06.シュワッチ池田戦(前編)




 ◇



 一方、ヨウ達がたむろってるスーパー近くの倉庫裏では。  


「遅い」


 雨風に晒された薄汚い倉庫壁に背を預け、苛々と足踏みしている弥生はいつまで経っても戻って来ないケイを待っている最中さなかだった。

 弥生は飲み物を買いに行ったケイが戻って来たら一番に励ますつもりでいた。舎兄弟を解消されてしまったのだ。表向きでは平然としていたが、内心では絶対に傷付いている。水面下であれほど努力していたにも関わらず、その行為が報われなかったのだから。

 けれど報われずとも努力を見ている人間もいる。自分もそのひとりだ。戻って来たら、「これから巻き返そうよ!」応援しているから、と笑顔を送る気持ちでいた。

 しかし彼はいつまで経っても帰って来ない。ついでに彼の後を追うように飲み物を買いに出て行ったモトも戻って来ない。二人で駄弁っているのだろうか。舎弟について話しているのだろうか。どちらにせよ、遅過ぎる。


 弥生は元々湿気た空気が好きではない。

 からっと乾いた、明るい空気を好む。だからこそ今の空気を打破するために、傷付いたケイを励まそうとしているのに本人が戻って来ないのでは意味がない。


「ヨウのせいでケイが戻ってこないじゃんかー!」


 ついに待ち切れなくなった弥生は、空気を悪くしたチームリーダーに憤りながら意見した。掴みかかる勢いである。

 「解消しなくても良かったじゃん!」文句垂れる弥生を、「まあまあ」ハジメは優しく宥めた。ヨウにも考えがあるのだとリーダーを庇うが、弥生は解消された挙句、最下位発言をされたら誰だって傷付くと猛反論する。


「大体、ヨウから舎弟になれって話を切り出してきたのに、申し出た本人が舎兄弟解消だなんて勝手過ぎると思う。そうは思わないの? ハジメ!」


「え、あ、あははー……そうだね」


 彼女の剣幕にハジメはたじろいだ。弥生という少女は怒れると凄みがあるものだ。

 冷汗を流し、救いの眼をヨウに投げる。リーダーは積み重ねられた木材に腰掛け、立てた片膝の上で黙然と頬杖をついている。険しい面持ちから察するに、舎兄弟について延々と思案しているのだろう。こちらに視線が流れることはない。救済の手は期待できないようだ。他の皆も思い思いの時間を過ごしているため、此方も期待はできない。


 弥生に視線を戻す。憤る彼女の相手は自分しかないようだ。

 「そんなに怒らなくても」当たり障りない言の葉をかけハジメが微苦笑してみせた。ヨウの気持ちを酌んでやろう。彼だってチームのための決断だったのだから。

 けれども弥生は不満げに鼻を鳴らすだけ。


「喧嘩だけ見てるところが気に食わないの」


 静かな怒気が宿った言の葉をハジメにぶつけてくる。

   

「喧嘩だけ評価されるなら、私だってちっとも役立たない。だからその分、何かで補おうとしてるのに……私は喧嘩ができる響子とは違う。非力な女の子だよ」


「弥生には情報の面で期待しているよ」


「ならケイだって喧嘩以外の面で期待してあげてもいいじゃん! おかしいよ、手腕があるなしだけで評価されるなんて。それに私、身近に喧嘩ができなくて悩んでいる馬鹿を知っているもん。こんなの、絶対にヤなの」


 真っ直ぐ弥生に見つめられ、ハジメは不意を突かれた。

 そして一層苦々しく笑う。悩んでいる馬鹿、誰のことなのか容易に理解できてしまった。「大丈夫だよ」ハジメは根拠のない言葉を口にする。きっと大丈夫、ヨウにはヨウの考えがある。無意味に傷付けるような発言をする奴ではない。だから大丈夫、きっと大丈夫なのだ。




