07.五木利二の小さなお話



 ◇




「――利二~~~! お前、ヨウから聞いたぞ。なに男前で馬鹿なことをしてくれちゃっているんだよ! たむろ場という名の戦場に自分から行って、ヨウと話すどころか喧嘩をしちまうなんて捨て身にも程があるだろ! 本気で俺を惚れさせるつもりか?! 俺が女だったらお前、絶対狙っちまうぜ! もう俺と結婚するか、なあ!」


「悪いが自分は女が好きだ。いつまでも好(よ)き友人でいよう」


「馬鹿たれ! 真面目に返事をするんじゃない! 俺だって女が大好きだっつーの!」



 放課後。

 学校に戻った俺は午後の授業を真面目に受け(ぎりぎり昼休みが終わる前に戻って来れた!)、帰りのSHRが終わるや利二の席に突撃した。

 バンバンと机を叩きながら舎兄問題について詰問するけれど、「落ち着け」利二はいつもどおりの対応。涼しい顔で手早く通学鞄に教科書やらノートやらをつめている。「おい利二」焦燥感を抱きながら声を掛けると、努めて冷静な利二が不機嫌そうな顔をして視線を投げてきた。


「べつに荒川と喧嘩をしたわけじゃない。少し文句を言っただけだ」


 その、行為が、命知らずと言うんですよ利二さん!

 喚いても相手の態度は変わらない。何処となく冷ややかに鼻を鳴らす。


「不良に文句を言ってはいけない法律が何処にある? 不良はそんなに偉い存在か?」


「お、お前は平和主義ジミニャーノだろ! かの有名な悪童のヨウに舎兄失格なんて……俺を庇ってくれちゃってさ。この男前! 地味のクセにやることカッコイイんだよ!」


 「褒めてくれているのか、それ」不機嫌から一変、相手がいつもの顔に戻る。

 苦笑いを浮かべる利二は肩を竦めて、自分でもやらかしたと思っていると吐露。けれど後悔はない、彼は言葉を重ねた。


「思ったことを言っただけだ。友人の疑いは聞いていて気分が悪い」


 ヨウのことを思い出したらしく、また利二は不機嫌な面を作る。

 俺のためとはいえ、ここまで機嫌を損ねている利二を見るのも初めてだ。俺と喧嘩した時でさえ、こんな顔を作ったことはなかったのに……まずはお礼からかな? 疑惑を掛けられていた俺を庇ってくれたんだし、友達のために捨て身でヨウに物申してくれたんだ。ここはやっぱり“ありがとう”という言葉が適切なんだと思う。

 一つ、微苦笑を零して相手の首に出を回す。作業の手を止める友人に向かって思いっきり笑ってやった。


「ありがとうな。疑いを掛けられた俺を庇ってくれたんだろ? すっげぇ男前なことを言われたってヨウから聞いた。馬鹿だな、不良相手に……でも、ほんと、ありがとう」


 間を置いて利二も綻ぶ。

 「勝手なことをしただけだ」そう言って、素直に礼を受け取ってはもらえなかった。でも、どこかで気持ちは受け取ってくれたみたい。表情は限りなく柔らかい。


「田山、お前は裏切るような男じゃない。馬鹿のカッコつけだが、お前はそういう男じゃないんだ。それを知っているから、自分も不良相手にカッコつけてみたくなった。腹が立ったのは本当だしな」


「……利二」


「お前の努力は誰よりも陰から見守っているつもりだからな。自分のことのように腹が立った。こんなこと、学生生活で殆どなかったのに」


 疑念を掛けられていると知ったその瞬間、頭に血がのぼってしまった。

 別に殴られてもいい。傷付いたっていい。無様にやれてもいい。言いたいことをぶつけただけなんだと利二。


「勝手な事をした自覚はある。だからお礼なんて言われる覚えはないんだ。お前のカッコつけが感染ったのかもしれないな」


 一呼吸置き、語り部は話を続ける。


「言っただろ田山。お前が不良と絡んでいても……不良になったとしても変わらず接してやると。お前がどんな目に遭ったとしても、自分は離れていかないさ。できることはしてやりたい。それくらいのカッコをつけても良いだろ?」


