第43話

 墳墓の中に明かりなどあるわけもなく、レイン達が中へと足を踏み入れると背後で扉が閉められる音がし、周囲はすぐに漆黒に閉ざされる。

 明かりを点けるまで待っていてくれてもいいだろうにと思うレインだったが、その明かりはほどなくルシアの手によって点けられ、松脂の焼ける臭いと共に周囲がぼんやりと照らし出された。


「よく手探りでいけんな」


「斥候の嗜みだね」


 視界の全く利かない真っ暗闇の中で、手探りだけで荷物の中から松明を探し、さらになんらかの火種によってそれに着火するまでの作業を行うというのは、それほど簡単な作業ではない。

 だというのにルシアはレイン達が暗闇の中に閉じ込められてから、たいした時間をかけることなくその作業をやってのけたのである。

 それを嗜みの一言で片付けてしまっていいのだろうかとレインは首を捻ったのだが、本人がそれでいいらしいのであれば、特に言及するまでもないかと考えた。


「で、先に進むんだよね」


「それしかできそーにねーだろ」


 何はともあれ子爵がそこを墳墓と呼んでいたことからして、簡単に言えば単なるお墓の中に足を踏み入れたということである。

 これがどこかの迷宮や遺跡ならば、それこそ気が遠くなるような長さの迷路がレイン達のいる場所の先に広がっていたとしてもおかしくはないのだが、お墓とは亡くなった人を葬る場所であり、基本的にはそれほど複雑な構造をしていないのが普通だ。


「盗掘者避けの仕掛けやら守護者はいるって話だけどよ。通路としちゃー基本的に玄室とやらまで一本道だろ。そうじゃねぇと亡骸を運び入れるのに、人足に迷宮探索してもらわなきゃならねーからな」


「それじゃ進もっか」


 何かしらの仕掛けが待ち構えているのであれば、当然先頭を行くのは自分であろうとばかりにルシアが松明を掲げて通路を歩き始める。

 それをフォローするためにクラースが隣に並び、その後ろをレインとシルヴィアがついていくような隊列で、レイン達は暗い通路を進み始めたのだが、その進行はすぐにクラースの手によって中止させられた。

 二人がどうにか並んで歩ける程度の通路をしばらく進むとレイン達の先に小さな部屋があることに気がついたのだが、その部屋の中へと入るとクラースが急に全員に止まるように指示し、ルシアと一緒に周囲を調べ始めたのである。


「まだ入り口だしよ。それほどの仕掛けはねーとは思うんだが」


「そだねー。ボクが見た限り、この部屋に仕掛けの類はされてないと思うよ」


「そっか。それじゃーここで休憩しよーぜ」


 クラースの指示に対し、レインはシルヴィアと顔を見合わせてしまう。

 休憩とクラースは言うのだが、入り口を潜ってからまだそれほど時間も経っておらず、距離もそれほど稼いでいない。

 はっきりと言えば、ほとんどまだ何もしていないような状況でいきなり休憩を取るといわれても、クラースの意図が分からなかったのだ。

 それは部屋を調べていたルシアも同じだったようなのだが、クラースは一人で周囲の困惑など全く構わずに、自分の荷物を解き、本当に休憩の用意をし始める。

 以前の依頼でレイン達は見た目よりも多くの荷物が入るという魔道具を入手しており、それはクラースが持っていたのだが、その中に入れていた食料やら薪やら寝袋やらが次々に石造りの床の上へと並べられるのを見て、レインが尋ねた。