「お前にしては……珍しい決断だったな」

 

 思案に耽っていたヨウは意識を現実に戻し、ゆっくりと視線を上げる。そこには眠気を噛み締める副リーダーの姿があった。

 彼が決断の何を指しているのか、謂わずも理解できたため、ヨウは小さな苦笑を零す。「一部反感も出ているみたいだがな」シズは弥生達の方に視線を向け、軽く眉根を寄せた。

 しかしシズはヨウの気持ちを尊重しているのか、それ以上のことは何も言わない。ヨウにとって有り難い気遣いだった。


「ケイと……話し合っての決断か?」


「んにゃ解消は俺の独断だ。勝手なことをしている自覚はあっけど……あいつだったら分かってくれる。あいつに言われたからこそ、俺はこの決断を下したのかもしんねぇ」


 頭の後ろで腕を組み、ヨウは軽く目を閉じた。頬を撫でる微風が心地良い。

 そっと瞼を持ち上げ、「一旦離れる必要があったんだ」ヨウは胸の内をシズに明かす。自分と舎弟は一旦離れる必要性があったのだと。でなければ、自分は偏見的に物事を見たままだっただろう、と。

 「どういう意味だ?」シズの問い掛けに、「俺は器用じゃねえからさ」ヨウは空を仰ぎながら答えた。



「ケイと舎兄弟のままだったら、モトやキヨタをちゃんと見てやることもできず、結局はケイを舎弟に選んでたんだと思う。ああ見えてケイは、俺をよく分かってくれてるから……それに甘んじて舎弟に選んでいた。俺をよく理解してくれてるからって理由でさ。それに、俺はどこかでケイというダチを失うんじゃないかと恐れていた。

 もしケイと舎兄弟を解消しちまったら、別の舎弟を選んじまったら、俺等の関係は終わり。舎弟じゃなくなったあいつは俺等とつるむ明確な理由もなくなるから、俺達のところから離れて行くんじゃないかと思った。

 あいつを俺等不良の道に入れたのは、間違いなく俺だ。最初はあいつが面白くて、繋ぎ止めたくて舎弟に引き込んだけど、結構あいつと馬合ってさ。居心地良くて、このザマだ。な、偏見だろ? それじゃチームだって納得しねぇよ。俺は舎兄の前にチームのリーダーだ。手前の私情で舎弟うんぬんは決められねぇ。

 だからケイと離れた。じゃねえと周りが見えてこねぇんだ。周りが見えていなかったばっかりに後悔したことが沢山あった。今まではそれをおざなりとしてきたけど、これからはそれじゃ駄目だ。ケイに背中蹴られちまった。俺の気持ちを見透かしたように言ってきやがった。舎弟じゃなくても、俺はヨウと繋がっている、てさ」



「相変わらず……お前等は寒い会話をしているな。どこの青春ドラマだ。羨ましいくらい……寒いぞ」


「うっせぇな」



 褒め言葉として受け止めたヨウは微笑を零す。 

 「自覚が出てきたな」シズはチームリーダーとしての芽生えに微笑ましい気持ちを抱いた。少し前まで一直線上に物事に突っ込むだけの不良だったというのに……、チームの頭は喧嘩が強いだけじゃ駄目なのだ。

 目前の喧嘩だけ蹴散らしていく、それではチームを結成した意味がない。


「ええええっ、そ、それどういうことだよ、モト!」


 突然、静かな空気に響き渡る絶叫。 

 キヨタの声に何事だと一同が注目する。モトの帰りをそわそわと待ちつつ周辺をうろついていたキヨタは、携帯を耳に当てて何やら焦っている様子。「大丈夫なのかよ!」という悲鳴に混じった声音にヨウは眉根を寄せた。木材から飛び下りると脇目も振らず、キヨタに駆ける。