 男気溢れた利二の言の葉に、ぐっと胸が締め付けられてしまう。

 感極まって繰り返す呼吸に苦しさすら覚える。なにより胸が熱い。俺は健太との友情を切り捨てたばっかだ。なおざりでも手放さなければならなかった友情に未練はたらたら。傷はちっとも癒えていない。癒える手段を見つけるスタートラインに立ったばっかだ。

 だからってわけじゃないけど、利二の思いやってくれる気持ちがすごく嬉しい。発してくる言葉一つひとつが特効薬みたいに心痛を緩和する。

 「さんきゅ」振り絞るように出す声は教室の喧騒に溶け消えていく。情けないことに上擦った声が出た。体も、すこし震えた。それに気付かない振りをしてくれる利二は、「無茶だけはするなよ」俺の心身を案じてくれる。


「無茶をしたから体を壊したんだろ。無理だと思ったらいつでも逃げて来い。誰も咎めやしないから」


「あんま喜ばせるなって。俺、友情に関しちゃ涙もろいことを知っているだろ? そのうち、ほんとに逃げてくるぞ。おまけ付きで厄介事を運んでくるぞ?」


「いいさ。嫌ってほど厄介事に付き合ってやる。仕方ないからな」


 「おっとこまえ過ぎ!」涙目状態の俺はそれを悟られぬよう回している腕の力を強くする。

 やっぱり利二は俺の心のオアシスだ。話せば話すほど、荒れた心が癒えていく。俺に何があったか、その詳細は知らないだろうに、こうも親身に言ってくれる。嬉しくないわけないだろ。なんかもう、俺が女だったら絶対狙っているのにな!

 容姿普通だけど、性格は特上Sクラスだと思うぜ! 女子がどう思ってるかしんないけどさ! とにもかくにも利二との友情に乾杯なんだぜ!


 苦しいと文句垂れてくる利二を解放して、「嬉しかった」俺は繰り返し礼を言った。

 馬鹿で無茶な事をしたなって思うけど、利二が俺のために起こしてくれた行動は嬉しかった。それは本当の話。嬉しかったよ、利二。



 忘れ物がないかチェックし、利二と共に人が疎らになった教室を出る。

 利二とサシで話したかったから、ヨウ達には先に行っててもらった。の、だけれど、まさかの事態が発生。


「よっ、来たか」


 なんと正門前に舎兄がいた。

 どうやら俺を、いや“俺達”を待ってたみたいで、待ちくたびれたと微笑を向けてくる。あっ気取られる俺を余所に、利二は完全にスルー。俺に「またな」と挨拶をして、さっさと不良の脇を通り過ぎた。


 ちょ、利二、利二さん! 

 脇目も振らず不良を通り過ぎるなんてお前、どんだけ肝の据わった持ち主?! 平和をこよなく愛するジミニャーノのくせに、そんな強気の態度を取るなんて。やっぱりお前はヨウを完全に避けちまっているだろ! ヨウも気付いているぞ、お前が避けていることに!

 「ま、待てって利二」俺の声には反応。「また明日な」言葉を返すのに、不良の視線は無視。無視。むーし!


 ヨウと会いたくないっていうか……喋りたくないのか?

 そりゃ面と向かって舎兄失格と言ったんだから、話し辛いのは分かるけどさ。そこまで極端にヨウを無視しなくてもいいんじゃね?! イケメン不良くんをそんなにも無視したら日陰男子の俺達なんて女子達から猛抗議ものだぞおい!

 慌てる俺とは対照的に、ヨウはやれやれと言わんばかりに肩を竦めると先にたむろ場に行ってくれるよう頼んできた。二サシで話したいらしい。頼まれちゃ頷くしかないけど大丈夫かよ……ヨウと利二の奴。あいつ等は大切な友達だ。二人の仲に亀裂が走るのは気分的に宜しくない。


