第33話 脱出か欺瞞か

「あらあら、私たちは放置されましたね」

「あの女、本当に気持ち悪い。しかも、シャリア様にそっくりだなんて、どうなってるの?」

「どうなのかしらね」


 プンプンと怒っているエリザと平然としているシャリアさんが対照的だ。あんなのに舐めまわされても平静を保てるなんて信じられない。俺には絶対無理だ。


「さあ、ヘクトルが追いかけてきましたけど、これはチャンスよ。逃げちゃいましょ」

「クロード・ヘクトルね。あのキザ男は嫌い」

「ふふ。結構イケメンさんだと思うけど」

「そうかも。でも、シャリア様……あの方、ルクレルク様はどうなってしまったのでしょうか? 以前お見かけした時とは様子が違う……まるで別人です」

「そう……別人みたいだった。それとあの女、カリア・スナフも変ね」

「どうしてシャリア様の妹、フィオーレ様とそっくりなのかしら」

「わからないけど、何かあるわね。さあ、手錠を外して逃げましょう」


 手錠を外す?

 この粘土の固まったような手錠ってのは、魔力を吸い取る魔法使い専用の拘束具って話だった。それなら、魔法使いにはどうしようもないのではなかろうか?


「フェリステア・ウル・アルダレータ」


 シャリアさんが呪文を唱えたのか。彼女の手錠が眩しく輝いてから細かく砕け散った。


「さあ、エリザも」

「はい」


 エリザも同じ呪文を唱えると、彼女の両腕を拘束していた粘土の塊が眩しく光ってから砕けた。


 これはどういう理屈なんだろうか。魔力を吸い取る粘土を魔法で砕くとは……。まあアレだ。ちゃんと説明されても俺には理解不能って事は確実だと思う。


「次は壮太君ね」


 シャリアさんがニコリと笑って俺の前に立つ。中身はシャリアさんなんだが、見た目は豊満体形のイチゴである。しかも、衣類は殆ど剥ぎ取られており、薄い下着一枚の艶姿だ。見てはいけないと思いつつ、目元はシャリアさんの、いや、イチゴの胸元に釘付けになる。そしてシャリアさんは俺に体を寄せて来て……その豊満な胸が押し付けられる。


 わかっている。わかっているんだ。これは別に、エロ目的じゃないって事くらい分かってる。俺は手錠で天井から吊るされている鎖につながれているんだ。その手錠を外すためには体を密着させないと手が届かないんだ。


 この柔らかい感触には脱帽するしかない。男としての幸福はここにあるのだ。しかし、恥ずかしいし、情けないし、みっともない。


「フェリステア・ウル・アルダレータ」


 シャリアさんの詠唱で俺の両手を拘束していた手錠は砕けた。彼女は俺の両手さすりながらふうーっと息を吹きかけてくれたのだが、手首周りの皮膚が真っ黒になっていたのには驚いた。


「え? 何で真っ黒に??」

「それはね。この手錠が特殊な植物を加工したものなの」

「特殊な植物?」

「ええ。人間の生命力や魔法力を吸収する植物があるの。普段は張り巡らせた茨に絡まった動物の生命力を吸収しているのだけど、その改良品種を使ってるのね。これはダブラって名前なんだけど、一人分に少し足りないくらいの生命力が吸収できる。多く吸い取ると死んじゃうからね。だから、限度を超えるとさっきみたいに砕けてしまうのよ」


 わかったような、わからいような。しかし、野生のダブラに絡まってしまったら、俺はキッチリ死ねる自信がある。


「なるほど。つまり、さっきシャリアさんが使ったのは回復魔法なんですか? ゲームで瀕死のキャラに使ったら瞬間的に元気になるみたいな」

「そうね。そんな風に考えてもらって構わないわ。骨折とか裂傷は直せないけど、生命力、霊力ね。それは十分に回復するの。そうね、なんとかクエストってゲームの呪文でベホマってあるでしょ。あれみたいな」


 ……この世界の回復魔法の使い手がベホマの呪文を知っていたとは驚きだ……とはいえ、人ひとり分の生命力を供給して手錠を破壊するなど、一般人には無理な話だと思う。多分、この世界にいる多くの魔法使いでも無理なんだ。だから、魔法使い用の手錠として使用できるわけだ。しかし、シャリアさんのような特別な魔法使いには意味がなかったという訳だ。


「ところでこれからどうしますか? 逃げるって、何処に逃げるんですか?」

「そうね。ラグナリアに行けば安全ですけど、それじゃあ意味がないわ。私たちはイチゴ姫の事を第一に考える必要があります。彼女を安全な場所へ匿うこと。つまり、私たちはこの周辺で存在感を示し続ける事が大切じゃないかな」

「つまり、ここからは逃げるけど遠くには行かない……」

「そうね」

「城下町に潜伏するとか? 山の中に逃げるとか?」

「それでもいいけど、もっと効果的なやり方があると思うの」


 効果的か。どうすれば効果的なのか、俺にはさっぱり分からないのだが……。


「わからない?」

「もちろんわかりません」


 俺は呆けた顔をしていたのだろう。シャリアさんに突っ込まれたのだが、そこは素直に降参した。


「逃げた風に見せかけて、実は逃げない」

「え?」

「私たちがいる証拠を消さない」

「ええ?」

「こういうのって、楽しくない?」

「えええ?」


 何の事やらわからないのだが、シャリアさんは滅茶苦茶楽しそうだ。そして、先ほど回復魔法で砕いた手錠のかけらを集め、そして切り裂かれた法衣を集め、何やらごそごそとやっているのだが……。


「フェリス・ニキラス」


 シャリアさんの詠唱と同時に彼女の右手から淡い光の塊がふわりと飛び出た。それは手錠のかけらを吸い込んでから人の形となっていった。


「ええ? これは人形ですか?」

「そうね。素材はダブラを練り込んだ粘土。これをイチゴ姫そっくりに整形して……この法衣を着せると」


 アッと驚く為五郎……そこにはイチゴそっくりの人形がいつの間にか修復された青い法衣を着て立っていたのだ。

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