 何があったのだと問う。キヨタが携帯機から耳を外し、大変だと早口で説明を始めた。


「モトが不良に追われていると言っているっス。しかも池田チームの回し者っぽくて……人数が多いみたいっス」


「モトが……」


 大事な弟分がピンチに陥っているのだと聞き、ヨウはキヨタから携帯を取って向こうに話し掛ける。

 「今何処にいる?」ヨウの質問に、『交差点前の大通りです』機器向こうのモトが答えた。声に緊迫感がある。事態は芳しくないらしい。今すぐ応援を送らなければ……ヨウはシズとワタルにバイクを出すよう言う。移動できるよう常にたむろ場に止めているのだ。


 しかしモトが応援はいらないと意見した。

 何を馬鹿なことを言っているのだ、捕まればどんな目に遭うと思っているのだ。モトがそれなりに喧嘩ができたとしても大勢相手では勝ち目がない。身を隠せるような場所に避難しておけと命令するが、モトは『えーっと……』と言葉を濁すだけ。

 何か意見をしたいのだろうが、肝心な時に何も言えないのはモトが自分を尊敬しているからだろう。「モト!」怒声を張れば、『はいです!』素っ頓狂な声を出した。


『えーっとそれじゃ応援……いやいやいやそれじゃ駄目だろ! ……え? 何だよケイ。は? ヨウさんと話したい? だってアンタ、運転っ、分かった分かった! ヨウさん、ケイと代わります!』


「ケイと一緒にいるのか? って、あ、おい」


『はいはーい。ヨウ、俺です。追われている身の上なので単調直入に用件のみお伝えします……ヨウ、池田チームから喧嘩を吹っ掛けられた。結構な人数がこっちに来ている。チーム本体の手が薄い。潰すなら今だ。リーダーを討ち取って来い。俺とモトで下っ端の相手を頑張ってみるからさ』


「なッ、無茶言うんじゃねえ! んなの無理に」



『無茶でもやるしかないだろうよ! ヨウ、俺達の目的は何だ? 俺達、さっき日賀野に会っちまったよ。日賀野は俺達を潰すために、あらゆる手を使ってくる魂胆だ。それを阻止するだけじゃ俺等は勝てねぇよ。受け身だけじゃ無理だってことだ。おっと、モト、曲がるぜ……悪い悪い。話を続けるけどさ、ヨウ、俺とモトを信じてくれよ。俺等を心配するなら池田を討ち取ってきてくれよ。大丈夫、俺達、この危機を乗り切ってお前のところに戻ってくるから』

 


「ケイ……けど」



『けどなんて言ってヘタレるなリーダー! 俺はお前の“足”なんだぜ? 逃げ足だけはピカイチだ。今だってチャリをかっぱらって逃げている最中だし、モトはお前ご自慢の弟分だ。ヤラれるわけねぇだろ。状況を見ろ、ヨウ。お前がすべきことは何だ? このまま日賀野にいいようにされていいのかよ。俺等、強くはないけど弱くもない。信じてくれ、無事に戻って来るから。事を済ませたら、池田のたむろってる場所に向かうから――俺達が戻った時には頭(かしら)を討ち取っていてくれよ。期待しているぜ。リーダー』



 『モト、携帯仕舞え。超荒運転いくぞ!』ケイの怒声にモトの返事が聞こえ、『後で会いましょう』丁寧にモトが挨拶をして電話を切った。


「勝手なことばっか言いやがって」


 ヨウは荒々しく後頭部を掻き、携帯を閉じる。

 ポケットに携帯を捻り込む彼の瞳には強い意思が宿っていた。「集合だ」散っているメンバーに号令をかけ、ヨウはチームの頭として命ずる。


「響子とハジメは此処に残って俺達とケイ達の連絡を繋げとくようにしとけ。何かあったらすぐに連絡しろ。弥生、ココロ、てめぇ等は池田チーム以外の動きがないか探って来い。残りは俺と池田チームを潰しに掛かる。池田は商店街外れの駐車場でよくたむろってやがるらしい。奴等がケイとモトに喧嘩を振っているせいで、チームは手薄になってるみてぇだ。ヤマトと繋がっている、邪魔な池田を今ここで潰すぞ」





