第41話

「子爵閣下、どこかおかしいですね」


「シルヴィアもそう思う? ボクもそんな気がしてしょうがない」


 最初の頃とは打って変わった子爵の雰囲気に、動くことのできないクラースとティナであったのだが、子爵はしばらく二人を睨み続けた後、何故かまたその視線をふらふらと彷徨わせ始めたのだ。

 何かしらおかしな薬でも服用しているのではないかと疑うクラースが、子爵に容体を尋ねようと口を開きかけると、子爵はそれを察したのかクラースがしゃべるのを掌で遮った。


「双方の……主張はこのままでは平行線であろう。私にはいずれが……真実を述べているのか……判断……判断がつかぬ」


「閣下! 私の言葉を疑われるのですか!」


「ティナ殿の言葉……うたが、うたがわ……いや、判断がつかぬ」


 鋭く叫んだティナの言葉を聞いて、一瞬子爵の表情が惚けかけたのだがすぐにどこか苦悩するような表情へと変わると、額を押さえながらわずかに頭を左右へと振る。

 その仕草はどこか眠気か何かを振り払おうとする仕草のように見えて、レイン達はおそらくはその元凶なのではないかと思われるティナの顔を見たのだが、ティナは苦々しく歯噛みしつつもレイン達を睨み返すばかりであった。


「じゃーどうするってーんだ?」


 この場でティナを詰問することはできないだろうとクラースは考えていた。

 実情はどうあれ、ティナは子爵の客人のような立ち位置であり、自分達は犯罪に関係した容疑者のような位置にある。

 下手すれば周囲の騎士達が自分達を捕縛するために動きかねず、そうなれば楽に捕まってやるつもりのないクラースではあるのだが、逃げ切れる気はしなかったし、逃げ切れたとしても後に待っているのは犯罪者としての逃亡生活しかない。


「そこの男がそれほど名の通った傭兵であるというならば……一つ私からの依頼をこなしてくれ……それが成功すれば、確かにその男が我が娘を誘拐するような者ではないと認め……謝罪をし、謝礼と依頼料とを支払う」


 片方が名乗り、片方がそれを嘘だと断じている状況でどちらもその証を立てることができない以上は実力を見せてもらい、噂に違わぬのならば名乗る方を真実と認めよう、ということだなとクラースは理解する。

 実際レインが<ペネトレーター>であるということは、傭兵であるならば大体はその容姿や風貌が伝えられているので、騙るのも難しい話ではあるのだが、子爵は貴族であってそんなことを知らなくても仕方がない。

 翻ってティナが本当に名乗った通りに傭兵団の副団長であるならば、レインのことを知らないわけがないのだ。

 それを否定するということは何かしら後ろ暗いことがそこにはあるのではないかと推測できたのだが、クラースとしてもそれを証明する何かを持っているわけではなく、このままではどちらの主張も通らないまま時間だけが過ぎて行くことになる。


「そいつでこっちの嫌疑が晴れるってーなら、その話受けてもいいぜ」


 面倒ではあるものの、嫌疑が晴れる上に依頼料までもらえる話であるならば、それほど悪い話ではないだろうとクラースは考える。

 少なくとも、反応のおかしい子爵とあからさまに疑わしい反応をするティナの両方を相手にして、そこから舌先三寸で無罪を勝ち取ることよりは、クラースにはずっと楽なものに思えたのだ。

 問題があるとするならば、その依頼の中身にティナが何らかの罠を仕掛けないかという心配が残ることであるのだが、ここで彼女らを説き伏せるよりはずっとマシだろうと考えたクラースである。

 しかしティナの反応はクラースが考えていたのとは少しばかり違っていた。


「閣下! もしやその依頼というのは我々が……」


「誰が遂行しようと……結果は変わらぬと思うが……問題があるか?」


「それは……」


 虚ろで間延びしたような子爵の言葉に、返答に詰まったティナは唇を噛みしめながら怒りの籠った視線でクラースを睨みつける。

 自分が何をした、と思ってしまうクラースなのだが、何やらティナにとってはあまりよくない方向に話が進んでいるようで、ざまぁみろとばかりににこやかに手を振って見せるとティナの顔がさらに酷く怒りに歪んだ。

 美人の怒った顔というものは、もう少しぞくぞくするものなんだがなぁという他のメンバーに聞かれでもすれば、明らかに拳か蔑んだ視線が飛んでくるような思考を頭の中で転がしていたクラースは、子爵が依頼の内容について話し出したのを耳にして、慌てて意識を切り替える。


「この街の西に……子爵家初代が眠る墳墓が……ある。その玄室にある宝物を……回収してきて、欲しい、のだ」


 墳墓とはまた大きく出たものだと思うクラースである。

 しかも玄室があるとなればそれ相応の大きさの物だと考えられたのだが、これがどこかの国に王族であったのならばまだしも、一貴族に過ぎない子爵家がそのようなものを所有しているとは考えにくい。


