第35話
街まで戻る道筋はそれほど距離がなかったこともあり、騎士の不安はいったいなんだったのだろうと思うくらいに順調な道程であった。
魔物の類に襲われるようなこともなく、盗賊の類も出てこない。
徒歩でせいぜい一晩歩いただけの距離であるので、レイン達は騎士達と合流したその日の夕方には街へと戻ることができていた。
もちろんそのまま街を素通りするというわけにはいかず、疲労も少しは回復させねばならず、子爵令嬢も休ませなければならないという諸々の事情から、レイン達は街に宿を取り、翌日は事情の説明のために冒険者ギルドを訪れることになる。
「それは災難でしたね」
「おいこら。それでしまいかよ」
「冒険者ギルドは冒険者が引き受けた依頼の内容には責任を持ちませんので」
あっけらかんとした受付の職員であるロベリアの言葉に、クラースが険しい顔で詰め寄ったりもしてみたのだが、返って来た答えは実に事務的なものであった。
実際冒険者ギルドは依頼を持ちこんでくる依頼主の素性や報酬が確実に支払えそうかといった点については審査をするのだが、依頼主が隠しているような事情までは事前に調べ上げてはくれない。
そこは冒険者の自己責任という便利な言葉に委ねられているというわけである。
「とはいえ、本当に依頼主さんはそこそこ信頼のある大店さんだったんですよ。何がどうなってそんな犯罪に手を染めたんでしょうね?」
「そいつは俺らに分かるわけもねーだろうが」
「まぁ官憲の守備範囲ですよね」
さらっと流そうとしたロベリアなのだが、多少なりとも罪悪感は感じるのか険しい顔をしたままのクラースの手をそっと取ると、その手を自分の手で包み込んだ。
いくらか驚きの表情になるクラースへ、ロベリアはやや瞳を潤ませながら上目づかいでクラースを見上げる。
「もっとも皆様が不運に遭われたことに関して、全く知らぬ顔をするというのも不義理なこととは承知しております。何かできないか検討はいたしますので、そこはこちらの事情というものも察してはいただけないものでしょうか」
そう訴えながらロベリアは自分の手で包んだクラースの手を自分の胸元へと引き寄せる。
押し戴くような形で押し付けられた場所が場所だけに、あっさりとクラースの表情が緩み、少し離れた背後で状況を見守っていたレインとルシアが揃って深々と溜息を吐いた。
「駄目だありゃ。いいように丸めこまれるぞ」
「クラースの欠点って、あの一点に集中しすぎだよね」
そう語っているルシアの隣では、何故だかシルヴィアが酷く真剣な眼差しでクラースとロベリアのやり取りを食い入るようにして見つめている。
あまりに真剣なその雰囲気に、非常にくだらない何かの予感を覚えつつもルシアは確認のために声をかけた。
「シルヴィ。どうしたの?」
「いえ、勉強になるなと思いまして」
「神官が覚える必要のない手練手管だと思うけど。酒場でウェイトレスでも始めるの?」
ロベリアがクラースに仕掛けているのは、全てがそうであるわけではないのだが、ルシアが言うような職業の女性ならば大概は持っているような技能であった。
職に貴賤はないとは言うものの、神官という職業とはかけ離れた職業である。
まさかそういった職業に転職するつもりじゃあるまいなというルシアの言葉に対して、シルヴィアは真剣な眼差しのまま答えた。
「対レインさんに使えないかと思いまして」
「その本人がここにいるんだが……」
おそらくまるっきり本気で言っているのであろうシルヴィアに、レインが自分の額を押さえつつ、先程よりは弱い溜息を吐きだした。
そうこうしている間に、クラースがすっかり骨抜きにされた状態で受付カウンターからふらふらとレイン達がいる場所まで戻ってくる。
「まぁあれだーな。ギルドの事情も分かるから、今回は痛み分けってことで」
「完全に丸め込まれてやがんの……」