 しかも舎兄問題が勃発しているわけだから、俺に関係ない話じゃなくて。


「ど……どーしよう。ちょ、俺、どーすればいい?」


 つくねんと残された俺はチャリに跨ることもできず、後を追うヨウの背中と、先を歩く利二の背中をいつまでも見つめていた。




 ◇




「――五木、なあ、いーつき。テメェ、歩くの早ぇって。少しペース落とせよ」


「………」


「ちと喋ろうって。べつにタイマンを張りに来てんじゃねえんだし」


「………」



「五木。このままだと俺、テメェの家にまでついてっちまうぞ。なーあ」



 さっさかと早足で帰路を歩いていた利二は背後を一瞥して苦い顔を作る。

 無視をして先を歩くと、「五木」かの有名な不良が肩を並べてきた。振り払うように早足で歩くのだが、不良はいつまで経ってもついて来る。早足の速度を上げる。この速度はもはや、駆け足レベルと言っても過言ではない。


「うっし。そっちがその気なら、俺はテメェの家に乗り込む。不良を舐めんなよ!」


 俺から逃げられると思ったら大間違いだとイケメン不良。

 絶対に捕まえて、シカトをやめさせると発言するヨウに利二はまた渋い顔を作った。

 相手と話したくない一方で、このまま彼を無視し続けることには無理があると思い改める。腐っても相手は不良、あまり無視をしていると殴られてしまいそうだ。喧嘩を吹っ掛けられてしまったら一巻の終わり。病院送りは免れない。しかも家にまでついて……それだけは絶対に困る。相手が居座る可能性大ではないか!

 あからさま無視をしていた利二だが幾度も話し掛けられてしまえば無視もできず、通りの端に寄ると足を止めて小さく溜息をついた。「やっと止まった」観念したかと笑声を漏らす不良に顧みて、肩を並べてくるヨウに話を切り出す。


「一つ、謝罪をさせて下さい」


 「ん?」首を傾げてキョトン顔を作るイケメン。


「自分、貴方に八つ当たりをしました。そのことに対しては“真摯”に謝罪したいと思います」


 相手の表情が険しくなる。


「五木……“紳士”に謝罪ってどーするんだよ? ジェントルマンみてぇに謝罪すんのか? イミフなんだけど」


 カァー、カァー。 

 街向こうからカラスの呆れた鳴き声が聞こえてくる。

 利二は見事に固まり、素でボケてくるヨウはしきりに首を傾げた。わざとボケているようではないようだ。一応、念のために尋ねる。

 「わざとですか?」「何が?」「いえ、それです」「え、どれ?」「……」「五木、ワケわっかんねぇよ」そうかそうか、利二は心底納得した。“しんし”が別の意味に変換されている。不良相手に難しい言葉を使うものではない。


 そういえば荒川庸一はお頭は良い方ではなかったっけ。友人も言っていた。あまりお頭は宜しくないと。

 補習や追試の常連になっているようだし……ここは真摯ではなく、純粋に謝罪すると言った方が相手には通じるのだろうか?

 本気で脱力する利二は分かりやすく、「純粋に謝るということです」こめかみに手を当てて吐息をつく。「なるほどな」ポンッと手を叩くヨウはジェントルマン風謝罪は純粋に謝ることか、と大いに納得している様子。


 もはや、訂正や説明をする気力も出ない。無視をして話を続けることにした。


「舎兄失格発言を撤回するつもりはありません。それは今も変わりません。はっきり言うと今の貴方ではあいつの舎兄には相応しくないと思っています。見る目がないといいますか、舎弟の何を今まで見てきたのだと言いますか、それでも舎兄だと名乗れる口か? と言いますか。不適材の一言に尽きます。自分が貴方の舎弟だったら、即やめています」


「おまっ……少しは容赦してくれねぇの? これでもケイを疑ったことについては反省はしてんだぞ」


「これでも抑えている方ですが?」


 片眉をつり上げる利二の剣幕に押されたのか、「そ。そうか?」そりゃ有難いとヨウが引き攣り笑いを浮かべた。

 無論、ヨウの心中はダメージを受けていた。不良だから身も心も強い? いやいや、そんなの見た目だけ。不良だって一人間。心はある。今日(こんにち)の不良は虚勢を張ることが多い若者であるだけで……喧嘩が強いどうこうではない。傷付くものは傷付くし、ダメージを受けるものは受けてしまう。


(ケイがモトに罵られている時の気持ちって……こんなカンジなんだろうな)


