09.それっぽく協定交渉と四字熟語を作ってみる


 ◇ ◇ ◇




(き、気持ち悪い。吐きたいんだけど)




 こみ上げてくる胃酸を必死に抑える。

 また体調を崩したのかと問われると、そうではないと答えるだろう。俺の不調の原因は言わずも分かっている。それは【不良】と【目前の光景】による精神的ストレス、カッコ現在進行形カッコ閉じるなのだから。

 体は元気そのものなんだけど場の空気のせいで精神的に参っちゃいそうだ、マジで。今いる空気と緊張と威圧に押し潰されそう。俺だって人間だもの。不調にだってならぁ。平常心を保っていることが苦でつらい! いっそのこと此処から逃げ出すことが出来たらどんなに嬉しいことか!


(うぇっ、昼間に食ったヤキソバパンが表に出そう)


 俺は小さな吐息をついて、こっそりと腹部を擦る。胃が痛い、恐い、逃げたいと悲鳴を上げている。

 何故、俺がそんなにも不調になってしまったのか。それは前述でも挙げたように目前の光景のせいだ。地面に落としていた目線を持ち上げる。俺達のいる場所はいつものたむろ場。スーパー近くの倉庫だ。いつもならここで、日賀野率いるチームの対策を練っているところなんだけど、今日は一味も二味も飛んで十味も空気が違う。


 理由じゃこの倉庫には“俺等以外の不良”がいるからだ。


 簡潔に言うと不良のお客さんが来ている。

 人数は三人、喧嘩をしに来た訪問客にしては数が少ない。相手の目的は喧嘩やいちゃもんをつけに来たわけじゃないらしい。チームの俺達に対して敵意はまったく見せていないのだから。

 だからって寛ぐように地面にジベタリング、しかも胡坐を掻いて俺等と向き合うのもどうかと思うんだけど。一応、向こうにとって此処はアウェーなわけだし。べつに正座しろと言うわけじゃないけど、奴等は寛ぎ過ぎなんだよ! 我が家のノリか!

 胡坐を掻いて、だっらぁーっと寛いでやがるんだからもう……最近の不良は行儀がなってねぇ! あ、不良に行儀を求めるのは筋違いか。品位が宜しくない奴を“不良”と指すのだから、行儀が悪いのは仕方が無いか。


「俺等と手を組みたい、か。てめぇ等、俺等がどういうチームか知っての申し出か?」 


 ヨウがそれまで続いていた沈黙を破る。

 凛と澄んだ声音が倉庫内に響いた。客人と同じようにジベタリングをしているヨウは胡坐から片膝を立てる態勢へと変え、再三再四本気なのかと相手側に疑問を投げ掛けた。

 間髪容れずひとりが答える。そいつは向こうの頭だった。ヨウと同じように、金に髪を染めている。やや右に傾いていた上体を垂直に戻し、「分かっている」勝気に口角をつり上げて見せた。物怖じしない笑みだった。


「おりゃあ、重々承知の上でアンタに頼み込んでいる。なんならこの場で土下座してもいいぜ? そんくらいのプライドはとうに捨ててる」


「か、和彦さん!」


 なんてことを言うのだと向こうのひとりが抗議。

 それを制しながら浅倉あさくら 和彦かずひこはヨウに受けてくれるのかどうか、答えを促した。



 浅倉 和彦率いる不良達が俺達の下に現れたのは今から十五分ほど前に遡る。 

 その時、俺は倉庫に向かっている最中だった。いつもだったらヨウをチャリの後ろに乗せてたむろ場に行くんだけど、今日はヨウを先にたむろ場に行かせて、俺は自転車屋に寄り道してきたんだ。理由はしごく簡単なもので、ちょっとタイヤの空気がやばくなっていたから。それどころかタイヤ自体が不調で、整備してもらおうと思ったんだ。


 俺にとって自転車は何よりの武器であり、チームの“足”的存在。

 自転車に何かあれば“足”は不能になって、喧嘩のできない俺は本当に能無しになっちまう! いざとなった時に不良から逃げられねぇし。もうフルボッコは勘弁なんだ。フルボッコお試しキャンペーンは日賀野だけで十分だよ。

