第17話 呪い

 「他人の役にたつ人間になりなさい」

 「他人に迷惑をかけないように行動しなさい」

 両親の育児の中心にはこの二つがあったように思う。そういう風に育てられたので、他人に迷惑をかけると思うといたたまれない思いになる。

 例えば、体調が悪い時だ。少しくらいの熱なら出勤する。だけど、2年ほど前に急性胃腸炎になった時はさすがに出勤できなかった。激しい腹痛に吐き気、5分おきにトイレに行く状況では出勤はおろか家を出ることさえできない。仕方なく職場に休みの連絡をした。回復するまでの1週間、本当に情けなくて自分の体の回復がもどかしかった。職場は繁忙期だったからだ。

 昭和の時代は、仕事をしていることが正義だったから、楽だった。どんなに忙しくても、仕事をしていれば褒められた。やってもやっても仕事は終わらなかったし、必要とされている自分がうれしかった。幸いなのか不幸なのか、体は丈夫で残業続きでも病気にならなかった。年中忙しい職場だった時は夢中で仕事をしたので、家庭はギスギスしたけれど、それでも仕事していることが楽しかった。気が付いたら嗅覚障害になっていたので、体は悲鳴をあげていたのかもしれないけれど、今思えば頑張ったのは嫌じゃなかった。私はワーカーホリックなのかもしれない。

 でも、令和の世の中では、仕事をしていて残業するのは褒められない。時間内で終わらせられないことは悪いことなのだ。効率を考えないといけない。がむしゃらに仕事だけしていればよかった時代が懐かしい。私は令和の時代の「ワークライフバランス」を考えるのが苦手だ。用事がないのに休みをとることに罪悪感を覚えてしまう。でも、確かに仕事をして楽しくても、家庭がギスギスしたらダメだとも思う。理由のない休みを取ることを覚えないといけないとわかってはいるのだ。

 最近、自分の社会人としての能力に限界を感じている。職場環境がどんどん変わってきて、今まで手でやってきたことがデジタルに変わったり、コストパフォーマンスが求められたり。時間をかけて丁寧になっていたものが、非効率だからと見直されたり。組織の中で自分が役に立たなくなっているのを感じる。組織の中心は世代交代して、もう私の居場所はない。価値観が変わってきているし、確かにいろいろ理解できないことも増えている。説明されても飲み込みが悪くなっていると感じている。交代することは仕方ない。だけど、役に立てない自分が嫌だ。役に立てないくせに給料は若い人よりたくさんもらっている。給料に見合った働きをしないといけないのに。

 私の中では「役にたつこと」「迷惑をかけないこと」が、今の私を責め続ける。まるで呪いだ。

 どうやったら、呪いが解けるのだろう。

 

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日々の暮らし なるほ みえ @naruho

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