 メンタルが鍛えられそうだとヨウは常々思ってしまう。

 ドライな一面を見せる利二はぶっきら棒に話を続けた。


「撤回をするつもりはありません。それに関して謝罪もしません。けれど……一つだけ謝罪したい。自分、貴方に当りました。少しだけ私情を交えていたんです」


「私情?」


「荒川さん。前にも言いましたが、自分は貴方達に少し嫉妬しているんですよ。だから、八つ当たりをしたんです」


 一変して苦笑を浮かべる利二。

 「なんで嫉妬を?」率直に聞いてくる不良に、「言ったでしょう?」田山は自分にとって一番の友だと。そう、一番の友人を取られた気持ちでいるのだと利二は自嘲した。


「簡単に言えば拗ねているんですよ。できることなら、危険な舎弟をやめて、さっさとこっちに戻ってきてもらいたい。またいつものメンバー四人で馬鹿みたいにはしゃぎたい。そう願っています」


 はじめの内は、不運にも舎弟になってしまったケイに哀れみを抱いていた。

 けれど利二は思っていたのだ。いずれ、ケイは此方のグループに戻って来るだろう、と。不良と地味くんでは系統のタイプが異なる。不良達と気が合わず、気疲れしたケイはきっとこっちに戻って来ると信じていたのだ。


 しかしケイは持ち前のノリでどんどん不良達に馴染んでいく。そうすると今までつるんでいた地味グループの此方と距離がひらいて行く。舎弟の日々を過ごすケイを見守り、時に助けるつもりだったのに、日に日にどこかで焦りが芽生えてしまう自分がいた。

 まったくもって情けない話だが、離れて行くケイに焦燥感を抱いていたのだ。


 チーム結成後は、ますます気持ちに陥っていた。とても焦る自分がいた。

 そんな時に不良達がケイを疑った。それを知った瞬間、なんだか色んな気持ちが爆ぜてしまって、あんなことを言ったのだ。舎兄失格発言は撤回するつもりない。だが八つ当たりをしたのは事実であり、私情を相手にぶつけてしまったのは現実は変えられない。だから利二は詫びたかった。


「今からでも遅くはない。田山を説得して、舎兄弟を解消するよう促してもいいんじゃないか? 不良のチームに属したところで、あいつにメリットがあるわけでもない。片隅で思う卑屈な自分がいるんです」


「なんで、そこまでケイのことを?」


 怒りもせず静聴している不良を一瞥して、「きっと貴方と同じ理由ですよ」ヨウがケイを舎弟に置き続けているように、利二もまた友人に思うことがある。


「田山は、自分の見ている景色を変えてくれた。自分を変えてくれたんですよ」


 そこまで話した利二は口を閉ざし、思い出のページを捲る。

 あれは高校に入学して少し経った頃だったか。皆が新たな学校生活、クラスメートと馴染み始めようとした頃、高校も孤立の道を進むんだろうと踏んでいた自分は田山圭太と出逢った。



 ◇



 元々人付き合いが上手くなかった利二は他人と上手く喋れる方ではなかったし、性格もドライだった。

 会話も簡単な言葉で済ますものだから、小・中学時代の同級生から無愛想で素っ気無い奴だと思われていたのだ。また利二自身も小学低学年時代にハブられたという苦々しい思い出があり、それがトラウマとなっている故に必要最低限の付き合いさえやればいいと思っていた。誰からも愛想のない奴だと思われたが、誰かと繋がって傷付くよりマシだと考えていた。


 しかし、利二は片隅で孤独感を抱いていた。

 上辺ばかりの付き合いに飽き飽きする自分がいたのだ。今の生活に、人生そのものに、不満足している自分がいた。


 そんな時に出逢った田山圭太という男。 話す契機を持ったのは体育でのことだ。

 体力測定をするために嫌々二人ペアを作らされたのだが、その時のペアが田山圭太だった。入学したばかりだったし、向こうも多くの友人を作ろうと思っているのか、友好的に話し掛けてくれた。が、此方は持ち前のドライな面が全面的に出ていた。当時を振り返ると、自分はとても素っ気無かった。

 彼が自分の名を聞いた時のやり取りを思い出す。

 

『なあ、五木の下の名前“利二”ってなんて言うの? ……り……に? ん? りじ?』


『としじ』

 

