第16話 小さな勇者
4月になり、真新しい制服を着た慣れない様子の若い子たちを見かけるようになった。電車もいつもの顔みしりの他に着なれない制服や新しいスーツの少し不安そうな様子の人たちが増えている。乗りなれていないのは車内の様子でわかる。混んでくる電車内での身の置き方がおどおどしていて、頼りない感じだからだ。どこの駅から人がたくさん乗ってくるとか、どちら側の入口が開くかとか、後ろから押されたらこう身をかわすと楽とか、いろいろなことを体得していくのだ。
通勤途中で会う名前も知らない親子連れの子どもが制服姿になっていて驚いた。初めてすれ違った時、まだあどけない子どもの顔をしていたのに。それでもまだお母さんと一緒に歩いているので、お母さんが子どもの登校時間にあわせているのかもしれない。
通勤経路には幼稚園バスの集合場所がある。時間が少しずれると子どもたちが乗るところを見られるが、たいていお母さんたちに連れられた子どもたちが2~3人集合しているところだ。その中に、お父さんに連れられた女の子がいる。
初めて見た時、彼女は地面に寝転んで足をばたばたさせて泣いていた。お父さんはおろおろしていた。私は横を通り抜けるだけなので、前後の状況はわからない。バスが来た時、彼女は泣き止んだのか、その日幼稚園に行けたのか、わからない。
きっと幼稚園に行き始めたばかりの子なのだろう。新しいところは不安だし、慣れるまでは行くだけでも気が重い。大人だって同じだ。
次に見かけた時、私の方が少し遅れていて、遠くにちょうど幼稚園のバスが来たところが見えた。遠目に見ているとバスに続く階段の下で彼女は座り込んだ。お迎えの幼稚園の先生が隣に座って彼女の肩に手を添えて何か言っているのが見えた。すぐに彼女は立ち上がってバスの階段を上がって乗り込んだ。どんな顔をしていたのだろう。お父さんが心配そうに見ていたが、彼女はバスを降りたりしなかった。バスは発車し、笑顔で手を振るお母さんに混じって、お父さんはちょっとほっとしたように笑っていた。
勇気を出してバスに乗った彼女は、勇者だと思った。
怖いこと、初めてのこと、春はいろいろある。一度できてしまえば大したことないとわかることもあるが、それでも乗り越えるには勇気がいる。
いろいろなところで初めてのことを乗り越える人がいるはずだ。
春は勇者がたくさん生まれる季節だ。
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