第37話 塔に籠る

 不老不死の秘宝、その具体的な儀式を行う場所として使用されたのがこの塔だった。エドラの身を案じたフィオーレは彼に付き添い、彼の身を案じてこの塔に特別な仕掛けを施したのだという。


「それが〝フィオーレの鍵〟なのだ。彼女以外は出入りできない特別な結界。それを施した。彼女の姉のシャリアだけが唯一、その結界を無視して扉を開けることができるのだと聞いていたよ」


 つまり、フィオーレさんの体を乗っ取る事でカリアとラウルはここに出入りができた。他の者では入る事が出来ないので、当然、鍵をかけていない。俺たちが悠々と中へ入れたのはそんな理由だったのだ。


「私は半植物化した後、視力が段々と衰えてしまった。音は聞こえるが人の姿はぼんやりとしか認識できない。当初は戸惑ったが、それでも良い事はある。人の心の波長というのか、そういう物を敏感に感じることができるようになったのだ」

「心の波長は確かにあります。穏やかな波長、怒りの波長、愛の波長、憎しみの波長、それぞれが色付けで見える人もいます」

「なるほどな。実際にそれを見る人もいる訳だ。私の場合は、漠然と感じるだけなのだが、個人の違い、感情面での揺らぎなどははっきり把握できるようになった。概ね一年ほど前だ。毎日のようにここに来ていたフィオーレが別人になっていた事に気づいたのだ」

「つまり、フィオーレの鍵を突破するために彼女の体を奪った……」

「そういう事になるのだろうな。惨い事をするものだ……全て、私の責任だ」


 肉体を奪うなんて事が出来るのかどうか、俺にとっては最大の疑問点なのだ。しかし、半植物のエドラもシャリアさんも、そこには疑問を抱いていないようだ。この世界では十分に起こりうることとして認識されているのだろう。俺たちの世界とは価値観がだいぶ違うんだと思った。


 フィオーレさんの痛ましい事案に浸っている場合じゃなかった。外の方では何やら動きがある。


「外の様子が変わりました。俺たちが最初に入った地下室のある建物が兵士に囲まれています。んっと、アレはこの城の銃士隊。それと槍を抱えた兵隊。正規兵かな……他には王都で見かけた傭兵と……ああ、聖騎士団の人も混じってる」

「聖騎士団とリドワーン城の間で話が付いたようね。私が……いや、イチゴ姫がここにいると信じているなら好都合だわ。この塔に立てこもりましょうか」

「面白そう。壮太もイイでしょ」


 立てこもると言うワードにエリザは嬉しそうな反応を見せた。いやいや、そんな事が嬉しいのかよ。下手をすれば殺し合いになるんだが、俺には選択の余地はなく「わかった」としか言えなかった。


「フィオーレの鍵がかかっているからカリア・スナフが扉を開かないと入れない。なら、もう少し細工をすればかなり時間が稼げると思うわ」

「細工って?」

「任せなさい!」


 シャリアさんも元気いっぱいで楽しそうだ。エイリアス魔法協会の人って、冒険好きっていうか、危険な香りがする事が好きなのか? いや、きっと大好きなんだ。間違いない。シャリアさんのあの、嬉しそうな表情をみてそう思ったのだ。


「じゃあ、私とエリザで細工をしてくるから、壮太君はこの塔の中を調べて食べ物とか毛布とか、防寒具とかを探してね」

「食べ物と毛布と防寒具ですね。何で防寒具なんですか?」

「防寒具よ。いいわね」

「はい」


 そう。俺たちの世界ではゴールデンウイーク真っ最中だった。この世界に来た時も、季節としてはそう変わらないようだった。さわやかというよりは少し暑い感じで、春から初夏といった印象をうけたのだが。


「いいわね。防寒具よ」


 念を押された。


「この下の階に毛布などの寝具が常備してある。一階には井戸もあるし、非常食もあるはずだ」

「ありがとうございます!」


 やる気満々のエリザは元気いっぱいだ。そしてエドラも、この立てこもりには賛成しているようだ。元はと言えば自分自身の選択が招いた事なのだろうが、カリアとラウルのやり口には反感を持っているらしい。


 俺たちは下の階へと向かった。エリザは飛ぶように螺旋階段を降りていくし、シャリアさんの足取りも軽やかだった。

 俺は下の階、多分6階だ。そこへと入っていく。そこは物置兼宿直室のような造りになっており、ベッドが二つ設置してあり、棚には毛布などの寝具がどっさりと積んであった。また、クローゼットみたいなものがあって、その中には防寒具……分厚いコートや毛皮の帽子、皮の手袋、ブーツなどもあった。これはロシアなんかの寒い地域用の防寒具だと思う。冬場は冷える地域なのだろうか。それもあるだろうし、冬場の塔が滅茶苦茶寒いんだと思う。


 そして隅には布のズタ袋がいくつかあった。何かが詰め込んでありパンパンに膨らんでいる。チラリと覗いてみら、中にはぎっしりと木炭が詰め込んであった。


 暖房用か。

 そりゃそうだろう。


 寒い所で暖を取るためには何かを燃やすのがいいに決まってる。いくら魔法文明が発達しているからと言って、暖房のすべてを魔法で供給するとかコスト的に合わないんじゃないかって思う。


 俺は毛布と防寒具を人数分。そしてズタ袋に入った木炭と、ついでに置いてあった作業服も持って行った。シャリアさんは俺のジャージを羽織っているとはいえ下着姿だからだ。こんな不愛想な作業服でもないよりはマシだと思う。


 全てを持って上がるのに三往復し、ちょっと足腰に筋肉疲労が出てきたところで、シャリアさんとエリザも戻って来た。そしてシャリアさんは俺が持って上がった荷物を見て満足そうに笑っていた。


「おお、こんなに防寒具が置いてあったのね。それに木炭も。ああ、そこに火鉢があるから、火を入れましょうね」


 やはり木炭は暖房用だった。おれはてっきりストーブ的な何かがあると思っていたのだが、それが火鉢なのだろうか。口の大きな壺、いや、それが鉢なのか。これが暖房器具だとは知らなかった。

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