 だから、しっかりとタイヤに空気を入れてもらい、タイヤの調子も見てもらった。

 自転車のタイヤ自体はなんともなかったから、空気だけ入れてもらって皆のいるたむろ場に向かった。


「快調かいちょう」


 タイヤの具合にご満悦しながら、チャリを漕いでいたら途中でワタルさんに会った。

 てっきりヨウ達と一緒にたむろ場に向かったと思っていたんだけど、ワタルさん曰く職員室でちょっとばかし絞られてきたらしい。そりゃ災難だ、心中で同情しつつ俺はワタルさんをチャリの後ろに乗せて(だって乗せろと煩いから)、ヨウ達の待つたむろ場へ。


 このまま何事もなーく目的地に行けると思っていた矢先、「ちょっと待て」俺の行く手に不良が立ちふさがった。

 まんま飛び出してきたもんだから、危うく相手を轢きそうになったよ! 慌ててブレーキを掛けた俺は目を白黒させて飛び出してきた相手を観察する。見慣れない金髪不良が通せん坊していた。遅れて黄緑、赤と黄のメッシュの不良が目前に現れる。

 相も変わらず不良さんってのは髪の色をカラフルにしたがる! 金、黄緑、赤と黄のメッシュ……どんだけー?!


「おやん? この空気は喧嘩する雰囲気かなぁ」


 同乗者が生き生きとした声を出す。

 それだけは切にやめて欲しい。ワタルさんはともかく、俺の手腕なんて高が知れている。最大限まで警戒心を募らせていると、「道を尋ねたいんだが」予想外な言葉を掛けられた。


「お前等、荒川チームのたむろ場を知らないかぁ? おりゃあ、荒川チームに用事があるけんそこに行きたいんだけど」


 やけに砕けた物の口調で俺達に話し掛けてくる気さくな金髪不良に、思わず俺はワタルさんと顔を見合わせた。

 だって荒川チームって俺等のことを指すしな。用事ってやっぱ喧嘩か?


「その顔じゃ知らんか。んー確かここら辺って聞いたんだけどなぁ。桔平きっぺい、本当にここらなのか?」


 桔平と呼ばれた赤と黄のメッシュ不良は間違いないと頷く。

 あっれ? 俺はともかくワタルさんの顔も知らないのか、こいつ等。ワタルさんはヨウとつるんでいる代表不良として有名だ。顔も広いんだけど。ワタルさんの顔を知らないってのも珍しい。


「噂によると荒川は地味っこい奴と舎兄弟を結んでいるらしいです。そしてこれも噂なんですけど、実は地味っこい奴が荒川で、ド派手不良が舎弟だとか!」


 ……んんん?

 地味っこいのがヨウで、ド派手が俺?


「荒川は策士らしく、ついで喧嘩ができるそうなのです。そしてすっごく狡賢いらしいので、自分の腕っ節の強さを地味というカモフラージュに包んで、いざ喧嘩の時に油断している相手を伸してしまうそうです。卑怯な舎兄弟として不良達からは恐れられているとか! 巷では“極道舎兄弟”だと呼ばれているとか! 義理も人情もないとか! ……恐いですね」


 熱弁する桔平と呼ばれた不良。

 「そりゃ酷いな」金髪不良は顔を顰めて、不良のかざかみにも置けないと眉根を寄せている。黄緑髪の不良もうんうん頷いて同調していた。

 勿論、そりゃあくまで噂なわけでして。実際は普通に地味っこい俺が舎弟、ド派手不良のヨウが舎兄、我がチームリーダーは残念なことに策士ではないという。ポカーンとして目を点にする俺に対し、ワタルさんは大爆笑。ヒィヒィ笑声を漏らして、人の背中をバッシバシ叩いてくる。


「あっひゃひゃひゃひゃ! ケイちん、悪くなったねねねねん! あーお腹痛いっ、あっひゃひゃ! 極道舎兄弟だとか! あっひゃひゃっ、極道だってっ、ケイちゃーん。どーするのっ、あっひゃひゃひゃひゃ!」


「わ、笑い過ぎですワタルさん」


 人の不幸をなんだと思っているんだいこの人!

 涙目になって腹を抱えるワタルさんに、会話を交わしていた不良達が呆けた顔でこちらを見てきた。察しが良いらしく、「あ。もしかしてあんたが」桔平さんが指差してくる。俺はぎこちなく笑みを返した。


「噂の舎兄弟だったり……するんですけど」


 指遊びして相手の反応を窺う。文字通り、不良三人は驚愕した。


「お、お、お前が地元で名を挙げている荒川庸一なのか! なんって地味っこい格好してるんだ! ……こりゃあ喧嘩する相手も油断するわけだな。地味だし、喧嘩できなさそうだし、見るからにパシリっぽそうだ。どこをどう見ても完璧な真面目ちゃんだ。さすがは策士、ここまで完璧だと目を瞠るな」


 るっせぇ! こりゃカモフラージュじゃなくて素だよ! 大概で失礼なことを言っているぞお前! 畜生、ド派手じゃなくて悪かったな! どーせ俺は万年地味っ子表向き真面目ちゃん、んでもってイケてない男子高生だー! 地味とモテない歴16年、文句あっか?!