「仕方ないのではないでしょうか。今回の件でギルドから何かを引き出すこと自体難しいのですから、こちらの無罪だけでも証明してくれればそれでよしとせねば」
「なんかムカつくよねー、ギルドじゃなくてクラースのあの顔」
クラースには見えていないのだが、その背後にあるカウンターの向こうからはにこにこ顔のロベリアが元気よく手を振っている姿があった。
完全に思惑通りに事が運んだらしいということは、その姿から分かってしまう。
「その証明はしてくれんだろうな?」
「子爵閣下と連絡をつけてくれるってさ」
冒険者ギルドは権力を求めるような組織ではない。
しかし権力者の側からギルドに近づいてくることは多々あり、これまでにいくつもの実績というものも重ねている冒険者ギルドは、各国の貴族や王族などにもいくらかの伝手を持っており、その筋から令嬢を誘拐された子爵に事情を説明してくれることになったとクラースは説明する。
あのでれでれの状態で、しなければならない話はきちんとしていたのだと、いくらかクラースを見直すレインだったのだが、ルシアはぼそりとレインの思いとは異なる現実を口から漏らした。
「あの受付が伝えるべき情報だけを伝えてきただけじゃない」
ただ単にクラースをでれでれとさせるだけでは話はちっとも終わらない。
話を終わらせるためには必要な情報をクラースに伝え、それをクラースに飲ませなければならないのだ。
そしてロベリアはその役目を、しっかりと果たしたというわけである。
「欲張りってぇのは長生きしねぇからな。ペナルティがねぇならその条件でいいだろ」
「謙虚さは美徳ですからね」
「ボクは不満だけどね。それでクラース。新しい依頼はきちんと受けて来たんだよね」
ルシアが疑わしげな目をクラースへ向けるが、クラースは心配するなとばかりに大きく頷いてみせた。
新しい依頼というのは、あの子爵に仕えている騎士が子爵のもとまで令嬢を護衛する依頼を出し、それをレイン達が引き受けるといったことである。
騎士とレイン達との間で交わされた依頼では、個人間のもので信頼性に欠けるのだが、そこに冒険者ギルドを一枚噛ませれば、それなりに高い信頼性の契約ということになるのだ。
「俺達みてーにたまーに騙されることもあるんだが、そいつはご愛嬌てーやつだな」
「立て続けにそんな経験したくねぇよ」
それもそうだと真顔に戻るクラースを、ルシアが無言で蹴り倒す。
蹴られたクラースが呻き声と共に近くの空のテーブルに突っ込むのを、レインは苦々しげに、シルヴィアはさも楽しそうな顔で眺めたのであった。
こうして正式に前依頼の処理と、新しい依頼の受注を終えたレイン達は冒険者ギルドから出た足で、レイン達を待っていた騎士達に合流する。
子爵令嬢を護衛するために新しく馬車が設えられ、その中に乗る令嬢はいつまでもみすぼらしい恰好をさせているわけにはいかないとばかりに、どこに出してもおかしくない貴族令嬢のいでたちに着替えさせられていた。
その周囲には七騎の騎士達が控えており、斥候達の姿はない。
どうしたのかと聞いてみれば、先行してブラウゼンまでの道中に敵が潜んでいないかどうかを調べに言っているのだと騎士は答えた。
「ギルドの方での作業は終わったようだな。では、頼むぞ」
馬の上からそう語りかけてくる騎士に、レインはひょいと肩を竦めるだけに留まったのだがクラースがむっとした表情を向ける。
「あの馬車の中にゃうちの女性陣を乗せりゃーいいのか?」
「そうだが……何か不味いことでもあっただろうか?」
「あんたらは馬で、女性陣は馬車。じゃー俺やレインはどーすりゃいいんだ?」
「とても簡単なことだな。御者を頼みたい」
言われてみれば馬車の御者台には人影がない。
馬車だけ設えて御者の手配をしなかったのかと呆れるクラースなのだが、騎士は至極当たり前のことであるかのように言った。