『へー。利二……読めなかった。漢字ってムズイなぁ。んじゃあ利二でいいか?』


『べつにどうとでも』


 そうやって素っ気無く対応していたのだが、それでも彼は気にすることなく話し掛けてきた。

 正直に言うと鬱陶しいと思った。しかし、上辺の付き合いは大切だ。短くも長い三年間、学校生活を送るのだから会話程度の友人は必要だと適当に応対。本当に淡々とした会話程度で、あの時は終わった。弾んだ会話など無かった気がする。

 

 その日の放課後、再び彼と話す機会を手にする。

 あれは帰宅している途中だった。突然夕立に襲われ、傘を持って来ていなかった利二は学校から出られず、靴箱前でぼんやりと雨が止むのを待っていた。丁度田山圭太も傘を持って来ていなかったらしく、偶然そこでばったりと顔を合わす。

 愛想も畜生もない自分と会話した生徒は大抵、会話が弾まないからと自分の存在を避け、無視してくれるのだが、『利二じゃん』彼は気さくに声を掛けてきた。

 

 変わった奴だと思った。

 話し掛けられたことに驚いている利二に気付かず、彼は酷い雨だよな、と空を仰いでぼやきを零す。チャリ通をしている彼もまた傘を持っておらず、雨が止むのを待つしかなかったのだ。二人でぼんやりと雨が止むのを待ちながら、暇潰しに淡々と会話を繰り広げた。

 どんな会話をしたか覚えてはいないが、彼が不意に言った言葉を、今でも覚えている。


『利二ってさ、喋ると結構面白い奴だな』


『自分が?』


 素で驚いたのを覚えている。面白いなど言われたこともなかったのだ。

 しかし彼は建前でなく本音で言うのだ。面白い、と。


『だって俺との会話に冷静なツッコミ入れてくるからさ。最初は超クールな奴なのかなぁと思っていたけど意外とツッコむんだな、利二って。もっと喋ればいいのに。面白いんだから』


 勿体無い、彼はそう言って笑ってきた。

 簡単な会話を繰り返す自分を、彼は一緒にいて面白いと言ってくれた。こんな自分でも誰かに必要とされているようで、ただただ嬉しかったことを覚えている。久しぶりに学校生活が色付いた気がした。


 そしてそれはその場限りのことではなく、翌日から毎日のように話し掛けてくれた。

 昼食を一緒に食べようと誘ってくれたのも彼からだった。彼には既に一緒に食べる友達がいたのだが、彼は自分を紹介してくれた。「冷静ツッコミ担当」という奇妙な紹介文で光喜や透に自分を紹介してくれた。彼を含む紹介してくれた二人の会話は最初からぶっ飛んでいた。


 それに対して意見すると、彼等は“ドライなツッコミ”と捉え、自分を輪に入れて会話を広げてくれる。会話の苦手だった利二にとって、初めての体験であり、このような会話が自分にもできるのだと心が穏やかになった。こんな自分を受け入れてくれる奴等がいるのだと初めて知った。常に己を苛んでいた孤独感が拭えた。

 誰よりも自分と会話してくれたのは、やっぱり彼、田山圭太だった。勉強が分からないと泣きついてくる彼に数学を教えたり、当たり前のように世間話を振られたり、それに返したり、また自分からも話し掛けるようになったり。

 家が窮屈だと彼に愚痴を零したこともある。何となくだが家が窮屈に思える。そう愚痴を零すと、ケイに『利二の家って泊まりOK?』と聞かれた。


 驚く間もなく、『俺の家に泊まりに来ないか?』家が窮屈なら遊びに来いよ。来てくれたら俺も楽しいからさ。ケイは笑声交じりに誘ってきてくれた。

 泊まりの誘いなんて初めてだったものだから、やけに嬉しく思う自分がいて、『迷惑にならないのか?』どぎまぎしながら聞いたものだ。『大歓迎!』彼はそうやって自分自身を受け入れてくれた。