 ええい、心中で毒づくことしかできない俺はチキンでもヘタレでもないけれど、不良のことは恐いんで、そこのところは夜露死苦!


(しかもさっき、ワタルさんが俺のことを『ケイ』って呼んだじゃんかよ)


 俺は荒川庸一じゃねえって。なんで気付かないの、この不良。

 「あの……俺は」訂正を入れようと口を開いた瞬間、「此処で会えたのは運が良かったなぁ」金髪不良は自分は浅倉和彦だと名乗って、俺に微笑した。


「荒川、おりゃあ、ちょいとお前に話があるんだ。あ、喧嘩じゃないから安心しろ。なあに噂は噂。おめぇがどんなにあくどかろうが、そんなの二の次三の次だ」


「ちょ、俺は荒川じゃ……」


 しかもあくどいってお兄さん!


「喧嘩するつもりは毛頭ないですけん、カモフラージュせんでもよかですよ。自分は金子かねこ りょうです。向こうは西尾にしお 桔平 きっぺい。どうぞお見知りおきを」


 愛想の良い爽やかな笑顔で黄緑髪の不良、金子涼は俺に自己紹介。宜しくと西尾桔平も頭を下げてくる。

 俺は勿論、爽やかに挨拶を返して宜しくと握手を求める……わけなかった。

 なんでそうやって勘違い起こすんだよ、この不良三人組。俺は荒川じゃないって。ヨウじゃないんだって。イケメンでもないんだって。嫌味かよ、お前等。寄ってたかって田山いじめか? だったらくそったれだー!


 オイオイシクシク心中で毒づき、そして泣きながら、表の俺は荒川じゃないと何度も否定。

 だけど向こうはちっとも信じてくれない(噂を鵜呑みにしてるみたいで荒川は地味っ子だと思っているらしい)。ワタルさんはまーだ人の不幸に対し、腹筋を忙しなく動かしてゲラゲラと笑声を漏らしている。俺の味方になってくれそうにはない。

 埒が明かないから俺は携帯を取り出し、三人に少し待ってもらうように告げてお電話。勿論相手は俺の舎兄だ。


「もしもしヨウ。なんかお前にお客さんが来ているんだけど。俺等、そいつ等に絡まれているんだ……うん、うん無事っちゃ無事。たださ、メンドクサイことになっているから、そっちに連れて来てもいいか?」






 こうして俺はヨウの承諾を得て、ワタルさんと一緒に不良三人をたむろ場まで連れて来た。

 たむろ場にいるヨウに会わせれば、三人の誤解も解けるだろう。そう思っていたのだけれど、まだ誤解していたらしく「客はテメェ等か?」訝しげな眼を向けて歩み寄って来るヨウに三人のこのような反応。


「はぁー。荒川の舎弟はえっらい美形だな。おりゃあ、こういう男に生まれたかった」


「ですね、俺もそう思いますよ、和彦さん!」


「よか男は罪ですよね。この容姿じゃあ不良でも真面目でも女にキャーキャーですよね。で、この方のお名前はなんて言うんです? 荒川さん」

 

 で? も、何も、くそも、荒川もあるか!


「だから俺は田山なんです!」


 向こうが荒川だと指差し、田山だと名乗っても、またまたーで流される。生徒手帳を見せても借りたんだろうんぬんで流されちまうんだ。

 もう、人の話を聞いてくれない不良さんなんて嫌いだ! 不良さんは元々嫌いなんだけどさ! 正しくは嫌いじゃなくて恐いんだけどさ!


「ヨウ……助けてくれ」


 俺は舎兄に泣きついた。もはや相手にもしたくなかった。

 「なんでてめぇが俺に勘違いをされているんだ?」首を傾げるヨウは自分が荒川だと不良三人に説明してくれたんだけど、こいつ等の誤解はなかなか解けず。次第にヨウもなんだこいつ等、と音を上げる始末。

 結局、一番説明の上手いハジメが誤解を解いてくれるまで五分を要した。


「なんだ、お前等。地味っこいが舎弟で、イケメンが舎兄か」


 だったら最初からそう言ってくれればいいのに。

 浅倉和彦に文句を言われたけれど、俺等は最初からそう説明しているっつーの。人の話をちゃんと聞けい!

