第3話「灼熱の祭典に打ち水を」





「いやぁ知事、今日も問題なく酷暑の対策案!可決できましたね!」



 ―――運動祭典まであと僅かという夏の日。

 都庁から、数人の男性グループが顔を出した。


「あぁ、これでこの都は更によくなる!運動祭典に向けて、さらに改革を進めなくては!」


 その先頭に立つ優男は、この国の都知事。

 ―――清廉潔白な政治家として、有名な人物だ。


「はい、それでこそ……」




『―――見つけた』


 そんな人物を、私は標的と定めた。


「えっ……」


『貴方が、怪人たちのボスね』


 私の言葉に、都知事はきょとんとしたような顔をする。



「えぇっと、君は何を……」


『とぼけないで!』



 ―――確かに始めは「そんな馬鹿な」、という思いがあった。

 あれほどまでクリーンなイメージだった知事がまさか、と。

 だが調べていくうちに、彼が放った施策や決定に、致命的な欠陥が多くあることに気付いたのだ。


「あれって……最近噂の物理少女!?」


「じゃあ、まさか知事は―――」


 取り巻きの男達もまさか、といった様子で知事を指差す。


「まさか!怪人だなんてとんでもない!私はただ運動祭典に向けて、それに相応しい街となるよう都政を―――」


 それを受けて弁明する知事。

 その様子は完全に潔白なように見える。


「―――なら、なんであんなにボロボロな計画を通したんだ!」


「そ、そうだ!新国立競技スタジアムの工費だってあんなに無駄に嵩んで!」


「しかも屋根がないんだぞ、この酷暑のなか!」


 部下の議員たちは口々に、知事がこれまで決めてきた政策を糾弾し始めた。

 その口の回りかたといったらすごいものだ。

 都議会でもそれくらいの議論をできたらいいのに。


「ですから!打ち水をすれば―――」


「だからそれには効果がないっていってんだ!」


「そうだそうだ!最初からおかしいと思って……」


 弁明する知事と、陰湿なまでの叩きを始める議員たち。



『―――黙って!』


 ―――流石に、目に余った。


『確かに決めたのは都知事。でも、利益の為にそれに意見することなく通してしまった貴方達にも問題があります!』


 都議会や運動祭典ゴリンピック連盟の決定とは、たった一個人に為せるものではない。

 その案に賛成するものが多数いてこそ初めて、民主主義の名の元にすべてが決定されるのだ。


 その結果を一人に責任を押し付けるというのは、例え相手が怪人であろうと誰であろうとナンセンスだろう。


「な―――」


(ど、どういうことだいありさ?知事の案に諸手を上げて賛同してた彼らも怪人なんじゃ?あの不良三人組みたく!)


 私の言葉に、イマカワくんは困惑したように話しかけてくる。

 確かに、彼からすれば全員が怪人化の気配が微弱にしている人々だ、勘違いするのも無理ないだろう。

 でも。



『うぅん、それは違う』


『彼らは人間、ただ自分達だけが良い想いをする為に知事に協力してた、ただの人だよ』


 ―――ただ首を振るだけのイエスマン。

 それが、今まで知事の独断専行を許してきた彼らの実態だ。


「ふふ、ふふふ……」


 その時、知事が不敵に笑いだした。

 何かを嘲笑うようなほくそ笑み、やはり間違いない……!




「ようやく私を突き止めたか、「物理少女」ッ!」




 知事―――否!怪人はその擬態を解き、その姿を露にする。


 ―――それはまるで、アジアの神話に見られるような龍を擬人化したような姿。


 腕は四本映えており、うち二本の手には金色の珠が握られている。

 珠に刻まれた紋様は、まるで地球のよう。



 ―――この星を手中に収めると、そう宣戦布告するかのような容姿だった。



「だが、遅かったな!運動祭典ゴリンピックはもうすぐだ!腐敗の芽は無数に蒔いた後は……それぞれの仕込みが芽吹き、混乱を巻き起こすのを待つだけだァ!」


 怪人はそう言い、背中に生えた翼をはためかして浮遊する。

 手を広げ、私やそこらの議員たち、そしてこの街を見下すように話し出す。


「見ろ!酷暑、頻繁な移動、交通機関の混乱、治安悪化!例を上げればキリがない、数々の人災が、一斉に撒き起こりこの街を、国を!混乱の渦へと陥れる!」


 それが本当のこととなれば、運動祭典は大失敗になってしまう。

 りなちゃんも、それに世界中の人々もあんなに楽しみにしているのに!


「そしてその混乱の最中に一斉蜂起し、国を手中に収めることこそが我ら怪人連盟の目的ィ!」


『―――下衆な……!』


 運動祭典どころか、この国中をボロボロにしようとでもいうのか。

 許せない、そんな卑劣なやり方!


