第37話

 レインがまず考えたのは馬車への襲撃であった。

 損壊した死体を投げ込み、意識の逸れた騎士を射殺し、それだけの隙を作れば馬車へ攻撃を仕掛けることなどわけもないことだろうと考えたのである。

 しかし、矢弾による射撃はいつまでも続けられているのだが、一向に馬車への襲撃が行われるような気配がなく、レインは自分へと撃ち込まれる矢弾を槍で払いのけながら、敵の意図を測りかねていた。


「せめてもう一人、矢弾を弾ける奴がいりゃあな……」


 既に二人の騎士が倒され、残る騎士は五人しかいない。

 その中にこの夕暮れ時の薄暗さの中で、撃ち込まれる矢弾を視認し、弾き飛ばせるくらいの技量を持った者は、レインの見立てでは一人もいなかったのである。

 これは騎士の技量が低いということではないことをレインは苦々しく思いながらも理解していた。

 そもそも騎士の戦い方は盾と剣を持って正面から打ち合う。

 あるいは馬上槍などを使って馬の突進力を生かして敵を倒すようなものであって、雨あられと降り注ぐ矢を切り払うようなことはせず、どちらかといえば板金鎧のような装甲でもって矢を防ぐのが主流であるからだ。

 翻ってレイン達のような傭兵はその身軽さこそが持ち味であり、鎧はもし矢や剣などが直撃した場合、生き残る確率が上がるといいなという程度の意味しか持っていない。


「あんたら盾持ってこいよ盾……」


 半ば自分を盾のように使っている背後の騎士達に、レインは呆れた声をかけたのだが馬上槍に加えて盾まで持ち運んだのでは騎兵の機動性が殺されてしまう。

 仕方のないことだとは思いながらも徒歩状態の騎士は荷物以外の何者でもないなとレインはそっと溜息を吐き出した。


「手伝い、いる?」


 そんなレインに軽い調子で尋ねたのは、馬車の窓から顔を出したルシアであった。

 馬車に向けて攻撃が加えられていないということを理解しているのか、かなり大胆に顔を出したルシアなのだが、やはりその体に向けて矢弾が撃ち込まれることはない。

 これはもう意図的に馬車への攻撃を避けているということが明白であるのだが、やはり何故そのように面倒なことをするのかについては、レインに分かるわけもなかった。


「万が一ってこともあるからな。ルシア達は令嬢の護衛に専念してくれ」


「そう? ボクならこの攻撃の中でも走れるけど」


「お前、本当にただの斥候か?」


 身軽さが売り、というのであれば斥候の右に出る者はいないことはレインも分かるのだが、ルシアの技量は少しばかり卓越し過ぎではないかとレインは思う。


「ただの斥候だよ? 決まってるじゃん」


「それならそれで構わねぇんだが……射手がどこに潜んでやがるか分かるか?」


 駄目でもともとという感じで尋ねたレインだったのだが、ルシアの答えには少しばかり目を見開かされることになる。


「地面に窪みを掘って、そこから撃ってるみたいだよ。布と土を被ってカモフラージュしているけど、まだまだ偽装が甘いね」


「見えてんのかよ!?」


 驚くレインに対して、そう大したことじゃないとばかりにルシアはひょいひょいとレイン達のいる野営地から少し離れた地面の上のいくつかのポイントを指さしてみせた。


「あそことあそことあそこは確定だね。見えているというか、不自然さを感じるっていうのかな? まぁ慣れだよ慣れ」


「お前、本当に何者だよ……」


 不確定な情報を頼りに動けば、死地に飛び込むことになりかねない。

 しかしルシアの顔を見れば、自分がもたらした情報に自信を持っているということが分かる顔をしており、他に情報もない現状ではそれに頼るしかないだろうとレインは覚悟を決める。


「兄貴! 突っ込むぜ!」


「こっちは任せとけー」


 気の抜けるような軽い答えを背に受けながら、鋼の槍を構えなおしたレインは力を溜めこむようにぐっと身をかがめる。

 馬車の窓から少し慌てたようなシルヴィアが、顔を出していたルシアの首根っこを掴んで馬車の中へと引き戻し、代わりに窓から顔を出すとそんなレインに手をかざして大きく叫んだ。


「支援します! <プロテクション>!」


 祈りの効果が自分の体を包み込むのを感じながら、レインは溜めこんでいた力を解き放つようにして地面を強く蹴って前へと進む。

 <ペネトレイター>とまで呼ばれたレインの突進力は、あっという間に野営地を飛び出して何もない平原へと突っ込んで行く。

 その体目がけて二発の矢弾が飛来したのだが、一発は構えた槍の穂先に叩き落され、もう一発はレインの体を包む淡い光に阻まれてその軌道を変えられてしまう。

 シルヴィアによる祈りの力がなければ、手傷を負っていたはずであり、つくづく祈りの力とは凄いものだと頭の片隅で思いながら、レインはルシアが指定したポイントの一つへ真っ直ぐに突進。

 その姿に泡を食ったのか、ルシアが言った通り地面にわずかな窪みを掘り、そこに体を伏せ、体の上に布をかけて潜んでいたらしい射手が手にしていたクロスボウを投げ捨てながら立ち上ろうとする姿があった。


「見つけたぜっ! 一人目!」


 レインのあまりの速度に逃げることは無理だろうと判断したのか、腰から短剣を引き抜いて迎え撃とうとした射手だったのだが、レインの持つ鋼の槍の前で構えるには威力も間合いもあまりに貧弱な代物でしかなかった。