 バイクを飛ばしヨウは仲間を連れ、池田率いる不良チームがいるであろう商店街外れの駐車場付近まで来ていた。

 ここら一帯の商店街は寂れており、また不良達が行き交いすると知れた場所でもあるため、極端に人気が少ない。「寂れているっスね」キヨタの問い掛けにヨウは頷き、バイクを降りて、民家の塀から例の駐車場をこっそり窺う。

 情報によると、とにかく池田は不良達を大勢率いていることで有名だ。

 大勢の仲間を従えて他の不良や付近の住民をシメていると噂で聞いている。度々警察沙汰を起こしているようだが、本人に反省することなく、時間を置いて傍若無人な振る舞いをしているらしい。


 人様の車のボンネットの上で胡坐を掻いて座っている不良に目がいく。

 派手な茶髪にネックレスの装飾品をジャラジャラつけている不良。あれが池田だ。いけ好かないナリだと舌打ちを鳴らし、不良の人数を確認。目分量では十人前後。こっちは五人。人数的には不利だが……何せ、こっちには喧嘩のツワモノ達がいる。


「池田自身、あんまり強くないって噂だぜ。ゴラァ」


 タコ沢が知る限りの情報を提供してくれた。

 池田は悪知恵の利いた奴で、頭を使って不良達を制圧している。自分は殆ど喧嘩に回らない男のようだ。ますます気に食わないとヨウは舌打ちを鳴らす。そういった悪知恵ばかり使うような不良は大嫌いなのだ。どこかの誰かさんを思い出す。


「なるへそ。なら、大将の側近が強いってことになるのかなーん?」


 ワタルの疑問にタコ沢はそういう噂を聞いた、と肯定した。

 タコ沢は意外と様々な不良事情を知っているようだ。「使えるパシリだねん」ワタルが肩に手を置いてニコッと笑えば、「パシリは余計だ」タコ沢が低く呻く。忘れられているかもしれないが、タコ沢はヨウのパシリである。


「どう……乗り込む?」


 シズは欠伸を噛み締めながら尋ねた。

 たむろっている駐車場の出入り口は正面と反対側の二つ。残りはブロック塀で囲まれている。

 ヨウは暫し思案し、二手に分かれようと意見。自分はなるべく大将を討ち取りたい、リーダーとして。だから裏手から回ることにしたい。ヨウの意見にシズは頷き、ワタルとタコ沢に目を向けた。


「では……こちらは、正面突破だ。なるべく騒ぐぞ。特にタコ沢……、お前は騒がしいから役立つ」


「誰がタッ……」


「今は騒がないのー? お分かりんこ?」


 ワタルの右手で口を塞がれ、もがもがとタコ沢は唸る。

 軽く青筋を立てるタコ沢に怒らない怒らない、ワタルは一笑を零した。話は纏まり、シズ、ワタル、タコ沢は裏に回るヨウとキヨタの合図があるまでブロック塀に身を隠して待機する。


 一方、ヨウとキヨタは相手方に見つからないように移動をしていた。手頃の電柱に各々身を隠し、向こうの様子を窺う。能天気に談笑している池田は、「向こうは今頃大変だろうな」と一笑。話の端々しか拾うことができないが、池田の上機嫌っぷりになんとなく談笑の内容を察してしまう。

 池田はヨウの性格を十二分に分析している。ゆえに荒川チームが全員で仲間を助けるべく、奔走していると判断しているようだ。つまるところ、池田に自分の考えを読まれているのだ。確かに。ケイに言われるまでは仲間を助けるために動いていただろう。


