第36話
街を出たレイン達は、比較的道中を楽観視していた。
何故ならば騎士が七人も随行しており、しかも今回の一件を起こした犯人達は既に処理が済んでしまっている。
わざわざ貴族令嬢にケンカを売ろうと考える者は、まともな思考能力があるのであればあまりの割の合わなさに、存在しないだろうと思われており、だからこそ目的地までの道程は比較的静かでのんびりとしたものになるのでは、と思っていたのだ。
「騎士らだって何か情報を掴んでるってーわけじゃねーんだろ?」
「もし何かの情報を掴んでいるのならば、子爵閣下にお願いして軍の動員を願い出ているところだろう」
自分達が所有している戦力だけでは到底太刀打ちできないほどの面倒事が起きることを確信しているのであれば。騎士達からしてみれば自分達の力で何とかするよりも、もっと別な方法で確実性を上げることを考えるはずであった。
だからこそ指揮官の騎士はそうクラースに答えてみせたのであったが、この見通しは非常に甘いものであったと知ることになる。
日中の移動は順調そのものであった。
街道沿いの治安はそれほどいいものではないのだが、盗賊達も騎士の恐ろしさというものを知らないわけではない。
その騎兵が七騎も周囲で護衛をしている馬車を襲おうと考えるのは、よほど腕に自信がある者達か、盗賊程度でも分かることを理解しないほどの馬鹿者かのいずれかである。
「本日はこの辺りで一旦野営としよう」
指揮を執る騎士の言葉で、騎兵達が足を止めたのは街道途中の平原であった。
周囲に他の旅人の姿はなく、街道を少し離れたところには他の旅人達がよくそこを利用しているのか、下草などが切り払われて地面が露わになっている場所がある。
よく見るとそこには火を使ったような跡も残されており、前にどこかの旅人が使ってからそれほど時間が経っていないことが窺えた。
「女性達はそのままご令嬢のお世話を頼めるか?」
「こちらは構いません」
シルヴィアの答えに頷いた騎士は、続いてクラースの方を見る。
「お前達は我々と一緒に野営の準備だ」
「こっちは構……」
「余計なことを言わねーで動いてくれや兄貴」
おそらく冗談のつもりで拒否しようとしたと思われるクラースは、ツッコミというには少しばかり厳しいレインの拳を頭に受けて痛みに悶絶する。
そんなクラースをどこか疲れたような目で見たレインは、少々引き気味の騎士の方を見ると、何も変わらない口調で尋ねた。
「力仕事なら任せてくれ」
「あ、あぁ。それは助かる。まぁその……仮眠用のテントをいくつか建てるだけなので、それほどの力仕事は必要ないと思うが」
「令嬢用のテントってのはねぇのか」
「ご令嬢をテントに寝かせるわけにはいくまい。馬車の中の方がまだマシだ」
そういうものだろうかとレインは首を傾げたのだが、相手がそういうのだからそうなのだろうと自分を納得させると御者台から下りる。
そこから騎士達の作業を手伝おうと歩き出したレインは、ふとその耳に何かが風を切る音を捉えて、思わず足を止めた。
「どしたレイン?」
頭を打たれた痛みから回復し、レインに続いて御者台を下りたクラースがいきなり足を止めたレインを不思議そうな顔で見る。
だがクラースはすぐにレインの表情から、何事か起きているのだろうことを察してその表情を引き締めた。
「何か飛んできやがる」
「何かって……」
辺りは日も暮れて、薄暗くなりつつある。
夕闇が迫りつつある時間帯で、視界は広くともあまり遠くまでは見ることができない、そんな状況で何かが飛んでくるというレインにクラースは思わず空を見上げ、夕焼けに赤く染まったその空にいくつかの小さな点を目にして声を上げた。
「あそこだ!」
突然クラースが指を指し、上げた声に驚いて騎士達の視線もそちらへと向く。
だが騎士達の目ではクラースが発見したそれを見ることができなかったのか、いきなり何を言い出すのかとクラースの方を見直した騎士達は、空から自分達の野営地へと落ちてきた物を目にしてクラースの指摘の正しさを知る。