「なんとでもいえ、若造!既に勝敗は決している、今からやる戦いも……」



「―――消化試合、というヤツだ」



 ―――その瞬間、怪人からエネルギー波のような物が発される。


『ぐっ……』


 私は吹き飛ばされないよう、足を大地に踏みしめる。


 違う、これは奴の技じゃない!

 むしろこれは―――予備動作の、ただの余波!?


「さぁ、私の力を受けてもらおうかァ?我が奥義……」


 怪人が宙に手を掲げると、そこに巨大な水の塊が精製される。

 そして、その中にはまるで太陽のような火球が。

 ―――その瞬間。



「―――打水蒸龍スチーム・ドラグニスゥッ!!!!!!」


 声と共に、高圧の蒸気が瞬く間に辺り一面へと放出される。

 それはまるで、意味のない打ち水によって生じる蒸気を増幅したような、そんな熱波。


『暑……熱い……ッ!』


 その勢いと熱量に、私は思わず膝をつきそうになる。

 これが、奴の必殺技―――、


 ―――いや、違うッ!?



『しまっ―――』


 これが判断ミスだった。


 そうだ、怪人のトップの技が、この程度の訳がないのだ。


 ―――蒸気の塊が形となった、巨大な龍の顎。


 それを目前にした時、私はその一瞬の過ちを死ぬほど、死ぬかもしれない瀬戸際で後悔した。


『ガァッ……!?』


 その無数の牙が、私の柔肌に突き刺さる。


 当然、私の身体はフィジカル☆エネルギーで構築された別のもの、鮮血が飛び出るようなことはない。


 ―――だが、痛覚がある。


 腹部を削り取られる、致命傷の感覚。

 それはただの中学生だった私にとって、命の終わりを覚悟するのに十分すぎるほどの苦痛だった。


『あ……ぐぁ……ッ』



 突如として晴れる蒸気の霧。


 その瞬間、龍の口から放られた私は顔面から大地にその身体を打ち付けられた。


「ふん、この程度か?物理少女。私は―――」


 怪人は改めて拳を構える。

 あぁ、奴にとっては本当に消化試合なのか、この戦いは。


「物足りないぞォッ!!!!!」


 私なんていつでも倒せる。

 だから、出来る限り生き延びさせてその足掻く様を楽しもうとしてるのだ、奴は。


(まずい、避けるんだ!!!!)


 ―――冗談じゃない!


 私は奴の玩具じゃない!そう簡単に、やられてやんてやるものか!


『ぐっ……!』


 振るわれた拳。

 それを私は根性だけで身をよじり、紙一重で回避する。

 大地に撃ち込まれた衝撃、その風圧を利用することで立ち上がり、一発蹴りを見舞うッ!


「ほう、そこから避けたか!……だが甘いッ!」


 だが怪人はその蹴りを交わし後退、そして再び空へと手をかざす。


 ―――また、さっきの蒸気!?


 ダメだ、さっきのをまた喰らったら今度こそ死ぬかもしれない。


 私はそう思い、後退して回避に集中するべく体制を建て直す。


(……物理少女の力……?いいや、これはその真逆か!?)


 イマカワくんの独り言が、脳裏に響く。

 どうやら奴の力について、考察を繰り広げているらしい。


(奴は、自分が虐げた者のマイナスエネルギーを強引に吸い上げて、それを力としている!)


 力の源が、同じ!?


 ―――だがそんなの、構うものかッ!

 力自体に善悪なんてない、問題はそれを持つものが、どう扱うか―――!


「さぁ、受けてもらおうかッ!」


 放たれた蒸気を掻い潜り、再びあの龍がその姿を現す。


『ぐ、うぅあッ!』


 ―――二度と喰らってなんてたまるかッ!


 私はその動きを見極め、回避運動を行う。

 一瞬身体がすくんだが、そんなの構っていられない。


 物理少女の力を最大まで増幅し、震える足を強制的に左方に弾くッ!


(ありさ!)


 龍の熱量が、右腕をかする。

 強大な熱量に肌が焼け、痛覚が脳に響き続ける。


『大丈夫……私は……こんなところじゃ……!』


 まだだ、さっき程の痛みじゃない……!


 私は飛びそうな意識を繋ぎ止め、目前の敵へとその視線を向ける。


 どうやら、仕留め損ねたことにイライラしているらしい。


「―――だいたい、打ち水以外の対抗策などないのだ!それをどいつもこいつも良くない良くないと、代案すら出しやしない!」


 しまいには、まだそこらに転がってる議員に愚痴を言い始める。

 よほど、ストレスが溜まっているらしい―――、


「サマータイムの導入だって世間に拒絶された!なら一体何をどうしろというのだ!」


 ―――ん?