 「たく……参ったぜ」ヨウは苦笑を零す。

 「ヨウさん?」キヨタが不思議そうに見上げてきた。


「ヨウさんが負けるわけないっスよ? 何を弱気に」


 独り言を弱音だと受け取ったようだ。キヨタが大丈夫だとガッツポーズを取る。

 白髪頭のチビを頭にのせ、「俺自身の問題の話だよ」弱音を吐いているわけじゃないと頬を崩した。


「俺はすぐに周りが見えなくなる性格だ。そんな俺をいつもサポートしてくれる男がいてさ。あいつの気遣いを思い知らされたんだよ」


「ケイ……さんのことっすか?」

 

「あいつは喧嘩なんざできねぇ。けどな、俺をよく理解してくれたんだ。理解してくれるから視野の狭い俺に状況を気付かせてくれた。どうすればいいか相談にも乗ってくれた。悪いところは容赦なく指摘してくれる。そういう奴だった。俺に必要な舎弟は、周りの状況を気付かせてくれる奴なんだろうな。っつーことでキヨタ、今の俺をサポートできるのはこの場にいるお前だ。期待してるぜ」


 「うぇえ?」素っ頓狂な声を上げるキヨタはそんなの無理だと言うが、無理でもやってもらわなければ困る。自分に必要な舎弟はそういう奴なのだから。焦燥感を滲ませるチビ不良に構うことなく、ヨウは右手を軽く挙げた。

 すると隠れていた待機組が駐車場へと乗り込む。突然の襲来に、不良達のどよめき声が聞こえたが、人数の少なさに池田は笑い、始末するよう命を下した。


「あっはー! 人数で俺サマに勝てると思ったら大間違いだぜ!」


 すっかり口調が変わるワタルが先陣を切ってひとりの不良に殴りかかる。

 ああなったワタルは気が済むまで喧嘩をしなければ、元には戻らないだろう。

 シズとタコ沢も食って掛かる不良達を相手し始める。あいつ等の手腕ならいけると睨んでいたのだが、意外なことに向こうの不良もやり手のようで苦戦を強いられている様子。甘く見ていたようだ。それとも仲間を過大評価していたせいだろうか。

 

 すぐさま応戦に行きたいが、ヨウはグッと出しゃばる気持ちを引き戻した。

 自分の目的はあくまで向こうのチームの頭を討ち取ること。応戦すれば失敗するかもしれない。失敗がなくとも、喧嘩が長引く。なるべく早く事を済ませたい。こちらは人数が少ないのだ。スタミナの差で敗北する可能性だってある。

 頃合を見計らい、「行くぞ」ヨウはキヨタに声を掛ける。「うっす」返事を返すキヨタを確認した後、ヨウは裏側から駐車場へと飛び込んだ。待機していた二人の不良が自分達に気付く。


「邦一さん!」

 

 頭に報告する不良二人。まだいたのかと池田は舌打ちを鳴らした。



「ヨウさん! 此処は俺っちが相手するっス! ヨウさんは大将を討ち取ってくださいッス!」



 言うや否や、キヨタは自分よりも体の大きい不良二人の内、ひとりの鳩尾に拳を入れた。裏拳でもう一人の不良の顔面を叩く。

 さすがは合気道を習っていただけあって強さは桁外れだ。まず動きが自分達とは違う。動きが滑らかだ。

 

(有り難い奴を引き連れてきたな)


 ヨウはモトに感謝しつつ大将である池田の前に立った。


「よくも喧嘩振ってきやがったな」


 この借りはデケェぞ、悪態を付くヨウに池田は憮然と肩を竦め、ボンネットから飛び下りた。

 刹那、ブレザーのポケットから折り畳み式の果物ナイフ。ヨウはギョッと驚き、なんのジョークだと相手を見やる……池田の眼は据わっていた。奴はヤル気だ。

 

