第25話 大脱出

 裏口から出たはずだ……しかし塀しかない。裏門のようなものなど何処にもなかった。もし門があれば、連中はそこを狙うはずだ。見えない門があるってのはかなりイケてる。ここには誰もいない。


「どっちに行くんだ? 西か北か?」

「東よ。ラグナリアへ向かって」

「何だって?」


 ザーフィルは立ち止まって振り向く。驚いた表情で……馬なのに表情がわかった……シャリアさんを見つめた。


「東へ。でもその前に、私たちが逃げたって、あの人たちに教えてあげないと。ねっ」

「大サービスだな。シファー、行くぞ」

「わかったわ」


 グレーの鳥、シファーはエリザを背に駆け出した。その後を黒い馬、ザーフィルが追う。二頭とも速い。


 俺たちは協会の北側にいたのだが、二回ほど右折して南側、正門の方へ向かっていた。傭兵が数十名ほど、門の前に集まり、丸太を突いて門を破ろうとしていた。


「クソ。防御魔法が掛けてある。いくら叩いてもここは破れないぜ」

「仕方がない。私がやる」


 不揃いの甲冑を身に着けている傭兵団の中に、一人だけ平服の男が門の前に進み出た。こいつは多分、聖騎士団の人間だ。


 そいつは剣を抜いて片手で八の字に振り回した後、両手に持ち替えて正面に構えた。いわゆる正眼ってやつだ。そして空中で五芒星の形に剣を振ると、オレンジ色に光る五芒星が浮かび上がった。


 奴は剣を上段に構えた後、気合を込めて振り切った。するとオレンジ色の五芒星は眩しく輝きながら門へと吸い込まれ、激しく発光した。


 周囲に轟音が響き渡り、爆風のようなものも広がった。周囲の傭兵も爆風に煽られていたし、俺自身も突風に煽られた。あの男が何か、剣と魔法を合体させたような凄まじい攻撃を放ったに違いない。だがしかし、門は壊れておらず健在だった。


「防御結界を破壊した。普通に壊してしまえ」


 数名の兵士が丸太を抱え、今まさに門へと突進しようとしていたのだが、エリザは既にその丸太に向かって突進していた。鳥のシファーは器用に人を避けつつ、全速で走っているようだ。エリザは拳大の小さな壺を二つづつ両手に抱えていた。計四つの壺を丸太に向かって放り投げた。


「いつの間に外へ出たんだ。この魔法使いが!」

「囲んで取り押さえろ」

「獣人だから気を付けろ。素早いし力も強い」


 エリザを囲もうとしたその時、四つの壺が割れて激しく発火し始めた。それは火というよりは激しい火花のようだった。


「うわ。こりゃなんだ」

「熱ちっ。火薬だ」

「水かけろ」


 激しい発火を目の前にしてその場は混乱した。エリザを捕まえようとする者、火を消そうと布を被せようとする者、水をかけて消火しようとする者など様々な行動を取った。全員が一致してエリザを捕まえようとしたなら逃げらるのは難しい。しかし、統率が取れていない集団から逃げるのは容易いのだろう。


 エリザは悠々と、少し離れた場所にいた俺たちの所へと戻って来た。数人の兵士が追って来ていたが、エリザは再び小さな壺を放り投げた。二個だ。


 その壺は路面に落ちてから割れ、例の激しい火花を発した。それに怯んだ兵士を笑いながら、エリザとシファーは東へと走り始めた。


「行きましょう」

「ああ」


 シャリアさんにザーフィルが応え、黒い馬は颯爽と駆け出した。その加速は惚れ惚れするような力強さだった。


 背後からは馬に乗った兵士が追いかけて来たし、弓で撃たれたりもした。しかし、ザーフィルとシファーのスピードが勝っており、矢は届かなかったし連中は徐々に離されていった。


「このまま竜の門へ向かっていいのか?」

「ええ、お願い。竜の門を通過したら適当な場所で休憩しましょうね」

「わかった」


 エリザとグレーの鳥シファーが颯爽と駆ける。シファーは時折、小さな飛べない翼をはためかせたり、体を捻ったり、ちょっとジャンプしたり、とにかく楽しそうに走っている。俺たちの乗っているザーフィルはその後を軽快に駆けていく。彼は遊んだりせずに一定のペースを刻んでいるようだ。蹄鉄が石畳を叩くリズムは安定している。


 ここは王都だ。それらしい立派な石造りの建物が並んでおり、大通りも石が敷きつめてある。馬や馬車が行き交っており、シファーのような鳥も二足歩行の恐竜らしき生き物も走っている。俺の拙い記憶によれば、そいつはジュラシックパークに登場したディノニクスだ。人食い恐竜のイメージしかないそれに人が乗っているのだから驚きだ。


 行く手にはやや大きめの川があった。そこには石造りの立派な構造物があった。


「アレは? 何の建物? 向こうは川みたいだけど」

跳開橋ちょうかいきょうだ。大掛かりな跳ね橋だよ。知らないのか?」


 シャリアさんに聞いたつもりだったのだが、ザーフィルが答えてくれた。大掛かりな跳ね橋……ロンドンのタワーブリッジみたいな奴なのだろうか。あの橋は当初、蒸気機関で稼働させていたという話を聞いたことがある。もちろん、実物は見た事も無いし類似の橋も見た事は無い。俺の地元には旋回橋というものがあった。橋げた部分が水平に旋回して船舶を通す形式なのだが、実際に稼働した場面を見た事は無い。


「あんな大きな可動橋を見た事が無かったもので」

「そうか。そうかもな。我が国でも最大の橋だし、ラグナリアやレグリアスにも同規模の橋など無い」

「そうなんですね。でもこれ、凄いなあ」

「ああそうだ。我が国の建設技術の粋を集めで建造された橋だ。可動機構にはもちろん魔法を使っている」

「やっぱり凄いなあ」


 凄い凄いと連発している自分の語彙力が乏しい事に気づくのだが、これは仕方がない。橋の両側には5階建てのビルに相当するような構造物があり下側には検問所のような施設も併設されていた。その建物の中に橋げたを上下させる為の機械類が設置されているのだろう。そして当然の如く、身分証のようなものの提示を求められていた。


「俺、身分証とか持ってないんですけど。どうするんですか?」

「大丈夫よ。エイリアス魔法協会の紋章を見せれば簡単に通過できます」

「え?」

「本当だ。こんな程度でオロオロするんじゃねえよ」


 エイリアス魔法協会って何気に凄い所だったのか。いや、王都で医療を受け持っていて、聖騎士団の医療部門も引き受けているのだから当然なのかもしれない。


 エリザが何か手帳のようなものを見せて係員に説明をしている。係員は俺たちの人数を確認してから、すぐに通してくれた。橋げたは木製で、蹄の音がポコポコと響くのが新鮮だった。


 俺たちが橋を渡り切ったところでカンカンと鐘が鳴った。何か向こう岸でざわついていたが、橋げたがグググッと持ち上がるのが見えた。

 

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