 彼のおかげで自分は学校生活に色が付いた。


 彼が自分に話し掛け(その度に自分の素っ気無い部分をクールと言ってくれ)、彼が自分に面白いと言い(自分の簡単な言葉をツッコミだと笑い)、彼が自分に友達を紹介してくれ(冷静なツッコミ担当ゲットだぜと光喜や透に紹介してくれ)、彼が自分に泊まりに来いと誘ってくれ(自分が来てくれたら嬉しいと笑ってくれ)、誰よりも彼が自分を必要としてくれた(昨日も今日も明日も当たり前に呼んで名前を呼んでくれる奴がいる)。


 今までドライな学校生活を送っていた。

 どことなく孤独感を抱きながら毎日を送っていた自分にとって、今の学校生活が一番楽しいのだ。

 あの日あの時あの場所で、彼とペアになり、自分に話し掛けてくれたことがすべての始まりだった。あんなに人間関係にドライだった自分が、こうやって誰かに関わり身を案ずる。そんなこと一度たりともなかったのに。

 彼が自分を必要としてくれるもんだから、自分も変わらざるを得なくなった。



 ◇



――変わる契機をくれた友人が離れていくかもしれない。



 不良と関わり始めたケイの様子を常に見守っていた利二は心の隅で翳を抱いていた。

 同時期、荒川庸一が友人に疑念を持つ。ショックと共に腹立たしくて仕方がなかった。辛い小中時代を送っていた利二にとって、ケイはようやく出逢えた心許せる友人なのだ。

 そんな友人を当然のように奪い、有意義な時間を過ごしていたくせに、何かあれば糸も容易く疑念を掛ける。腹立たしく思えた。疑いを掛けられた友人のことは勿論だが、醜い嫉妬心が爆ぜた。


 だから利二はヨウに対して必要以上のことを言ったのだ。

 彼の仲間の前で舎兄失格だと。後先考えず、はっきり、そして感情のままに吐き捨てたのだ。言ったことに悔いはないが一抹の反省を抱いている。何処かで言い過ぎたと自覚はしていた。


 しかし止めようがなかったのだ。すべて本音だからこそ、疑念を抱いた舎兄にぶつけるしか術はなかった。

 今も何処かで嫉妬心が渦巻いている。何も恋愛感情だけに嫉妬心が芽生えるなんて思わない。誰かはその長けた能力に嫉妬し、誰かはその周囲を魅了する美貌に嫉妬し、誰かはその誰からも愛される人気に嫉妬する。同じように絡み合う友情にだって嫉妬というものは存在すると思っている。

 利二はそんな醜い嫉妬心に駆られてしまったのだ。口が裂けても友人には言えないが。


「田山は、自分を変えてくれた。だから、当然のように隣に立っている貴方が羨ましくて堪らないんですよ」


 現実に返った利二は苦々しい笑みを浮かべ、肩を竦める。


「必要以上にあいつと関わろうとするのは、何処かで繋ぎ止めたい自分がいるのかもしれません。自分を必要としてくれたあいつを、誰よりも必要としているのは結局自分なのだと思います」


 カッコつけるふりをして、友人を助けるつもりをして、本当はすべて自分のためかもしれない。

 冷静に自己分析した利二はまた一つ自嘲を零し、目前の不良に視線を投げた。

 「貴方にとって田山は必要な存在ですか?」問い掛けると、「ああ。必要だ」間髪容れずに不良は返事する。それは能力的な意味合いか、はたまた人数を補うためか、質問を重ねると彼は意を込めて答えた。


「んにゃ。きっと五木と同じ理由だ。あいつとつるんでいてオモレェ。舎兄弟の前に俺達はダチだから」


 微かに利二は表情を崩す。


「田山の努力を見てくれさえすれば、自分は何も言うことはありません。今は貴方を舎兄だと認めませんが、認めたくもありませんが……いつか、貴方を舎兄だと認めたい。それもまた本音です。当ってしまい、すみませんでした」

  

 嫉妬心をぶつけてしまったことを謝罪し、利二はヨウに背を向けて歩き出す。

 キョトン顔の不良が素っ頓狂な声を上げ、前に回ってくる。まだ何か用があるのかと首を傾げる利二に、「俺。まだ何も言ってねぇよ!」とイケメン不良。自分だけ言ってトンズラするなとツッコんできた。