「新しく御者を雇ってそれが敵側の人間ではないという確証が持てない。馬車ごと誘拐されでもしたら目も当てられんからな。その点、お前達は素性が明らかだ。御者を任せるのに適している」
「まー、筋は通ってんだろーけどよ……」
「護衛の依頼の一部、ということでよろしく頼む」
騎士の言葉にクラースとルシアが揃って嫌そうな顔をし、レインとシルヴィアはどこかきょとんとした表情でクラース達の顔を窺っている。
レイン達は気がつかなかったか理解しなかったのだが、騎士はクラース達に御者をやらせることにより新しく雇い入れる分の費用を節約したのだ、ということをクラースとルシアは即座に悟ったのだった。
そしてそんな騎士の意図が分かっていながらも、クラース達にはこれを拒否するという選択肢がなかったのである。
「護衛対象の近くにいろ、と言われたら拒否のしようがないよね」
「それもそーだが。御者なんてやってられるかと突っぱねりゃ、俺とレインは徒歩で追いかけなきゃならねーから御者をやるしか手がねーんだよ」
レイン達の分の馬は用意されておらず、断れば待っているのは徒歩による移動しかなく、徒歩では馬車や騎兵に遅れずについていくのは至難の技というよりはほぼ無理な話である。
「あ、それ汚くない?」
「いや、お前らはあのお嬢さんの横に座れるからどっちでもいーんじゃね?」
「それもそっか」
二つ目の理由には気がついていなかったのか、ルシアが憤慨しかけたのだがクラースの言葉を聞くとあっさり掌を返し、シルヴィアを連れて馬車の中へと入っていく。
現金なものだと笑うクラースは、レインを先に御者台へと上らせるとその後に続き、馬車を曳いている馬の手綱を手に取った。
「こっからそのブラウゼンとかいう領地までどのくらいかかるんだ?」
「ここからならば二泊して三日目の昼頃にはブラウゼン南端の街に到着できるだろう。そこで子爵様に連絡し、ご令嬢の無事を報告する予定だ」
「俺達の仕事はそこまでってことか」
「まさか。きちんと子爵殿に会ってもらい、事情を説明してもらうぞ」
「えー……子爵って男だろ? めんどくせーよ」
令嬢の無事と護衛をしたという実績さえ残せれば、話は終わりではないかと思うクラースがごねりだすと、騎士はしばし考え込んだ後にぽつりと呟いた。
「そうか、ならば仕方あるまい。道中ご令嬢の世話をしてもらった礼などでいくらかもてなしを受けられるかと思ったのだが。ちなみに子爵様に仕えるメイド達は領内から選りすぐった器量よしばかりなのだが……必要ないとなれば無理にとは言うまい」
「よし、子爵様のとこまで行きゃーいいんだな!」
出発の合図を待たずに、クラースが急げとばかりに馬車を走らせ始めた。
勝手な動きではあるのだが、騎士達は特に騒ぐこともなく、走り出した馬車を取り囲むようにして自分達も移動を開始する。
「兄貴。いいように手綱握られてんな」
「うるせーな。メイドさんだぞメイドさん。金持ちの家でしか見れねーレア物を、逃す理由はどこにもねーだろ」
頭の中は既にそれで一杯になっているらしいクラースの姿は、何を言っても耳に届きそうにないなとレインはそれ以上の会話を諦めた。
馬車の中を肩越しに覗き込めば、シルヴィアとルシアの二人が少しでも令嬢の気を和らげようとしているのか、しきりに何か話しかけているのだが馬車の音と馬の蹄の音が騒がしく、中の会話を聞き取ることはできない。
それは同時に外の会話が中へと聞こえていないということでもあり、ルシアが今の会話を耳にしていたのならば、クラースがどのような目に遭わされていたのかということを考えると、幸運の神様は自分の信徒がいるこのパーティにいくらかでも恩寵をくれているように思えて、レインは御者台の上で目を伏せると、そっとシルヴィアが信じている神へと感謝の祈りを捧げるのであった。
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