第32話 食人の淫魔

「私は勇者見習いのイチゴ・ガーランドです。私のような下賤の者が王家の姓グラスダースを名乗る事などありません」

「ほう。自分の出自を知らぬと?」

「私は王都アラトフ近郊のサントーレ村出身です。父はアレク、母はモーレ。農家の娘です」

「農夫の娘がどうして勇者見習いをしている?」

「私は初等学校で成績が良かったので、勇者学校へと進学したかったのです。しかし、学費が工面できず大賢者様の元で修行する道を選びました」

「ほう。その筋書を信じているのか?」

「信じるも何も事実です」


 俺もその辺の事情はイチゴから聞いている。もちろん、イチゴが王の落し種であるなど本人は知らない情報だから、シャリアさんが答えられないのは当然だ。


「ふむ。王の隠し子として元側近のガーランドに育てられたことは知らないのだな」

「元側近? 父は農夫です。そんな事は知りません」

「知らなくてもいいよ。君の体に直接聞くから」

「私の体? ちょっと太ってるだけです。調べたって何もないわ」

「ふふふ。それはどうかなあ」


 ラウル・ルクレルクがニヤニヤ笑いながらイチゴ、いや、シャリアさんの体を撫でる。もう一人の女カリア・スナフは、クンカクンカとシャリアさんの匂いを嗅いでいる。そしてしゃがんではシャリアさんの膝やふくらはぎを舐めた。あの長い舌で。


 その様が気持ち悪かったのか、エリザは眉間にしわを寄せながら目をそらしていた。俺はというと、あのカリアの妖艶な姿から目が離せずにいた。あの女からは何か性的興奮を促す何かが発散されている。何かの魔法なのかフェロモンなのかは分からない。しかし、効果てきめんな何かが男を興奮状態に引きずり込むのは間違いない。


「この法衣は邪魔だな。エイリアスの僧侶に化けたつもりなのだろうが……剥ぎ取ってしまおう。クククッ」


 ニヤニヤ笑いながら、ラウルは懐からナイフを取り出した。刃渡りは10センチ程で片刃のものだが、柄の部分には宝石が幾つもはめ込まれている豪勢な造りになっている。そのナイフでシャリアさんが着ている青い僧衣……上着の部分だが多分ボタンは無くて、多分、セーラー服みたいな構造……に刃を当て、すっと下から上へとナイフを走らせる。上着の前側は左右に分かれてしまったようだ。


 ラウルはシャリアさんの背中側に回り、今度は上から下へとナイフを走らせた。下に着ていた衣類が見えたのだが、これは多分、丈が短めのジャンパースカートだ。色は濃い青。


「ふーむ。両手を縛って吊り下げると衣類を脱がせにくいな」

「しかし、手を自由にすると暴れますよ」

「それもそうだ。この、上等な布を使ってあるエイリアスの法衣をダメにするのはもったいないが……」

「高価なもの、聖なるものを破って穢す、それが楽しいのです」

「そうだな。クククッ」


 ラウルとカリアの下品な会話だ。今度はシャリアさんの左の肩、首の方からナイフを振っ込み、腕の方へとナイフを走らせる。刃を外側にしているのでシャリアさんが傷つくことはない。


 パサリとシャリアさんの上着、その左側が床へと落ちた。そしてラウルは反対側も同じように切り右側が落ちる。ラウルは胸に左手を当てグニグニと揉み始めた。反対の胸はカリアが服の上からベロベロと舐める。普通の二倍くらい長い舌を伸ばして。


「このデカい胸、何を喰ったらこうなるんだ? ラウル。早く剥がせ。生乳をしゃぶりたい」

「待て待て。ゆっくりと楽しみながら脱がすんだ。そうしたら好きなだけ舐めまわすがいい。ただし、食うな。この体は念入りに調査してあの方に献上せねばならん。決して傷つけるなよ」

「わかってるさ。食うのはあっちの若い男にするよ。存分に犯した後、はらわたをすすってやる」


 存分に侵す……腸をすする……ええーっと、カリアって……食人鬼の類なのか……超エロい淫魔と兼用な……そいつは便利……じゃねえよ。


 背筋に氷柱が突っ込まれたかのような冷たい感覚がある。先ほどは、あのカリア相手に童貞を捨てるのも悪くない……なんてちょっと卑猥な事を考えてしまったが、それは不味い。不味すぎる。


 性的欲求に負けて内蔵を喰われて死ぬなんて、愚かなのか情けないのかよくわからないが、日本で言う〝末代までの恥〟に該当するのではなかろうか。できれば回避したいと思うのだが、果たして俺の願いはかなうのか……。


 つまらない事を考えているうちに、シャリアさんはジャンパースカートを切って落とされ、その下の白いブラウスを切り刻まれていた。残りは薄い生地の下着だけなのだが、シミーズというやつだろうか。いや、スリップだったかもしれない。俺は女性の下着について詳しいわけではないのだが、ブラジャーとパンツの上に着てさらにその上からシャツやドレスなどを着るアレだ。細かい所はともかく、基本形は自分の知っているシミーズそのまんまだった。


 カリアはその下着の上からシャリアさんの体を舐めまわしている。胸元から脇、腹、腰、太ももまで、ねっとりと光る唾液の筋を擦り付けながらだ。その変態的な行為にシャリアさんは声も出さず耐えていた。しかしポーカーフェイスとはいかず、彼女の眉間の皺から深い嫌悪感を読み取れる。マジで気持ち悪いだろう……アレは。更に言うと、性的興奮を撒き散らしながらも禍々しい死の恐怖を刻みつけている。これ、直接体を痛めつけてはいないが、立派な拷問だよな。俺だったら、知っていることは何でもかんでも喋りまくるだろう。


 入り口の方で何人かが駆け寄ってくる音がした。

 慌ただしい。


 ルブランはドアの外へと赴き、何か話している。


「ルブラン隊長。聖騎士団のヘクトルと名乗るものが城主に会わせろと押しかけてきております。どうしますか? 追い払いますか?」

「聖騎士団のヘクトルだと?」

「はい。平服でしたが、聖騎士団の紋章が入った宝剣を持っていました。傭兵を十数名ほど従えております。城壁には銃士隊を配置済み。一斉射撃で追い払えますが」

「いや、あのヘクトルがならば一筋縄ではいかんな。ルクレルク様に伺おう。お前はここで待て」


 レストランの向こうのドアでの会話だ。ちょっと遠いがそんな内容だと思う。それを聞いていたラウルも事態を重く見たのであろう。早足でドアへと向かって歩き始めた。カリアもラウルの後に続く。しかし、ドアの前で振り向いた彼女の舐めるような目線が俺に絡みついてくる。それは、お預けをくらったペットのような、どことなく寂しそうな雰囲気を漂わせていた。


 

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