「おい、これは……」
落ちてきた角度から考えて、どこか離れたところから投げ込まれたらしいそれは大きさとしてはそれほど大きな物ではなかった。
だがその正体を見た騎士達は思わず息を飲むことになる。
いったいどこの誰がそれを行ったのかは分からないのだが、野営地の中へと投げ込まれたそれは、首を切られた人間の頭部であったのだ。
あまりに衝撃的な代物に驚く騎士達だったのだが、落ちてきたそれは一つだけではない。
続けざまに投げ込まれ、湿った音を立てながら弾む幾つかの物体は人の頭であったり、腕や足といった体の一部ばかりだったのである。
切り取られてから相当の時間が経過しているのか、血が飛んだりすることはなかったものの、あまりに衝撃的な光景に声を上げることもできない騎士達と異なり、レインとクラースの反応は素早かった。
レインはすぐさま槍を構えて周囲に視線を走らせ、クラースはシャムシールを抜き放ちながら、投げ込まれた人体の部分の内、もっとも得られる情報が多いだろうと思われる頭部の一つを拾い上げる。
「こいつはまー、酷ぇもんだ」
常人ならば耐えられそうにない行為も、クラースからしてみればこれまでの人生で幾度となくお目にかかった代物であり、それほど忌避感もない。
多少の気味悪さを感じはするものの、拾い上げた頭部をつぶさに観察してクラースはそれが何らかの拷問を加えられた後であるということを知る。
さらにその首の持ち主に関して、どこかで見たことがあるような気がして、首を手にしたまま考え込んだクラースは、しばらくして記憶の奥底から、クラースにしては珍しく女性ではなく男性に関する情報を思い出す。
「こいつ、先行してたはずの斥候部隊の奴じゃね?」
かなりあちこち破壊されてはいるものの、クラースが拾った首は人相を判別できる程度には元の状態が残されていた。
そこからクラースは首の持ち主が、現在行動を共にしている騎士達とは別部隊の、斥候達の中の一人ではないか、と思い出したのである。
しかしもし、自分の記憶が間違っていないのであれば、先行していたはずの斥候部隊の一員が、何故こんなところで首だけの状態になっているのかという疑問が湧いてきた。
死んでいるだけならば、そう驚くことでもないとクラースは考える。
人が死ぬ、あるいは殺される理由などこの世界においてはそこら中にいくらでも転がっており、その中の一つに蹴躓いて人生を終えることなど珍しいことではないからだ。
だが、死体から首が切り離されて投げ込まれるというのは、理由もなく起きるような現象ではない。
それはつまり、誰かがそれを行ったのだということなのだが、それではいったいどこの誰がと考えてみても、答えを出すには情報が少なすぎる。
「とりあえずこれ、襲撃ってやつじゃねーのかな」
首を投げ込んでくる、という異常な行為に理由をつけるのであれば、それくらいしかないのではないか、とクラースは考えた。
そしてそれを指揮官に伝えようと口を開きかけたクラースの視線の先で、騎士の一人の頭部に何かの冗談のように、突然短い矢弾が突き刺さる。
それが普通の矢であったのならば、もしかすると金属製の兜によって弾かれたのかもしれない。
しかし騎士に向けて撃ちこまれた短い矢弾は、それが普通の弓などから撃ち出されたものではない、ということをクラースに報せる。
「クロスボウ!? 近くに敵が潜伏してやがんぞ!」
「近く!? この平原のどこにそんなものが潜む余地が……」
驚く騎士達であるのだが、その騎士達が何を疑問に思おうとも実際に攻撃は行われ、一人の騎士がその犠牲となっている。
矢弾の飛んできた方向は分かるものの、敵がどこに潜んでいるのかまでは分かるわけもなくクラースは忌々しげに舌打ちをした。
クロスボウは、その貫通力の高さから標的が金属鎧を着ていたとしても距離によっては容赦なくその装甲を撃ち抜いてしまう威力がある。