 

 さて誤解も済んだところでヨウはメンバー全員を集め、客人と共に倉庫内に入るよう指示。そして喧嘩目的ではないらしい客人に用件を尋ねた。すると客人の浅倉和彦がまずは自分はチームの頭だということを説明、次にこう申し出た。


「おりゃあ、荒川チームと手を組みたくて交渉しに来た」


「俺等と?」



「ああ。荒川、お前のところのチームと手を組みたい」



 話は冒頭に戻る。

 浅倉和彦は俺等荒川チームと協定交渉をしに訪問してきたのだ。




「――簡単に受け入れられる話じゃねえってことくれぇ、テメェでも分かるだろ。浅倉」



 協定交渉にヨウは険しい顔で返した。

 実情を言えば、協定は俺等にとってプラスな話だ。

 何故ならば協定を結ぶことによって日賀野率いるチームと対等に渡り合える面が多くなるから。宿敵である日賀野チームは幾つもの不良チームと協定を結んでいる(らしいよ。詳しくは知らないけど)。

 俺達は協定を結んでいる不良チームをシラミ潰しに伸しているけれど、これは手間隙掛かる作業でとても面倒だ。肝心の日賀野チームに喧嘩を仕掛けるまでの道のりが遠く、一体何チーム潰せばいいのか先も見えない。無駄に労力も費やしてしまう。


 正直なところ、協定を結んでいる不良達とはあまり喧嘩したくない状況だ。日賀野達に行き着くまでにスタミナ切れしそうだから。 

 今、チームで喧嘩の要になっているのは主に喧嘩のできない俺とハジメを除く男組。後は女子組で響子さん。


 俺達のチームは強いほうに属するだろう。

 ただし、致命的な弱点として人数と体力が挙げられる。チーム内に四人も喧嘩ができないメンバーがいるとなると、要になっているメンバーの肩に掛かる負担も重くなる。そう頻繁に喧嘩ができるわけじゃない。特に合気道経験のあるチーム一腕っ節・キヨタは先陣を切ることが多いから生傷が絶えない。

 先陣切ってくれるあいつは誰よりも傷を負うから、キヨタにはマメに休んで欲しい。ヨウも気に掛けているほどだ。いくら腕があっても、毎度先陣を切っていたら誰よりも疲労が溜まるだろう。本人は大丈夫だと笑っているけれど、キヨタはチームの切り札でもある。できることなら温存しておきたい。


 そんなわけで、俺等もそろそろ手を組んでくれる他のチームが欲しいとは思っていたところだ。

 一緒に日賀野達を倒す! ……まではいかなくとも、日賀野チームと協定を結んでいる不良を伸してくれるような、そんなチームが欲しかったんだ。


 だからこそ浅倉和彦の申し出は正直ありがたい。 


 ただそうは言ったって簡単に協定を結べるほど俺達も軽くない。日賀野チームと対立している真っ只中なんだ。もしかしたら俺等を探りに……という強い懸念も抱く。「協定交渉? やっりぃ、とっとと結んじゃいましょう!」なんて軽くなれるわけないよな。

 それを分かっているから、ヨウは拒絶もしなければ受け入れもしなかった。本当の意味でチームの顔になりつつあるヨウは成長したと思う。少し前のヨウだったら、「協定? それ面白そうだな」でさっさと結んでいただろうに。ほんとリーダーらしくなったよ、ヨウ。

 ヨウの返答を見越していた浅倉さんは、「だよなぁ」砕けた笑いを見せる。


「まあ、一応事情は聞いて欲しい。おりゃあ、お前等とじゃないと協定を結ぶ意味はないと思っているからなぁ」


「俺等じゃないと? どういう意味だ?」


 もっと簡潔に説明するよう促すヨウ。

 「涼」浅倉さんは黄緑髪の不良、涼さんに説明を任せた。九州出身なのか、涼さんは「自分でよかですと?」九州弁で浅倉さんに聞き返していた。ちなみに涼さんはチームの副頭。ついでに桔平さんと浅倉さんは俺とヨウのように舎兄弟を結んでいるとか。

