08.山田健太の憂鬱



 侘しいネオンが点滅している商店街外れ、とある一角にある地下のバーにて。

 日賀野率いるチームに身を置いている山田健太、改めケンは、こっそりとたむろ場にしている地下のバーを抜け出し、曇天模様の地上へと立っていた。

 気持ち的に地下ではなく地上の空気が吸いたかったのだ。地下の空気は篭っている気がする。しかし地上に立ってみてもさほど空気は変わらず、ただただ冷気の纏った風が自分の心を通り抜けていくだけ。気持ち的に楽にはならなかった。

 両手をスラックスに捻り込み、地下に続く階段横の壁に寄り掛かる。


 ぼんやりと曇天を仰いだ。

 今の時刻は夕暮れ、本来ならば紅に色染まる空が地上を見下ろしてくれる筈なのに。灰色の分厚い層が大空を覆っているように、自分の心もまた曇天模様。気鬱という雲が自分の心を隠してしまっている。


 はぁっと空気の塊を出し、右のポケットに捻りこんでいる煙草を取り出す。

 銘柄はセブンスター。幾つもの煙草を吸ってきたが、これが一番のお気に入りだった。

 中学時代は煙草なんて無縁。保健の授業で煙草は有害物質だからと習い、絶対に吸うわけないと思っていた自分がこうやって煙草を銜えているなんて。煙草を吸う奴の気が知れない、なんて中学時代は口走ったが、まさに自分は“気の知れない”奴と化してしまった。


 苦笑を零して煙草を銜え、百円ライターで先端を焙(あぶ)り、そのまま煙草をふかす。

 漂う紫煙はスーッと空気に溶けていった。紫煙のように、自分の気鬱も消えてくれたらいいのに。ケンはそう思わずにはいられなかった。


「考え事か? ケン」


 地下に続く階段から声。

 視線を投げれば、紅色の髪を持つ不良が地上に上がって来る。

 彼の名は斉藤進、改めススム。此方のチームの副リーダーを務める不良だった。見事なまでに紅く染まった髪を揺らしながら、ケンと肩を並べてくる。

 すらっとした長身を持つススムと肩を並べると自分が一回り小さく見えることだろう。彼は180ほどあり、日本人の平均身長を軽々と越している男なのだから。170ある自分でさえ、彼と肩を並べるとやけに小さく見える。自分も彼ほど身長が欲しかった、ケンは切に思って仕方が無い。


 「一本いいか?」ススムの言葉に、「どうぞ」ケンはセブンスターで良ければと箱を差し出す。一本抜きながらススムは再度質問を投げ掛けてくる。考え事でもしていたのか、と。


 含みある質問にケンは愛想笑いで返す。

 とっくに気付いているのだろう。自分の抱く気鬱の原因を。隠しても一緒だと踏み、ケンは間を置いて答える。


「未練がましいだけですよ。どっかの誰かさんのことを、おれは未練がましく思っている。大丈夫です、チームに支障は出さないつもりですから。出すつもりなら、おれはチームを抜けますよ」


「ヤマトがその前に止めるだろ。チームにお前は必要な存在なんだから」


 火を渡すよう言われ、ケンは百円ライターを取り出し火を点す。

 そのままススムの銜えている煙草の先端を焙ってやった。「悪いな」ススムは目尻を下げ、ケンの肩に肘を置く。


「ヤマトの奴、近頃のお前を気に掛けていたぞ。元気のないお前をな。あまりにも元気がないようなら個別に呼び出すつもりだろうな」


「支障が出るからでしょうか?」


「それは勿論だがヤマト自身も心配なんだろ。あいつ、ああ見えて仲間思いだからな。だから、じぶん達も奴について行く。荒川のことはよく知らないが、きっとヤツにはない部分にじぶん達は惹かれたんだ」


 普段はゲームだの何だの言って喧嘩を楽しむ男なのに、憮然と息をつくススムの表情は浮かない。副リーダーとして苦労しているのだろう。



「だからヤマトさんは男前なんですよ。表向きは喧嘩をゲームだと楽しんでいるだけ、でも裏では仲間を守ろうとする。おれはヤマトさんを心底尊敬しています。アキラさん達みたいに、おれは中学の因果があるわけじゃありませんが、ヤマトさんのために何かしたい……未練をさっさと断ち切りないといけないのは分かってるのになぁ」



