第42話
クラースとティナが、子供の喧嘩じみた乱闘に突入することは子爵の一言で避けることができた。
しかしながら子爵がクラースに言った依頼の件までうやむやになったというわけではなく、クラースはそれを受けることを承諾し、レイン達は装備を帰され、ある程度の道具を与えられるとそのまま騎士達に連行され馬車へと押し込まれてしまう。
文句を言う暇も無いと呆れるレイン達を乗せた馬車は騎士達と、そして何故か子爵本人やあのティナとその取り巻き達をも引き連れて、子爵が持っているという墳墓へと出発したのである。
「面倒っちぃことになっちまったなー」
「全くだ」
馬車の揺られて目的地へとつれて行かれる間に、道具や装備の点検をしながら愚痴るクラースにレインが同意する。
ルシアもまた子爵達から受け取った自分の装備や、探索に必要だと主張して用意させた道具の中に何かしら仕掛けられていないかどうかを、シルヴィアの分まで調べ始めていた。
「自分でやらせねぇのか?」
作業の手を止めずにレインが尋ねると、ルシアは小さく鼻を慣らす。
「シルヴィアにできると思う?」
「やらせねぇといつまでも覚えねぇだろ」
「そりゃそうなんだけど……ボクは斥候だからこういうの得意だけど、シルヴィアは神官で元々あんまり世俗とは関係がなかったんだよ? 命がかかっている場合なら、ボクが全部やるのが適材適所ってやつじゃない?」
そのように言われてしまえば、レインとしても返す言葉がない。
傭兵は戦うための技術を色々と身につけなければならないのだが、わざわざ訓練を施してくれるような傭兵団は少なく、大概は実戦にそのまま放り込んで覚えればよし。
覚えられなければ物言わぬ屍の仲間入りをするだけ、という感じが多い。
「傭兵とは違うってことか」
「レインの言うことにも一理あるけどね。それはもう暇なときに少しずつ覚えてもらうようにしておくよ」
ルシアとしてもレインの言うことが分からないわけではない。
できないからといってそのままにしておけば、必要とされたときになにもできなくなってしまうからだ。
そのときに、ルシアが傍らにいれば問題はないのだが、必ずそのような状況になるとは言い切れない以上、シルヴィアにも道具の点検やチェックの方法を覚えてもらって損はない。
だからこそ依頼と依頼の間の暇な時間を見つけて、自分がレクチャーしてあげなくてはと思うルシアであった。
そうこうしている間にも一行は進み続け、そろそろ暇を持て余しすぎてレインが襲ってきた眠気に生あくびなどを繰り返すようになった頃、ようやく馬車は停まる。
やっとついたかと馬車の窓から外を見れば、周囲はすっかり暗くなってしまい、すぐに夜という時間帯がやってくるような頃合であった。
子爵のいる街に着いたのが昼頃であったのだから、そこから半日が経過したということなのだろうが、どうにも慌しい半日だったなとレインは場違いに暢気な考えに捉われる。
「おい、さっさと外に出ろ」
随分と高圧的な騎士が馬車の扉を手荒く開いたのだが、中からぬっとばかりに突き出された鋼の槍の穂先に、思わず後ろへと下がってしまう。
眠気に襲われているところに、耳障りな声を聞かされたからなのか非常に不機嫌そうなレインがそこから姿を現すと、馬車を包囲している騎士達の一部がレインが体を出した分だけ後ろへと下がっていく。
そんなに険しい顔をしているだろうかと思いながらレインは馬車を下りると、続いて下りようとしてきたシルヴィアとルシアが下りるのに手を貸す。
「レイン、俺は?」
「兄貴は飛び降りても怪我しねぇだろ」
最後に下りようとしたクラースが、自分にはレインが手を貸してくれないのを見て尋ねたのだが、レインの返答は素っ気ない。
だいたいクラースが男に手を貸してもらって喜ぶわけもないことをレインは知っており、だからこその行動ではあったのだが、クラースは少しばかり意気消沈したように肩を落としてしまう。
「貸して欲しかったのかよ」
「いやそーいうわけじゃねーんだが。俺だけ放置って酷くね?」
「……そういうもんか」
少し悪いことをしたかと思いつつ、次は気をつけようと思うレインは自分達を取り囲んでいる騎士達の輪が一部切れて、そこから子爵とティナが姿を現したのに気がつく。
「準備は、できておろうな」
「できてなくとも墓穴に放り込むんだろ」
聞かれた質問に少しばかりの毒で答えて睨むレインに、子爵はそれが見えているのかどうか分からないような表情であっさりと頷いた。
「あれこそが我が家の初代が眠る墳墓である」
子爵が指差す方向をレインが見れば、そこにはちょっとした小山があった。
小山とはいってもその頂上はレインが見上げれば、自分の身長に槍の長さを足した程度のものであり、これが墳墓なのだと言われなければその辺で作業している木こりか農村の誰かが適当に土を盛っただけの何か、というようにしか見えない。
「こいつがか? どこが入り口か知らねぇがとても行って帰って半日ってな規模の墓にゃ見えねぇぞ」
「墳墓の本体は地下だ。それくらい察しろ」
ティナが不機嫌そうな声でそう言い、レインはそれにひょいと首を竦めて答えるだけに留まった。
確かにティナという女性は見た目だけならば美人のように見えなくもないのだが、クラースが興味を示さなかったという事実を鑑みるまでもなく、レインからしてみればまるで好ましくないタイプの女性であり、会話する気にもなれなかったのである。
「で? 入り口ってのはどこだ? もう開いてんのか? 開いてんならこんな沢山の取り巻きは必要ねーだろ。お家に帰れ」
墳墓の入り口らしき小山の周囲に人家の気配は全くない。