「兄貴、どういうことなんだ?」


「どういうことも何も、ここで休憩するってーだけだが? お前らもぼーっと見てねーで、手伝うなりなんなりしろよ? 俺に全部やらす気か?」


 そう言われてしまえば手伝わないわけにはいかず、レインはクラースが広げ出した荷物の中から薪を手に取ると、積み上げて焚き火の用意を始める。


「ここで火を使って大丈夫なのですか?」


「たぶんね。ボクの見立てが間違ってなければあちこちに換気用の穴があるみたいだよ」


 それは昔に墳墓を作る際に、作業員達のために設えられたものだったのかもしれない。

 作業が終わった後も、特に閉じる必要性を認められなかったのかそのままにされた換気孔が墳墓の中に空気の流れを作っていたのだ。

 それにより、レイン達がその小部屋で火を使ったとしても、煙や熱がこもるといった可能性は低いのではないかというのがルシアの見立てであった。


「問題があるとすりゃー、どっかから抜けた煙が外にバレた場合だが……まぁ踏み込んで来たら来たでそれでも構わねーからな」


「兄貴、そろそろ説明してくれてもいいんじゃねぇか? 依頼の遂行そっちのけで、ここで何故休む?」


「そりゃだってお前。今って夜なんだぞ?」


 レインの問いかけに、逆に何を言っているんだと言いたげな顔でクラースが答える。

 確かに墳墓の中は暗闇で時間の経過など体感以外では分かるわけもないのだが、少なくとも墳墓に踏み込んだときは外は夜になりかけの時間帯ではあった。


「夜にわざわざ仕事はしたくねーだろ」


「そりゃまぁそうだが」


「しかも俺達はそれなりに疲れてる。休む暇もなくあっちこっちに移動して、最後はあのやり取りで墓の中に放り込まれたんだぞ?」


「それも確かにその通りじゃああるんだが」


「別に墓の中まで監視がついてるわけじゃねーんだ。休むだろ」


 当然だと言いたげなクラースの表情に、レインもなるほどと納得する。

 馬車の中などである程度の休憩は取れているものの、それは充分満足できるといえるような休息ではなかった。

 自分や頑丈なクラースはまだいいかもしれないが、小柄なルシアや他のメンバーと比べると体力的に劣っていることが否めないシルヴィアなどは、今のところはまだなんとかなっているようだが、急に体力切れから動きが鈍る可能性も高い。


「休息は大事だな」


「分かりゃーいいんだ」


 納得してしまえばレインの行動は速かった。

 積んだ薪にてきぱきと火をつけ、荷物の中から鍋などを出してお湯を沸かす用意をし、石の床の上に毛布を敷いて、寝袋の用意までをてきぱきとこなしてしまう。


「まさかお墓の中で眠る日が来るとは思わなかった」


「私も、お墓の中で料理をする日が来るとは思っていなかったです」


 レインの作業を見守るルシアの感想に、レインが用意した焚き火で簡単な食事の用意を始めたシルヴィアが同意する。

 その間にクラースは小部屋に二つある出入り口のどちらにも、紐やいくつかの金具で侵入者が入ってきた場合に報せる仕掛けを手際よく設置していた。


「墓ん中だから、ゴーストの類にゃ意味ねーんだけどな。そんなのが出てきたらシルヴィアにお願いするってことで、なんとかなんだろ」


「そういえばシルヴィア。ここに入る前にやっていた子爵とのやりとり。ありゃいったいなんだったんだ?」


 休憩というよりはほぼ宿泊の準備を整えた状態で、レインが尋ねる。

 シルヴィアはレインが何を言っているのか、一瞬分からなかったかのように小首を傾げてみせたのだが、やがてそれが墳墓に入る前に行った子爵との会話を指しているのだと気がついて苦笑めいた笑みを顔に浮かべた。


「あれはその、私が神官ですから子爵様から言質を取るのには最も適しているのではないかと考えまして」


「何か見せてたよな? そいつを見た途端に子爵の態度が変わったように俺には思えたんだが、気のせいじゃねぇよな?」


 言葉尻で確認するようにレインがクラースとルシアを見れば、クラースは同意するように頷きを返し、何故かルシアはそっと視線をレインと合わせないように顔を背けた。

 その態度から、ルシアは何か知っているのだろうことは明白であったのだが、ルシアからではなくシルヴィア本人から事情は聞くべきだろうとレインは視線をシルヴィアの顔へと戻す。


「詮索屋は嫌われるのではないでしょうか」


 困ったような顔のシルヴィアにそう返されて、レインは頬を指でかく。

 確かにそれは傭兵や冒険者の間で認められている不文律のようなものであり、命に関わらない限りは無理に仲間からその身の過去に関わる情報を聞きだすというのは褒められた行為ではない。