 一方的に遠間から槍を突きだしたレインに対して、どうにかその穂先を逸らそうと短剣の刃を当てた射手は、勢いと力で完全に負けており、逸らせなかった穂先がその胸板を呆気なく貫いて背中へと抜ける。

 血反吐を吐きながら手足から力の抜けたその体を穂先で貫いたまま、レインは力任せに槍を横へと振り抜いた。

 槍の穂先に貫かれたまま、槍に引っ掛けられるように振り回される射手の体が、その途中で槍からすっぽ抜けて宙を飛び、離れた場所に落下してバウンドする。

 するとその近くに隠れていたらしい別の射手が、反射的になのか驚きのせいなのか、隠れていた場所からわずかに体を起こす。


「二人目! そこを動くんじゃねぇぞ!」


 槍を振りかぶりながら突進したレインを追いかけるようにして、何発かの矢弾が放たれるのだが、その矢弾がレインのいた場所に飛来する頃には既にレインはそこにはいない。

 素早く立ち位置を移動していたレインが振りかぶっていた槍を地面へと叩き付けると、立ち上がろうとしていた射手がその背中を槍で叩かれ地面に這いつくばりながら、くぐもった呻き声を上げ、続けざまにその体の下へと差し込まれた槍が力任せに射手の体を宙へと跳ね上げる。


「くそっ! 化け物か!?」


 自分達の隠れている場所が既に割れているとでも思ったのか、別な場所に隠れていた射手が体を起こし、手にしているクロスボウでレインを狙う。

 その姿を視界の端に捉えたレインは今しがた跳ね上げた射手の体を強引に空中で掴むと、自分と自分を狙う射手の間へと放り投げる。

 既に引き金に指をかけていた射手は、自分の方へと投げ飛ばされる味方の姿に思わず引き金を引き、放たれた矢弾はその味方の体を貫いたのだが投げ飛ばされた体はクロスボウの矢弾が刺さったくらいでは止まらない。

 レインに投げ飛ばされ、味方に撃たれた不幸な射手の体はそのまま自分を撃った射手の体に激突すると、二人はもつれ合うような形で地面へと倒れることになった。

 撃たれた射手はさらに不幸なことに、その一撃で命を失ったらしいのだが撃った射手はまだ生きており、力の抜けた体の下から這い出ようとすぐにもがき始めたのだが、その頃には悠々と近づいていたレインが逆手に持った槍を重なる二つの体を貫き通すように振り下ろし、その穂先は二人分の体を抜けて地面へと突き刺さる。


「これで三人」


 槍を握る手を軽く捻り、貫き通した二人を確実に絶命させてからレインは射手の体に足をかけて無造作に槍を引き抜く。

 そこから風を切って一振りされた槍の穂先からは犠牲者の血が飛んだ。


「いやいや、俺の弟ながら、流石に戦闘中は怖くて近寄れねーな」


 ただ潜んでいただけで得ていた有利は既に失われており、このままでは一人ずつ狩り殺されるだけだと悟ったのか、次々に隠れていた場所から姿を現す射手達は、自分達の背後からそんな軽い口調の声がしたのを聞いて背筋を凍らせる。

 野営地にいたのはレインだけではない。

 それが分かっていながらも接近されたせいで射手達はレインにばかりその注意を向けてしまっていたのだ。


「背中がお留守ってーのはいただけねーな」


 嘲笑うような声と共に、暗がりの中でシャムシールの刃が閃く。

 背後から延髄の辺りを断ち割られて呆気なく二人の射手が絶命し、倒れていくのをへらへらと笑いながら見ているのは、射手達からの攻撃が止んだ途端に野営地から飛び出していたクラースである。

 慌ててそちらを向こうとした射手の一人は、自分がクラースの方を向いた場合、今度はレインに無防備な背中を晒すことになるのではないか、ということに気が付き、何かしらの対処をしなければと考えながら背後から突き出された槍の穂先に延髄から喉にかけて貫かれ、気道に流れ込んだ自分の血に溺れることになった。


「意外と馬鹿かこいつら?」


「潜伏からの不意打ちで俺らを始末できる気だったんじゃねーの? まともに切り合えそうな奴が一人もいねーよ」


「まぁこっちも二人殺られてるんだ。恨みっこなしってことで殺れるだけ殺っとくか」


「そだなー」


 物騒な会話を軽く交わし、レインとクラースはそれぞれが得物を手に射手達へと襲い掛かる。

 ほぼ一方的な殺戮現場となってしまった光景は、周囲の薄暗さのせいで野営地から見ると影絵のように見えて現実感がない。


「いいなー、ボクも突っ込みたかったなー」


「ルシアまであちらに参加されては、万が一ここが襲われた場合に対処できる方がいなくなってしまうじゃないですか」


 馬車の周囲には取り残された形になっている騎士達がまだ五人ほど残ってはいるのだが、これまでの経過からしてあまり頼りになりそうにないと思ったのか、シルヴィアは出ていきたがるルシアを引き留める。

 引き留められたルシアはつまらなそうに鼻を鳴らしながらも、シルヴィアを置いていくわけにはいかないことは分かっているのか、無理にレイン達の方へ行こうとはしていない。


「いいなー、クラース達楽しそうだなー」


「楽しくはないと思いますが……あまりそういったことを言うと令嬢さんが怯えますからほどほどに……」


「ボクも体動かしたいーっ!」


 馬車の窓から顔を出し、じたばたと暴れるルシアを苦笑しながら見守るシルヴィアは、外の騒ぎとルシアの言葉から身を縮ませてしまっている令嬢を宥めつつ、早く外の騒ぎが終わってくれることを自分が仕える神に祈り始めるのであった。

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