなんてとんでもない!


「……ええんか?魔法少女連盟所属じゃない以上、もう報酬は出んぞ?」


「うん!」


 無償でのボランティア。


 運動祭典ゴリンピックでそれを是正したばかりの私は少し苦笑しつつ、それに同意する。


「―――なら、ワシらで新しい連盟作るか!魔法少女連盟なんか目じゃない、今をときめく「物理少女」専門のもんを!」


 物理少女の連盟、それはいい!

 たった一人というのも少し寂しさを覚えていたところだし、仲間―――後輩ができるのは大歓迎だ。


「さっ、これから忙しくなるでー!」


「―――大丈夫私に任せて、怪人は殴って潰して、ぶっ壊しちゃうんだから!」


 ―――私たちは空を眺め、決意を新たにする。


 空には流れ星が煌めき、私は願いをかけた。


 願いの内容は「皆が幸せに暮らせること」、ただひとつ……当然だ。


 ―――だって私は、皆の絶望を打ち砕く、物理少女なんだから!





「―――さぁ行こう、変身フィジカル☆メタモルフォーゼ!」





~fin~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物理少女フィジカル☆アリサ 鰹 あるすとろ @arusutorosan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説