 任せたと浅倉さんに言われ、涼さんは俺等に会釈。遠慮がちに説明を始める。


「池田チームを知っていますか? 池田邦一チームなんですが」


 知っているも何も池田チームを伸したのは俺等だ。

 いやぁ、あの時は大変だったな。何が大変だったかって舎弟問題が勃発してたからな。今じゃ良き思い出……でもないか。まだまだ最近の思い出だしな。



「つい最近、池田チームが壊滅したとです。あ、自分、所々訛りが入ると思うのですが、気にせんといで下さい。なるべくは標準語で話すよう努めますんで……で、話は戻るんですが、極々最近の話、池田邦一率いる不良チームが壊滅しました。

 奴等は此処から15分ほど歩いた先の商店街を支配下に置いていたチームなのですが、壊滅したことによりエリアは完全フリーとなりました。


 知っているかもしれませんが、寂れた商店街エリアは不良の巣窟になりやすいです。

 商店街自体が寂れてますんで、そこに住居を置く奴も少ないですし、元から治安が悪いんで店と実家を別個にする奴も多い。補導員の目も掻い潜りやすいですし、他校の教師達もそうは足を踏み入れない地。真夜中に馬鹿騒ぎしてもそう簡単に通報は入りません。


 まあ……つまりは商店街エリアは不良達がたむろするにはもってこいの場所です。付近の不良達は寂れた商店街エリアを『廃墟の住処』と呼んで、我が物のエリアにしようと虎視眈々狙っていました。

 しかし今までは池田邦一率いるチームがエリアの一切を支配していました。誰も池田チームには逆らおうと思いませんでした。というのも池田チーム自身に畏怖の念は感じなかったものの、誰もが奴と繋がっているある不良チームに怖じていた。奴等はこの辺りで有名過ぎる不良チーム、日賀野大和率いる不良チームと繋がりを持っていたとです。

 日賀野チームに対抗するほどの力を持っていないと自覚していた。プラス、池田の悪知恵に誰もが廃墟の住処に手を出そうなんて思わなかったとです。手を出せばどうなるか馬鹿でも分かりますから。

 

 ばってん、池田チームは壊滅しました。

 今までエリアを狙っていた不良達は爆ぜたように、そこを我が物としたとです。ある意味、今の寂れた商店街はエリア戦争と化してるとです。自分達チームも参戦しているため、四チームが今、商店街のエリアを分割して支配。相手の陣地を奪おうとしている状況になるとです」



「そういや、この頃不良達の間でテリトリー争いをしている噂が立っているな」



 ヨウの呟きに、俺はそうなのかと瞠目。

 「知らないのかよ」近くに座っていたモトに毒づかれた。それでもヨウの舎弟なのかと付け加えて。

 いやそんなこと言われても俺、基本的にご近所の不良の内情なんて知らないし。日賀野チームで手一杯だぜ! 俺は日賀野チームだけでお腹一杯だ! おかわりはいらない!


「話は……ある程度分かった。要するにエリア戦争に加担して、お前等の肩を持てということだろ? ……だが自分等と手を組む理由が見えない」

 

 小さな欠伸を漏らし、副リーダーのシズが意見。

 ご尤もだと思う。別に俺等と手を組む必要性は無いんじゃないか? そりゃこっちには腕っ節の強い輩が多いけど、俺等も日賀野達のことで手一杯。あんまそういうヤヤコシイ問題に関わりたくない。協定は嬉しいけど、喧嘩の数が多くなるのは俺達としては痛手だしな。

 手を組むべき理由を求めると、「チームの一つを確実に潰すためか」それまで不機嫌に口を閉ざしていたタコ沢が口を開く。今日も奴の頭はゆでだこのように真っ赤だ。口が裂けても言えないけれど。

 タコ沢は意外とご近所の不良事情を知っている。フンと鼻を鳴らしながら、説明側に立っている涼さんに視線を投げた。


「エリア戦争は浅倉を筆頭に、刈谷、榊原、都丸チームが関わっているって話だゴラァ。お前等、元々榊原とはチームだったって話を聞いたが?」


 「ご名答」浅倉さんは口角をつり上げた。

 自分達は榊原さかきばらと元々チームメートだった。しかし、先日誰がチームのリーダーに相応しいか争い、ついに分裂。まるで今の俺達のように対立していると言う。だけど決定的にこっちと違うのは、榊原が巧みな手でチームの大半をメンバーから抜き取ってしまったことだ。しかも有能で使える奴等ばかり。