 一息つき、彼は真っ直ぐ見据えてくる利二に断言してくる。もう舎弟を疑わない、と。


「どんなことがあっても舎弟を誰よりも信じる。俺はそう決めた。それが舎兄のできるってことだって気付いた。俺は馬鹿だから、喧嘩以外ろくなことはできねぇ。ケイみてぇにチャリや土地勘に長けているわけでもねぇし、頭使うのも得意じゃねえ。寧ろ、考えて行動するっつーのは苦手だ。そのことでチームにも迷惑を掛けてる。ケイにも迷惑掛けてる。俺は手前の思う以上に欠点だらけの舎兄だって気付いた」


 そんなケイが自分をサポートできるほどの力量を持っているのは、利二の言うとおり、ケイが陰で並々ならぬ努力をしてきたからだとヨウ。

 自分もケイも欠点だらけの舎兄弟だが、決定的に違う箇所がある。それは手前の欠点を改善しなかったところ。ケイは己の欠点を他の何かでカバーしようとしていたのだ。


 おかげで自分はケイに助けられる場面が多い。

 文字通り、ケイは荒川庸一の“舎弟”として顔が立ってきた。ケイは気付いていないだろうが、“舎弟”が板についてきた。



「五木、テメェに言われて俺、気付いた。馬鹿な舎兄の俺でもできること……やっと気付いたんだ。俺はもう二度とケイを疑わねぇ。俺を信じてついてきてくれるあいつを、俺は誰よりも信じる。それこそ仲間が疑いを掛けても、俺はあいつを最後の最後まで信じようと思う。それがダチの……んにゃ、俺なりの舎兄が舎弟にできることだ。ケイの一番のダチのテメェに、どーしてもこれを言っときたかったんだ。俺がこれに気付いたのは五木、テメェのおかげだから」



 だから追って来たのだとヨウは柔らかに綻ぶ。

 静聴していた利二は軽く目を閉じ、ゆっくりと笑声を零して目を開けた。「それを聞いて安心しました」素直な気持ちを告げる。


 すると不良がこんなことを申し出てきた。



「五木、テメェさ。俺等のチームに正式に入らね?」



 利二は面食らってしまう。

 まさかこの場面でスカウトされるとは思いもしなかった。


「俺たちに手ぇ貸してくれてるじゃんか?」


 ちゃんと仲間に紹介したいし、チームとして、そしてダチとしてつるんでみたいとヨウが口角を緩める。

 なにより、自分に対して真っ向から意見する度胸を持っているところが気に入った。それがこれからチームにとってもプラスとなるだろう。ヨウは熱弁した。不思議な奴だと利二は思ってならない。たった今、相手に対して辛らつな言葉や醜い感情を曝したというのに不良はもろともしない。



(――ああ、そうか)



 この寛大さがチームの頭として皆に慕われる理由か。不良のくせに不良らしくない奴だと利二は思う。


「申し出は嬉しいですが、遠慮させて頂きます。貴方のチームに入れば、今の自分の役目が消えてしまいますから。自分の役目は貴方達にこっそりと情報を提供すること。チームメートじゃないからこそ、手に入る情報があると思いませんか? 自分は陰から田山の、そして貴方のチームをサポートしようと思いますよ」


「そっか……んじゃ仕方ねぇな。けどよ、今度チームメートに紹介させろよな? なんたってお前は自分達のチームに手を貸し、堂々意見してくれる地味くん。紹介しないと罰が当たりそうだ。なにより、いつか舎兄と認めてもらわないと」


 ヨウの言葉に利二は微笑を返し、会釈して今度こそ歩み出す。先程と違い、足取りも気持ちも軽かった。 


「いーつき! 俺はテメェが羨ましいぜ」 


 瞠目。

 振り返る間もなく、ヨウは声音を張って言葉を続けた。



「ケイは俺等に一線引くこと多いけど、テメェには一線も何もねぇ。舎兄に一線引いて、ダチのテメェに何もないって嫉妬するぜ。ケイは誰よりもテメェのことを必要としているぞ」 