 今回の件についてはどうだろうかとレインは考える。

 シルヴィアが子爵にあのような反応をさせた原因というものについては、レインからしてみれば非常に興味をそそられる話ではあった。

 しかしそれが現状自分の命に関わるような話だろうかと自問してみれば、それはおそらく否としか答えられないのではないかとも思う。

 結果として、シルヴィアに話す気がないのだとすれば不文律に従って、ここは引く以外に手はないだろうと考えて、レインはそっと頭を振った。


「それもそうだな。悪かった。忘れてくれや」


「いえ、その……そのうち聞いて頂くことがあるかもしれません」


 あっさりと引いたレインの態度に、シルヴィアはどこかほっとしたような雰囲気を漂わせつつも、いずれは話すかもしれないといった可能性については否定をしなかった。

 今はそれで充分だろうと考えたレインに、今度はクラースが口を開く。


「それじゃとりあえず、食事にして。食ったら見張りを立てて一眠りといこうぜ。どうせ外の奴らも交代で寝るんだろうし、俺らばっかりが働くってのも割に合わねーからな」


「見張りの順番は?」


 食事の用意とはいっても、場所が場所であるだけにあまり凝った物は作れない。

 せいぜいが適当な煮込みにパンと飲み物がつくくらいであるのだが、それでもないよりはずっとマシだと思える夕食を配りながらルシアが尋ねる。


「四人いるんだから二人ずつで交代一回ってーとこだろな」


「誰と誰が組むかが重要じゃないかな」


「そりゃ簡単だろ。俺のレインが組んでルシアとシルヴィアが組む。それ以外ねーだろうが?」


 クラースの提案はレインもそれでいいのではないかと思ったのだが、ルシアの考えは少し違っていた。


「それだとボクらが寝静まった後、クラースがいたずらしてきそうじゃない」


「おいまて。したくねーとは言わねーが、あからさまに俺だけを特定するってーのはおかしくねーか? レインだっているんだぞ」


「レインは女性の寝込みを襲いそうに見えないんだもん」


 真顔でルシアにそう答えられて、身に覚えがまるでないとは言えなかったのかクラースが不満そうな顔をしつつも唸り声を上げるだけに留まる。

 常日頃の行動を見る限り、ここは擁護のしようがないなとレインは沈黙を保った。


「じゃーどうしろってんだ?」


「クラースはボクと組もう。そうすればクラースが何かする前にボクがクラースを始末できるだろうから」


「じゃあ残りは俺とシルヴィアってことになるな」


 それで決まりだろうかと思ったレインだったのだが、これに今度はクラースが異議を唱えだした。


「ちょっと待て。そいつは不味いだろ。いいか? 俺とルシアが寝ちまったら、レインとシルヴィアがいちゃこらするのを誰が止めるってんだ?」


「おい兄貴」


 突然何を言い出すのかと焦るレイン。

 だがその声が聞こえないかのようにクラースが続ける。


「レインは俺の弟だから、見張りそっちのけでいちゃこらするとは考えにくい。だが見張りしながらいちゃこらできねーわけじゃねーんだぞ!」


「おいこら、ちょっと待て」


「大丈夫だよ! レインは時と場所をちゃんと弁えてるから!」


「おいこらちびっ子」


「聞き捨てならねーな! そりゃ俺が時と場所を弁えてねーみてーじゃねぇか!?」


「弁えてないでしょ!」


「畜生。反論できねー……」


 真顔で切り返されて、あっさりと切り捨てられたクラースと勝ち誇るルシア。

 どちらから先にぶん殴るべきだろうかと義手側の拳を固めるレインだったのだが、その袖をシルヴィアが小さく引いた。

 何事かとそちらを見れば、俯き加減のシルヴィアが頬を染めつつ小声で囁く。


「あのレインさん……できれば私はベッドがちゃんとあるところの方が……」


「お前もか!?」


 この場にいるのはボケ倒す奴らばかりなのか。

 それとも自分を除いた全員が、実は真面目にこんな会話を行っているというのか。

 どう判断していいやら分からずに、この場の収拾をどうすればいいのか結論も出せないままに、レインは固めかけていた拳を解くと、がしがしと頭をかくのであった。

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