「おいマジかよ。いつから喧嘩が殺し合いに変わったんだ。頭おかしいんじゃねえか?」


 眉根を寄せる間もなく、池田は掛かってきた。


「クソっ」


 ヨウは舌を鳴らす。

 喧嘩には強くても、こういった凶器を出されては迂闊に手が出せない。おまけに向こうは素早いと来た。喧嘩は強くないようだが瞬発力はあるらしい。避けることで手一杯だ。

 今までの喧嘩経験上、こういった殺し合いまがいの喧嘩は経験がない。だからこそ恐怖心を抱くし、混乱もする。


 しかし、だからといってシズ達に頼りたくはなかった。

 こいつを仲間には近付けたくない。凶器によって向こうが怪我をするかもしれないから。

 紙一重に避けながら、片隅でシズ達を気遣っていると、「イッデェ!」キヨタの悲鳴が聞こえた。

 まさかヤラれたのか、慌てて視線を向ける。どうやら相手から小石を投げられたらしく(駐車場は砂利なのだ)、軽く腕を擦っている。石は卑怯だと愚痴るキヨタに、まったくもってそのとおりだと共感した。



「ッ、アブネッ!」

 


 気を取られている隙に刃物が目と鼻の先。

 辛うじて避けたが右頬に一筋の赤線ができる。小さな痛みを感じる間もなく、相手が足払いしてきた。

 「ツッ!」その場に尻餅つくヨウの隙を突いて、ナイフが振り下ろされた。どうにか相手の手首を掴んでナイフを寸止めすると、腹部を蹴って押し返す。相手が態勢を崩す間、ヨウは態勢を立て直すことに成功した。砂利で汚れた頬を拭うと軽い痛みが走る。

 そういえば頬を切られたんだっけ。忘れていた痛みを感じながら、ヨウは相手を見据えた。あのナイフが邪魔だな。あれさえなければ、もっとスムーズに近付けるのだが。

 

 応援を呼びたいが生憎、皆、手一杯のようだ。

 タコ沢の言うとおり、池田の回りの不良は腕が良いらしい。キヨタでさえ、ひとりの不良に苦戦を強いられている。どうやら相手も何か空手か柔道を習っていたらしい。よくよく見ると、向こうの相手の手にも凶器らしき物が垣間見える。

 クソッ、凶器所持なんて卑怯もいいところだ。ヨウは奥歯を噛み締めた。



「応援を呼べ」



 向こうには手の空いている不良がいるらしい(舐められたものだ!)。応援を呼ぶよう池田が命を下した。

 この状況でまだ、人を呼ぶというのか。冗談ではない。呼ばれたら最後、自分達は圧倒的不利に追いやられる。 

 どうする、どうすればいい。落ち着いて考えろ。忙しなく舌打ちを鳴らし、ヨウは手頃の石を拾うと携帯を取り出す不良に向かって投げた。石は不良の手に直撃。携帯がその場に落ちた。「よし」ヨウは携帯を奪うため、地を蹴って駆け出した。応援だけは絶対にごめんなのだ。


 が。


 前方に池田が回ってきた。

 力はないくせして、足だけは本当に速い奴だ。忌々しく池田を睨むヨウに対し、池田は早く携帯を拾うよう怒号を上げる。敵方の不良は頷き、手を擦りながら携帯を目で探す。少し離れた場所に携帯を見つけ、それを取りに行く。

 不味い、ヨウが戦慄を覚えた直後のことである。



「ケイケイケイケイケィイイイイイイイッ、死ぬってぇええええ!」


「ちょっとブレーキが壊れ気味なだけだって! はいはいはーい! 轢かれたくなかったら、退いてくれよなー!」



 聞きなれた声音に悲鳴、自転車のブレーキ音。

 弾かれたように顔を上げれば、猛スピードで駐車場に飛び込んでくる見慣れない自転車一台。二人乗りしている見慣れた人物達に、ヨウは思わず頬を崩す。


 キキィイ―。

 甲高いブレーキ音を鳴らしながら飛び込んできたのは、追われていた筈のケイとモトだった。



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