 笑声を含みながら不良は来た道を戻って行く。

 足を止めて去るヨウの背を恍惚に見つめていた利二は、小さなちいさな微苦笑を零した。あの不良はお互い様と言ってくれているのだろうか。つくづく器の大きい不良だ。


 本当は先程の言葉で認めている。友人に相応しい舎兄だって。

 あんなにクサイ、そして真摯な答えを導き出す不良なのだ。癪だから、まだ口に出して言ってやらないが、荒川庸一は田山圭太に相応しい舎兄だ。

 でも今はまだ言ってやらない。言ってやらないのだ。悔しい気持ちを噛み締めたのだ。それくらいの意地悪は許して欲しい。


 ブレザーのポケットに突っ込んでいた携帯が震える。振動の時間を把握する限り、着信のようだ。

 バイト先からだろうか? 今日はバイトは休みだが……首を傾げて携帯を取り出す。しきりに振動する携帯の画面を開けば、見慣れた名前がそこに表示されている。


 眦を和らげ、利二は電話に出る。

 こちらが何か言う前に、『生きてるかぁああ!』切迫した友人の声が鼓膜を突き破りそうになった。やや携帯を耳元から遠ざけ、落ち着けと言葉を投げた後、再び携帯を耳につける。


『利二っ、今ヨウと一緒か? 喧嘩してねぇ? 大丈夫か?!』


 捲くし立ててくる相手に余裕は無さそうだ。

 「大丈夫だ」利二が言っても聞きやしない。タイマンでも張ったのではないかと疑念をかけて来る始末だ。


「田山。タイマンを張って自分が無事にいられるとでも? 話は終わったよ。騒動は起こしてない。安心しろ」


『ほんとだな? 遠慮せずに言っていいからな。俺、利二に何かあったらヨウにキッパリ言うつもりだから。お相手が不良でも、いざとなりゃ男を見せるぜ!』


「本当に大袈裟だな。サシで話をしただけだ。何もなかったよ。それとも、何かあったら困るのか?」


 ほんの好奇心で聞いた質問に、友人は過剰的な反応を見せた。



『――当たり前だろ。俺、諸事情で友達を失くしたばっかなんだ。お前まで失ったら、どうすりゃいいんだよ。ほんとに何も無かったんだな? 大丈夫なんだな?』



 利二は軽く驚いてしまう。直後、自然に笑みが零れてしまった。

 ほら、そうやって友人はこんな自分を必要としてくれる。いつもそうだ、自分を変えてくれた友人はいつだって自分を必要としてくれる。嗚呼……くだらない嫉妬心を抱いてしまった自分が馬鹿馬鹿しく思える。


「馬鹿だな。田山、さっきも言っただろ? 田山が不良と関わっても、お前自身が不良になっても、どんな目に遭っていても、自分は離れていかないさ」


 小・中学時代、ドライな一面ばかり見せて周囲から距離を置かれていた。

 自分自身も他人と関わりも持たなかった。内心、ずっと孤独感を抱いてたのにそれを誰にも出せなかった。

 けれど高校で出逢ったひとりの男子生徒が、自分自身と取り巻く環境を変えてくれた。他人と喋る事が苦手で、淡々としか喋れないツマラナイ人間を面白いと言ってくれた。



――目を閉じれば思い出す。



『え? 利二って喋る事が苦手なのか? ンなの絶対嘘だろ。いっつもドライすぐるツッコミをかましてくるくせに! 俺、クールぶっているツッコミ地味くんだとばかり思っていたんだけど。一緒にいて楽しいけどな。ってことはあれだな、俺の見る目があるってことだよな?』


『逆だろ。田山は見る目が無い』


『そーんなことねぇって。冷静ツッコミをゲットした俺は超見る目がある! これからも同じ地味組としてひっそり生きていこうな。地味は地味とつるむのが一番だ。利二もっと自分に自信持ってもいいのにな。口開けば面白いんだし』



 おかしそうに笑ってくる、笑顔を向けてくる、居場所を作ってくれる友人。

 こんな自分でも必要としてくれた。今もそう、必要としてくれる。


 あの時、向けられた言葉に自分は小さく綻び、




「本当に馬鹿だな、田山は。できることはしてやりたい。それくらいのカッコをつけたい。そう言っただろ?」




 今この瞬間も、友人の言葉に綻ぶ自分がいる。いるのだ。


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