だが普通の弓のように、その矢の軌跡が山なりになることはなく、ほぼ真っ直ぐな弾道を描くために飛距離があまり伸びない。
つまり敵は金属鎧を撃ち抜けるような近距離にいる、ということになるのだがクラース達が今いるのは平原であり、周囲に身を隠せるような場所はないのだ。
「兄貴!」
考え事に意識を取られすぎていたクラースはレインの警告の声にはっと我に帰る。
その眼前でレインの槍が一閃し、クラースの頭を狙っていたらしい矢弾が甲高い音を立てて弾き飛ばされ、地面へと落ちた。
「ぼーっとしてる場合じゃねぇだろ! 死にてぇのか」
「馬鹿野郎。俺が死んだら世界中の女性諸君が一月は悲しみに沈んじまうだろーが!」
レインのフォローがなかったのならば、今の一撃はもしかすると自分の命を奪っていたのかもしれない。
そんなことを思いながらもレインの言葉に軽口を返したクラースは、襲撃されている最中だというのに自分の方をじっと見て動きを止めたレインに訝しげな視線を向ける。
「なんだよ?」
「俺にゃ兄貴にコナかけられた奴らが、お祝いする姿しか見えねぇんだが……」
「おいこら。お前には話があるからちょっとそこまで顔貸せや」
自分の弟も、随分と言うようになったものだという妙な感心をしながらもクラースは続けざまに自分へと飛んできた矢弾を二発、鋭い剣捌きで地面へと叩き落した。
油断や考え事さえしていなければ、このくらい容易いものだと胸を張るクラースなのだが、その目の前では一人の騎士が、撃ち込まれた矢弾を胸に二発受けて、悲鳴を上げながら倒れる姿がある。
「意外と騎士ってよえーのか?」
「この薄暗がりであの速度の矢弾が見えるわけもなかろうが!」
騎士の一人にがなりたてるようにそう言われて、クラースはさらにもう一発の矢弾を弾き返しながら、そんなものだろうかと考える。
戦場においては、視界が常に最良の状態に保たれているとは限らない。
戦う時間も、日中太陽が高い位置にあるときばかりではなく、明け方や夕刻、酷いときには深夜に戦闘が起きることも珍しくはないのだ。
クラースも人間であるので、完全に光のない漆黒の闇の中で、音だけを頼りに戦えと言われればそんな無茶なと思ったりもするのだが、欠しくとも光があり、音を聞くにも障害があるわけではない現在の状況は、それほど酷い状態だとは思えなかった。
もしかすると、レインは別の意見を持っているかもしれないとそちらへ顔を向けたクラースは、レインがあの重い鋼の槍を操って、自分ばかりかその周囲にいる騎士へと撃ち込まれた矢弾を打ち落とす姿を見て、改めて自分にがなりたててきた騎士を見る。
「あれくらい普通だろ?」
「普通なわけあるかっ!」
クラースの言葉を大声で否定した騎士は、その目の前でクラースがシャムシールを一閃させて自分を狙ったらしい矢弾を叩き落したのを見てその顔を引き攣らせた。
「全滅する前に敵の位置が分からねーと、切り込むこともできねーぞ」
矢弾は散発的ながらも途切れることなく騎士達へと撃ち込まれている。
馬車への被害を心配するクラースだったのだが、不思議なことに最も大きな標的となってもおかしくないはずの馬車へは、矢弾の一発も撃ち込まれた形跡がない。
「俺らの殲滅が目的ってわけでもねーようだな」
死体の一部を投げ込んだのは、おそらくは騎士達の混乱を狙ってのものだったのだろうとクラースは考える。
しかしより強い騎士達の混乱を狙うのであれば、その騎士達が護衛していた馬車へ奇襲をかけるのが最も強い効果を生むはずであった。
「なんにせよ……どうにかこれを切りぬけねーとなー」
また一発の矢弾を切り払いつつ、クラースは撃ち込まれる矢弾の弾道から、射手がどこから攻撃を仕掛けているのかを見極めようと目を凝らすのであった。
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