暗くなっている周囲を見回してみても、明かりの一つも見つけることはできず、レイン達がいる場だけが騎士や傭兵達が用意している篝火などの明かりで照らし出されているだけである。
「貴様らが首尾よく戻ったときに、迎えがいるであろう」
子爵はそう言うのだが、迎えとは単に言葉のアヤでしかなく実状としては自分達が逃げ出さないようにするための監視と、自分達が戻ったときに入手した何かを間違いなく自分達から奪い取るための人員であることは、クラースにはわざわざ子爵やティナが説明してくれなくとも丸分かりであった。
「ついでに俺らの始末も考えてんのかもしれねーな」
配下の騎士に冤罪を被せてあっさりと投獄するような者達である。
冒険者を四人ばかり、人の目がないような場所で土に埋められるように処理することくらいは朝飯前なのだろうなとクラースはこっそりと笑う。
もちろん、朝飯前に殺されてやるような義理のないクラースとしては、何らかの反撃手段をこの墳墓とやらから出てくる間に考えておかねばと思っている。
ただそれにしたところで、まずは墳墓から子爵が要求する品物を持ち出してこなければならず、そちらに専念するべきだろうとレインは子爵へ声をかけた。
「それで、俺らはこの墓穴から何を持ち出してくりゃーいいんだ? まさか見りゃ分かるとか言い出したりしねーよな?」
「首飾りだ。初代殿の首にかけられた首飾りを回収してもらう」
「死体を漁れってか……いくらお家のためとはいっても趣味の悪ぃこった」
死者の体に装飾品をつけたまま埋葬するというのは、そう珍しいことではなかった。
今でも故人が生前に愛用していたようなものを身につけさせたまま埋葬するようなことは身分の高低を問わずに行われているのだが、この慣習はむしろ今よりも昔の方が盛んに行われていたとクラースは傭兵団における一般教養の授業で聞かされている。
「死者の所持品を漁る行為の是非については、この場では論じることはしませんが」
死人の首から首飾りを剥ぎ取るというのは、あまり気が進まないなと考えていたクラースはシルヴィアが落ち着いた声で何か言い出したのに気がついて意識をそちらへと向けた。
子爵の屋敷に入るときにも奪われることのなかったメイスを片手に、子爵達の方を向いているシルヴィアは、空いている左手を自分の胸元の辺りに当てるとそこから何かを引っ張り出し、ちらりとだけ何かを子爵に示す。
それを目にしたティナは、シルヴィアがこの場においてそれを自分達に見せてどうするつもりなのか分からなかったようで眉根を寄せるだけの留まったのだが、子爵が見せた反応はティナのものよりずっと激しいものであった。
気の抜けたような子爵の顔に驚きの表情が浮かび、口が空気を求めるかのようにぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返す中で、一瞬だけ見せたそれを服の内側へとしまい、胸元を直したシルヴィアはその視線を子爵へと向ける。
「貴方の依頼はこの墳墓から指定の品を持ち出すこと。それが叶った暁には私達の無罪を認め謝罪し、今回の依頼料と貴方の令嬢を救出した謝礼を支払うこと。これに相違ありませんね?」
「そ、相違な……いや、相違……ありま……せん」
「我が神と、我が名において。確認しましたよ」
どこか威圧的なものを感じるシルヴィアの言葉が念押しすると、子爵は何度も頭を上下させその言葉を肯定する。
そのやりとりは子爵の傍らにいるティナばかりか、シルヴィアの側にいるレインやクラースもいったいどういうことであるのか理解できず、ただルシアだけがなんとなく面白くなさそうな顔でそれらの様子を見守っていた。
「確認はできました。さて、子爵様。入り口に案内して頂けると助かるのですが。いつまでもこのような場所で睨みあいを続けたところで益などないでしょう?」
子爵の反応に満足したのか、にっこりと笑うシルヴィアの声から圧力が消える。
それに安堵したのか、子爵は深々と息を吐き出してから手の甲で額を拭い、改めて一つ頷いた。
「入り口の鍵は子爵家の者にしか開けることができない」
「だったら俺らが出てくるときはどうすりゃいい」
子爵本人にしか出入り口の開閉ができないのであれば、一旦中に入ってしまえばそのまま閉じ込められることになりかねない。
だからこそのレインの問いに、子爵は少し余裕を取り戻したような雰囲気で答える。
「内側からは問題なく開く。玄室に続く通路の途中までは仕掛けも何もなく、何度か出入りしているので間違いない」
そう語る子爵はレイン達を墳墓の入り口だという小山の近くへと案内する。
土が盛られた小山の途中には金属製の墓碑のようなものが地面に埋め込まれていて、子爵がそれに手を触れ、何事か口の中で呟くとその墓碑が横へとスライドし、通路の入り口が姿を現した。
「これも魔道具の一種か」
「ありふれた代物ですので、私の興味の範囲からはちょっと外れます」
扉の鍵と開閉機能。
その二つを魔道具が担っているという扉はシルヴィアが言うほど世間にありふれてはいないだろうとレインは思うのだが、魔道具については専門家と言っても言いすぎではないシルヴィアが言うのだから自分の知らない場所にはありふれているのかもしれないと考え直す。
「では行くがいい冒険者達。吉報を待っている」
自分達でこうなるように仕向けたはずだというのに、何故だか躊躇うような気配を感じる子爵の声に送られて、レイン達は墳墓の入り口を渋々と潜り、中へと足を踏み入れたのであった。
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