「疑って、おるな? 我が子爵家の歴史は長く……初代は古代王国期にまで遡る」


「帝国の歴史ってそんな長かったっけか?」


「俺が知ってるわけねぇだろ」


 あっさりと降参したレインに代わってシルヴィアがクラースの問いかけに答える。


「帝国は元々、古代王国の一地方だったはずです。古代王国終焉に伴って独立した無数の国の一つになりますから帝国自体の歴史はそれほど長くないですね」


「我が家系は今でこそ子爵であるが……祖を辿れば皇帝陛下と同じ血筋である」


 子爵がもたらした情報は、レイン達にとってはちょっとした驚きであった。

 つまりはこの子爵と帝国の皇帝は元々同じ家であるというのだ。

 普通ならばもっと高い位を戴く貴族として、帝国中枢部にいてもおかしくない血筋のはずなのだが、子爵という身分は貴族ではあるのだがそれほど高い位というわけではない。


「途中でなんかデカいヘマをしたか……よっぽど功績なく平々凡々と暮らしてきたのかってーとこか」


「クラース、本人に聞こえたら首が飛ぶよ」


 ひそひそと言葉を交わすクラースとルシア。

 二人とも周囲に聞こえない程度に声を抑えるといった技術に関してはそれなりのものであり、すぐ近くにいるレインやシルヴィアにもかろうじて聞き取れる程度の声でしかなかったのだが、誰かに聞かれれば即座に牢屋へ放り込まれてもおかしくない会話に、レインは嫌な汗が頬を伝うのを感じ、シルヴィアは必死に笑顔を保って表情を変えないように努める。

 そんな四人のことなど、いつしか目に入らなくなっていたのか子爵の声が熱を帯び始めた。


「墳墓の玄室には、我が家系が陛下のものに連なるその証拠が納められていると言い伝えられておる。それさえあれば私は堂々と陛下の血筋を名乗れ、再び我が家に栄光をもたらすことができるに違いないのだ」


「娘、誘拐されてたときに何考えてやがったんだこいつ?」


「レインさん。クラースさんやルシアのような技術がないのですからお静かに」


 呆れすぎて自制が効かなかったのか、思わず口走ってしまったレインをシルヴィアが慌てて諌めたのだが、レインにとっては幸運なことにその呟きは子爵の耳には届かなかったらしい。


「本来その任務は我々に託されるはずだったのだ」


 ティナが苦々しくそんなことを言いだした。


「その任務を遂行することができることを証明しようという段で、子爵令嬢が誘拐されてしまった。我々は令嬢の身柄を奪還することで実力を証明するはずだったのだが……」


「あぁ、俺らがそいつを横から掻っ攫ったってわけか」


 クラースは今回の話の全容を大体把握した。

 つまり子爵は中央に返り咲くための材料を墳墓から回収したかったのだが、その情報をどこからか聞きつけたティナの傭兵団が子爵に取り入ろうと画策。

 その最中に子爵令嬢が誘拐され、これを奪還できれば子爵に実力を示せると同時にその信頼を得ることもできるはずだったのだが、これをクラース達が邪魔する形になった。

 子爵自身が令嬢奪還に騎士を派遣しているので、ティナの考えは破綻しているようにクラースには思えたのだが、その辺りのタイミングのずれは事が危急であればあるほど、よくあることなのでクラースもあまり気にはしない。

 結果、思惑を潰されたティナは面白くなく、令嬢を連れてきた騎士やレイン達を犯罪者と結託したと決めつけて投獄し、溜飲を下ろそうとしたというのが現状なのだろうとクラースは考える。

 決めつけが過ぎるというか、証拠のまるでない話を子爵が鵜呑みにしたというのが少しばかり気にかかるのだが、そこは色々と手練手管を弄したのだろうとクラースがティナを眺めると、その視線に気が付いたティナがわずかに身を引いた。


「私を妙な目で見るな!」


「うるせーぞ性格ブス」


 ティナがまなじりを吊り上げるのを露骨に無視して、クラースは子爵に尋ねる。


「事情は分かったんだが、もちろんその墳墓ってのに潜るからにゃ得物やらは返してもらえるんだろうな?」


 素手で行け、と言われて行けそうなのはレインだけである。

 武器を取り上げられていないシルヴィアもなんとかなりそうではあるが、自分やルシアはとてもではないが武器なしに探索依頼など受けられるわけがない。


「無論、返却してやろう」


「探索に必要な道具ってのを集める時間は?」


「必要な物を言え。こちらで用意する」


「墳墓ってからにゃ結構でけーんだよな?」


「入口から玄室まで、往復で半日ほどだと我が家には伝わっているが詳細は分からぬ。内部には盗掘避けの仕掛けや魔法による番人がいるそうで、入って戻ってきた者がおらぬからな」


 わざわざ冒険者や傭兵団に頼まなければ目的の物を回収できないと考えられるような場所である。

 子爵が言ったようなものは、クラースの想定の範囲内であった。

 少なくとも御供え物に片手にお墓参りとしゃれ込めるような場所でないことは確かで、そんな面倒な場所に眠らされている子爵家初代とやらをクラースは少しだけ哀れに思う。


「そんじゃ最後の質問になるんだけどよ」


 クラースは一旦そこで言葉を区切ると、ちらと子爵の傍らに控えているティナの方を見てから子爵に質問をぶつけた。


「そこのティナだっけか? あんたにとってそんなにいい奴だったのか?」


 クラースの質問を聞いた子爵の顔から表情が抜け落ちた。

 明らかに何らかの異常だと分かる顔つきをした子爵が、呆然と見守るレイン達の目の前で配下の騎士達が驚く顔を向けていることなど気にもならないかのように口を動かし始める。


「ティナ殿は素晴らしい人だ。ティナ殿は素晴らし人だ。信頼に値する。信頼に値する」


「こりゃまた酷ぇな」


 これまでとはまた違った怒りと憎しみとが混じる視線を険しい顔と共に向けてくるティナとその傍らでぶつぶつと独り言でも呟いているかのように同じような言葉を繰り返す子爵の姿を見ながら、クラースはしみじみとそう呟くと何かを恐れるかのように首を竦めてみせたのであった。

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