 浅倉チームに残っているのは、あまり喧嘩のできない、どちらかといえば力に劣りのある弱小不良達ばかり。それだけでも苦しいのに、榊原は“あるチーム”と手を組んで圧倒的優勢を見せた。


 そう、日賀野チーム。 

 奴等は日賀野チームと協定を結んで圧倒的力を見せ付けてきやがったそうだ。

 このままじゃ対立するどころか、一方的にチームが潰される。榊原は浅倉さんを含む弱小不良達を甚振りたい魂胆で、こちらが身を引いて終わる問題ではない。身を引いても甚振られるであろう地獄。向かっていても甚振られるであろう地獄。

 浅倉さん自身は喧嘩ができる身の上らしいけど、他のメンバーはそうでもない。逃げるくらいなら立ち向かわなければ。そう思ったらしい。


 だからエリア戦争にも加担した。

 どうせヤラれるなら精一杯足掻いて向こうにダメージを与えたい。

 とはいえこちらにだってプライドはある。最初から負けの喧嘩など毛頭もする気は起きない。どうにか榊原と対抗する策は……考えに考えた挙句、浅倉さんは日賀野チームと対等に渡り合えるチームと手を組むことを決意した。


 そう、荒川チームだ。


 日賀野達と対等に渡り合えるのは、元々奴等と一つのグループだった荒川率いる不良チームしかいないと浅倉さんは考えたそうな。

 こっちに頭を下げる気持ちで来たと浅倉さんは断言。プライドをかなぐり捨てても、チームを守りたい気持ちがあるから。



「おりゃあ、馬鹿だから喧嘩しかできねぇ。これでもリーダーなんだがぁ、すぐに熱くなって周りが見えなくなる性格だから。

 こんなリーダーに嫌気が差して、大半の奴等は冷静沈着な榊原について行った。深慮ある奴の方がリーダーとして素質があると思ったんだろうな。それでもこっちに残ってくれた馬鹿もいる。榊原の誘いを断った奴もいるし、チーム分裂後も手前のチームの奴等は全員残ってくれている。抜けることもできるのに、おれに付いて来やがる。


 おりゃあ、感動したよ。

 正直、大半の奴等が榊原について行っちまって途方に暮れた。おれ的に皆でワイワイできりゃそれで良かったんだが、メンバーはそう思ってなかったらしくて榊原についていった。


 けど少しならずおれを慕って、弱小となったチームに居残って、付いて来てくれる。何もしないわけにいかないじゃないか、なぁ? そいつ等を全員守るためにも、荒川、お前に交渉を持ちかけて協定を結びたい。ある程度の難題条件は覚悟した上でな」



 そう静かに語る浅倉さんは姿勢を正して、腹を決めているのだと俺等チームを見据える。彼の眼には強い意思の宿っていた。

 俺は浅倉さんを恍惚に見つめる。凄いな、この人。リーダーの素質が無いなんて嘘だろ。だってこんなにも覚悟が決まっているんだから。

 チームのためにプライドも何かも捨てて、俺等に嘲笑われるかもしれないのに身内話をして、俺等と協定を結ぼうと交渉を持ち掛けている。この人ならどんなことでもしそうだ。文字どおり、どんなことでもだ。

 それとも、チーム分裂がこの人を変えたんだろうか? とにもかくにも、この人の意思は強そうだ。


「浅倉、話は分かった。けど、さっきも言ったがすぐに返事はできねぇ。俺の独断で決められるような問題じゃねえからな。浅倉、テメェの気持ちは分かるが、俺もこのチームのリーダーだ」 


 腰を上げたヨウは浅倉さんの前に立って、彼を見下ろす。

 浅倉さんとヨウはタメ。つまり俺ともタメなわけだけど、なんだか浅倉さんの方が年上に見える。だって悟ったような顔を作っているから。険しい顔から一変、ヨウは微苦笑を零した。

 

「身内をエリア戦争に関わらすのは、少しばかり気が引けている。俺の率直な気持ちだ。こいつ等は俺にとって大事なメンバーだからな。それは分かってくれ」


 すると浅倉さん。

 同じ微苦笑を零してヨウを見上げた後、ゆっくりと立ち上がった。 



「アンタは、好いリーダーだな。おれと違ってさ」



 そう、屈託なく言う浅倉さんはヨウに砕けた笑みを向けた。悟った顔から一変、俺等と同じ年齢相応の顔で笑っていた。



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