第27話 ヘイゼルの密偵

 ザーフィルとシファーは軽快に駆けていく。後ろから追ってくる者は皆無であり、それがザーフィルの能力が傑出している事を物語っている。そして喋る鳥のシファーも、ザーフィルに負けず劣らず優秀らしい。この二頭はきっと追手の使っている馬よりもハイペースで走っているに違いない。


 農地の続く平坦な道を進んでいくのだが、途中の小川を超えたあたりから、枯草や灌木の多い荒地となっていた。街道もあるが整備されておらず、大きな石がゴロゴロと転がっている。


 灰色のシファーとザーフィルが駆けるのを止めて立ち止まった。シファーの背で、エリザは黙って剣を抜いた。


 追手は来ていないのに何で警戒するんだ。俺は不安になって辺りを見回した。


 地面を這う白いもやに囲まれているのに気付いた。空は曇っているが雨も降っていないし霧が出ている様子もない。その靄はだんだんと膨れ上がり、俺たちとの距離を詰めて来た。


「アレは何ですか。何かの化け物ですか?」

「うふふ。壮太君は初めて見るのね。まあ、エリザに任せましょう」


 エリザはシファーから降りて剣を数回振り、そしてその手の剣を空へ向かって突き出した。


「天帝の守護者たる雷の王に申し上げる。そなたの大剣を我に。そして彼の不遜なる敵を撃ち滅ぼせ」


 え?

 これは何か攻撃魔法のような?


「ディグリザリア!」


 詠唱が終わると同時にエリザが剣を振り下ろす。雷雲もないのに、空から三本の雷が俺たちの周囲に落ちた。凄まじい轟音と共にだ。


 眩い閃光が弾けて目がくらむ。そして地面を這っていた靄は瞬時に吹き払われていた。


 その靄の下にいたのは十数頭の犬の様な生き物だった。黒い毛と頭……いや額から一本の短い角が生えている。犬としては大柄で、こんなのに何頭も飛び掛かられてはひとたまりもないだろう。


 連中は吠えはしなかったがグルルルルと唸り声を上げて俺たちを輪のように取り囲み、ゆっくりとその距離を縮めてきていた。


「この辺じゃあ見かけない犬だな。何処から来た」


 ザーフィルの問いかけだ。何というか、威厳に満ち溢れているのは流石は神馬と言ったところだろうか。角のある犬の集団の中で、一頭だけ一回り大きく毛が灰色の個体がいた。そいつが数歩前に出て来てザーフィルの前に立つ。つまり、俺の正面だ。ビビってなんか……ないぞ。


「俺たちは犬じゃない。魔獣グロザレアだ。あんな下等動物と一緒にするな」

「ほう。喋る魔獣か。どこから来た。あんな魔法を使って人に迫るなら排除されるぞ」

「俺たちの故郷はウーザーの荒野だ」

「ラグナリアから来たのか」

「そういう事になるな」


 竜神の国ラグナリアから来たという知性を持つ犬の群れ。まさか、皇太子ヘイゼルの息がかかっている密偵みたいなものなのか?


「ほう。そういう見方もあるのか」


 またザーフィルに心を読まれた。彼は首を曲げて俺の方を向いたので、俺は少し動揺しつつも返事をした。


「あてずっぽう。根拠はないよ」

「だろうな」


 ザーフィルは前を向き、グロザレアと名乗った犬の群れと対峙する。


「さっきも見ただろう。この虎娘は強烈な魔法を使うぞ。俺たちに手を出した場合、お前たちは黒焦げにされる」

「俺の名はグロザレアのマジドだ」

「マジドだと?」

「俺はそこにいる人間を追っていた」

「壮太をか?」

「ああ、そんな名だったな」

「なぜ壮太を狙う」

「狙ってるんじゃねえ。監視していたのさ」

「監視だと?」

「いきなり移動を始めやがったんで、追いつくのに苦労したぜ」

「どうして壮太を監視している」

「俺たちはラグナリアから来たと言っただろう。詳しい話は出来ねえが、まあ、そういう事だよ」


 ザーフィルは俺の方を振り返り、何故か感心したような表情を見せた。そしてマジドへと向き直る。


「ヘイゼル皇太子の命か?」

「だから詳しい話は出来ねえ。ま、距離を置いて追いかけてたんだが、どうも匂いが違う事に気づいた。女の匂いだ。そこのぽっちゃりさんは替え玉なんだろ? それを確認させてもらうために接近した」


 俺の当て推量が正解だったって事なのか? ならば、イチゴに変化しているシャリアさんの匂いに気づいた事も納得がいく。ヘイゼルさんの密偵なら当然か。


「私はイチゴですよ。イチゴ・ガーランド。お間違えの無いように」

「匂いは誤魔化せねえぜ」


 今度は俺の後ろのシャリアさんが答えた。しかし、灰色の犬マジドは納得していないようだ。


「私はイチゴです。わかりましたか?」

「……そうかよ。じゃあ仕方がねえな。俺たちはあんたたちを監視はするが危害を加えるつもりはねえ。そこのおっかねえ虎の姉さんにもよく言っといてくれよ。さっきみたいなのを何発も喰らっちゃ身が持たねえからな」

「ええ。もちろんよ」


 マジドは納得したのだろうか。グロザレアの群れは俺たちから離れていき、再び湧き出した靄の中へと消えていった。


「あの、シャリアさん。あいつら味方なんですか?」

「どうかしら。イチゴ姫の護衛とかじゃなくて、恐らく情報屋だよ」


 なるほど。情報収集のために専門の魔獣を放ったという事なのか。


「だったら何で、シャリアさんは自分の事をイチゴだと言っんですか? イチゴなら自分の事を姫とは言わないと思う」

「それはね。マジド君はヘイゼル皇太子の配下で、まあ真面目なんだって事が分かったからよ」

「真面目なんですか?」

「ええ、クソ真面目。だって、魔獣はいきなり襲ってくるのが普通だから。本当に私の匂いを確認するためだけに近寄って来た。だから、教えてあげたの。私だってクンカクンカされるのは気持ち悪いし」


 納得した。そして俺の、ヘイゼルさんへの信頼感はさらに高まったのだ。


 俺たちはその後も順調に進むことができた。荒野には魔獣と呼ばれる魔力を使う獣の類がそこそこ徘徊しているらしいのだが、幸運にも遭遇する事はなかった。

 

 日が傾きかけた頃に目的地へと到着した。十メートル以上もある高い城壁が道を塞いでいる。そこが関所を兼ねた城塞都市、リドワーン城だった。

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