――早く古い自分とおさらばしないと。


 ふぅっと張り詰めていた息を吐き出し、ケンは左ポケットから携帯を取り出す。

 アドレス帳を呼び出し、画面に映し出すのは『田山圭太』と登録された連絡先。メアドも、自宅と携帯の電話番号も、誕生日も、血液型も、住所も、そこには登録されている。


「ケン、無理はしなくていい」 


 ススムは言う。

 チームはチームのこと、そして個人は個人。個人の事情とチームを一緒にしなくてもいいと。

 しかしケンは迷うことなく呼び出したアドレス帳を削除する。ボタン一つで数十秒も掛からず、中学時代の一番の友達の連絡先を、気持ちを、思い出を削除するのだ。何もかも消えて欲しい、まっさらな関係に戻って欲しい、彼と出会う前の自分に戻って欲しい。そう願いを込めて。


 だが、連絡先は消えても気持ちは簡単に消えてくれない。

 消した途端、色んな思い出が走馬灯のように脳裏に流れ過ぎていくのだ。あの日、あの時、あの瞬間、自分達は確かに馬鹿みたいに笑い合い、些細な喧嘩もし、そして一緒に過ごしてきた。これからもずっと友達だと信じて一緒に過ごしてきたのだ。


 田山圭太と絶交、対立という結末を迎えると知っていたのなら、彼と最初から仲良くなんてしていない。これからもずっと、そう信じていたから、居心地が良かったから、友達としてやってきたのに。圭太なら自分が不良になったとしても、きっと「地味だったくせに!」と素っ頓狂な声を上げなら、変わらず友達として接してくれると思っていた。

 なのに……こんなことになるなら、彼と出逢わなければ良かった。あんなに仲良くしなければ良かった。


「馬鹿野郎……圭太の馬鹿野郎。なんで不良の舎弟になんか、よりにもよって荒川の舎弟になんかになっちまったんだよ」


 振り絞るように上擦った声を出し、ケンはその場に蹲る。

 「ケン」ススムは項垂れているケンの頭に手を置き、何も言わず煙草をふかす。今、どんな言葉を掛けたとしても彼には慰めにすらならないだろう。だから傍にいてやるのだ。ただただ黙って傍にいてやるのだ。


(ケンは暫く、仕事を回さない方がいいだろうな。後でヤマトに掛け合ってみるか)


 ススムは銜えている煙草を手に取り、赤々と燃えている火種を見つめる。中学の因果は過激を増す一方だ。それはヤマト達があの因果に決着をつけるために望んでいたこと。自分はそれに賛同し、副頭として精一杯協力していくつもりだ。

 しかし代償として仲間内も傷付いてしまう。因果も何も関係ない仲間がこうやって今傷付いている。それは胸が痛く、心苦しいもの。


(ヤマトはお前のことを本気で気に掛けていた)


 だからこそ、荒川の舎弟に目を向けている節もある。

 彼が此方に入れば、少なくともケンの傷は癒えるに違いない。無論、薄望みにしか過ぎないだろう。向こうの舎弟は荒川チームになくてはならない存在となっているのだから。


「ススムさん、今、協定を結んでるチーム、どれくらいやられているんですか?」


 不意に飛んでくる質問。

 「半分くらい潰されている」率直に伝えると項垂れていたケンがスンと鼻を鳴らす。潤んだ目を見られぬよう、かぶりを振ってゆっくりと口を開いた。

 

「もう……衝突も目の前ですね。だったらおれは、奴等を、あいつを潰す。それがせめてものケジメですから。チームに迷惑は掛けられない」


 おれは田山圭太を、いや、ケイを全力で潰しに掛かる。

 唸るような声で決意を露にするケンにススムは何も言えなかった。そしてケンもまた、決意表明を止めることができない。

 過去の自分を断ち切るためにも、今の居場所を選んだ自分自身のためにも、何よりケイのためにも、自分は相手のチームと友だったケイを全力で潰しに掛かる。向こうの頭の舎弟を担っている中学時代の友を……自分の手で。


 未練がましい自分と、中学時代の古い自分に、もう用はないのだから。


(けど)


 そうは思っても、やっぱりどこかで胸が痛む。

 この胸を掻き毟りたくなるような痛みは何処にぶつければいいのだろう――?


 ケンは思う。

 自分達はどうして友達になってしまったのだろうと。馬鹿みたいに何度も自問自答してみるが、答えは何一つ出てこなかった。


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