第15話 黒猫の白髪

 我が家には黒猫が1匹いる。

 彼女は私にとっては「同居人」という感覚だが、動物病院に行くとお医者さんは私のことを「お母さん」と呼ぶ。

「お母さんから見て、食べ具合はどうですか?」

いや、子どもじゃないんだけどな‥、と思いつつ、反論するのも大人げないので、そのままにしている。

 黒猫の彼女はだいぶ年を取ったので、以前は駆け下りていた階段もゆっくり降りるようになった。若い頃は本棚の上に登ったり猫タワーから飛び降りたりして、その身体能力の高さで私を驚かせたりしていたが、最近は高いところにも登らなくなっている。猫タワーが壊れたので買いなおしたのだけど、買いなおしたタイミングと高いところに登らなくなったタイミングが一緒だったようで、新品猫タワーは使われないままだ。

 子猫には子猫の可愛さがあるが、高齢の猫もまたかわいい。第一、ずっと一緒に暮らしてきた絆のようなものがあるので、相手が何をいっているのかなんとなくわかる。撫でられるのが好きで抱っこが嫌いな彼女は、今はもう体に触れただけで喉を鳴らす。耳をつまんでも、しっぽをつかんでも逃げないし、嫌がらない。その信頼度がうれしくて、ついついおでこに顔をつけたり、背中に顔を埋めたりしてしまう。

 私にとって初めて一緒に暮らした猫なので、彼女との生活は驚きの連続だった。手の平ですっぽり包めてしまう頭の骨を感じるたびに

「この中にある小さな脳で一生懸命に考えているんだな」

と思い、いじらしくなる。

 夜、私と夫が寝室に移動するのと入れ替わりに彼女は居間にいく。ホットカーペットの上で半眼になってじっとしている彼女は、哲学者のようだ。彼女なりに何かを考えているのだろう。今日一日を振り返っているのか、最近の私や夫の態度について思考をめぐらせているのかもしれない。

 艶やかな真っ黒な毛皮の彼女だが、ある時、ヒゲが1本白髪になっていた。ほかのヒゲは黒いし、気が付くまで白いヒゲはなかった。

「黒猫にも白髪ってでるんだね」

と夫と笑い、体毛も白髪になるのかなとみてみたら、背中にぽつんと白い点のようなものが見えた。白髪だった。

 白いヒゲは抜け落ちると、また生えてきた。ほかの黒いヒゲはまた黒いヒゲが生えてくる。他のヒゲは白くならないんだなと思っていた。

 最近、白いヒゲが2本になっているのに気づいた。白いヒゲの下のヒゲが白くなっている。よく見ると、体のあちこちに白い毛が混じっていた。こんなに増えていたのかとちょっと驚いた。

 少し前に、彼女は食欲が落ち、体重が減った。動物病院のお医者さんが「高齢なので、痩せてしまうことが一番よくない。好きなものを食べさせてください」と言ったので、おやつをあげることにした。彼女はおやつに刺激されたのか、通常のごはんもよく食べるようになり体重が増えた。元気になった彼女を見て、ほっとした。

 彼女が時々階段を駆け上がるのを見ると、まだ一緒にいられる時間があると思えてうれしい。

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