 私のなかに、何か違和感が産まれた。

 彼の話している内容、どこかおかしい。


「知事だからって全知じゃない、お前らと同じ人間だ、だのにお前ら平民ときたら、全てを私に押し付けてぺこぺこと平伏する奴らばかり……」


 彼は運動祭典ゴリンピックを失敗させ、国を取ることを目標としているはず。

 だが、今の口ぶりではまるで、成功に導こうとしているのを邪魔されて憤ってるような―――


「―――いや、私は今は人間ではないだったな」


 怪人と化した知事は咳払いをして、眉間を抑える。


「ともかく、運動祭典ゴリンピックの成功などあり得ない!私の放った策により、必ずや失敗させるッ!」


 改めての宣言。

 その内容は、始めに変身したときに口にしていた野望と変わらない。


 ―――だが次の言葉が、私の疑念を確信へと変えた。


「それこそが、人であった頃への私への弔い!憎しみの成就なのだからッ!」




『―――あぁ、やっぱり』


 やはり、そういうことか。

 私は理解した、彼の根源を。


「……はぁ?」


『やっぱり、そうだったんだ』


 そう、彼が―――なぜ怪人となったのかを。


『……貴方はきっと、この国での運動祭典ゴリンピック開催が決まった始めの頃は怪人じゃなかった。この祭典を成功させるために、本気だったはずなんだ……!』



 ―――きっと怪人となったのは、つい最近に違いない。

 彼は疲れたのだ。前知事の後始末にも、足を引っ張るばかりの周りにも。

 そして心を病んで、心を曇らせ、ついにはその身体は―――




「黙れ……」


『だけど、その気持ちがどこかで歪んでしまった!そんな姿にまでなって―――』




「……黙れェ!」



 怪人、いや知事は激昂する。



『なら、私は貴方には負けない……』




 ―――あぁ、必ず勝たなければならない。


 私はその決意を確たるものとし、宣言する。




『―――皆の為に働いていた昔の貴方の為にも、今の貴方に負ける訳には、いかないッ!!!』



「黙れとォ、言っているゥッ!!!!!!」



 私たちの叫びが、町中へと木霊する。


『……皆、力を借りるよ』


 この酷暑の中、苦痛の中で仕事をする人々。

 そこに転がる、苦悩と共に良くない手段を取ってしまった議員達。


 ―――そして、運動祭典の成功の為、粉骨砕身で仕事に臨みそして命を変質させてしまった、在りし日の知事。


「―――最凶、奥義ィッ!!!!!」


 そのすべての人々の力を、ここに結実させる―――!


『―――八撃、招来ッ!!!!!』




「―――亡龍レクイエム咆哮シャウトォォッ!!!!!!!」


『―――祝祭オリンピア脚打ストライクゥゥゥッ!!!!!!!!』




 知事の全身から発された黒い蒸気の塊と、私が脚を大地に打ち付けた地点から発された、ピンク色の光の奔流が中央地点にて激突する。


「―――な」


 彼は気付く。

 きっとその気持ちは、蒸気の龍を見たときの私と同じものだろう。


『これが、本当のォ!』


 激突する中央地点の割れた大地。

 ―――そこから、が噴出する。


『―――酷暑、対策だァァァァッ!!!!!!』


 そう、地下水!

 都の地下区画に貯蔵された水をフィジカル☆エネルギーを打ち付けることで氾濫させ、地上へと噴出させたのだ―――!


 ―――そしてそれを私は、8つの龍の形に固定して凝縮、操作して、ぶつけるッ!!!


「そんな荒業にィ、負ける、かァァァッ!!!!!」


 知事も中央の黒い蒸気を龍の形へと変え、水の龍を迎え撃とうとする。


 ―――だが、それは失策だッ!


 冷えた地下水を急速圧縮して精製された水龍は、極低温。

 そんな物が蒸気の龍と激突すれば、どうなるか。


「なっ―――」


 ―――冷えた蒸気は、霧散する!


 そして私は一体の水龍を身体に纏わせ飛翔、激突と拳の八連擊を見舞う―――!





「『うおおおおォォォォッ!!!!!!!!』」




 ―――そしてついに龍が、私の拳が、知事に激突した。





 私はもはや、立っていられない。

 ダメージが大きすぎて……変身が解ける。


「……ふは、ふははは」



 知事の声が、笑い声が響く。


 ―――私は、勝てなかった?




『―――届かなかった、の……?』


「……いいや、届いている」



 ……否。

 私の拳は確かに、知事の身体を貫いていた。

 彼の身体は少しずつ、紫のもやへと変換され消え行く。


 ―――あぁ、よかった。


 独白が、どこか自分のものだけではない気がして。



「―――後は、頼む」


『……うん』



 そして彼は消え、私の意識は飛ぶ。


 ―――物理少女の、勝利だ。



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