第24話 囮作戦発動

「うわ! 流石です。本物そっくり」

「でしょ。この体はちょっと重いけど……」


 イチゴそっくりに変身したシャリアさんだ。服装は元のまま。つまり青い僧職の服なのだが、何故か服のサイズも大きくなっているのが不思議だ。彼女は自分で自分の胸を下から抱えてゆさゆさと揺らしている。


「この胸元は破壊力があるわ」


 それには禿同。俺の視線にお構いなく、シャリアさんは自分の巨乳を揺らす。そして次はお腹周りを撫でてから横腹の肉をつまんだ。


「もうちょっと、痩せた方がいいわね。色々落ち着いたら、イチゴ姫にはダイエットを指導しましょうか。このぜい肉はどうにかしたいわね」


 女性同士ならではなのか。ずけずけと腹の肉について語っているシャリアさんに、エリザもうんうんと頷いているのだ。これ、俺的にはイチゴに大変失礼だと思った。


「じゃあ出かけましょうか。壮太君も来る?」

「はい。行きます」


 妙な事に巻き込まれた気はするが、俺に選択の余地はない。イチゴに化けたシャリアさんに俺がくっついて行けば、囮としては完璧だと思うからだ。


「それじゃあエリザは水筒に水を用意して。三人分」

「わっかりました!」


 エリザが部屋を飛び出していく。シャリアさんは戸棚の中から紙に包まれた四角い何かを取り出し、それをリュックに詰め込む。


「それは何ですか?」

「レーション、非常食よ。各部屋に常備してある」

「なるほど」

「壮太君、これ、お願いね」


 そしてそのリュックを俺の背に背負わせる。意外と大きいし重かった。


「お待たせ」


 颯爽と部屋に戻って来たエリザだ。彼女は金属製と思しき水筒を三つ持っていた。それには皮のベルトが付いていて、俺の首に下げてくれた。


「何だか遠足みたいだね」

「エリザ、遊びじゃないの」

「わかっています、シャリア様」


 遠足気分でウキウキしているらしい。ニコニコ笑いながら腰に短めの剣を吊るした。


「エリザ……君は剣を扱えるのか」

「まあね。騎士団の連中とやり合うには力不足だけど、その辺の盗賊相手なら私の方が強いよ」

「本当?」

「うん」


 突然エリザはシャキンと剣を抜き、数回ほど振り回す。


「エリザ。部屋の中で剣を振り回さないで。危ないから」

「はーい」


 にっこりと笑いながら返事をするエリザ。軽やかな剣さばきで腰の鞘へ戻した。エリザは剣の扱いにかなり慣れているようだ。


「じゃあ裏口から出ましょうか」


 シャリアさんに誘われて部屋を出ていく。音が出ている方向、正門とは逆の裏口へと向かう。一旦建物の外へ出てから、別の簡素な建物へと入って行った。そこはうまやのようで、何頭もの馬や見た事がない動物が繋がれていた。


「おい、シャリア。この騒ぎは一体何なんだ?」


 突然背後から声を掛けられた。野太い声だ。


「ごめんなさいね。ザーフィル」


 声の主は大きな漆黒の馬だった。毛足が長く、艶のある黒い毛並みが美しい。この馬が喋っているのか?


「ちょっと事情があってね」

「事情? あ、お前、シャリアじゃねえのか? 匂いはシャリアだが……メチャ太ったな。どうした? 妊娠ってやつか? あ、髪の色も違うし瞳の色も違う。何なんだ?」

「だから、事情があるの。イチゴ姫の事、知ってるでしょ?」

「おお、聞いたことがあるぞ。王国の機密を秘めた姫君。最近行方不明になったのではなかったか? ああ? その恰好……イチゴ姫に化けたのか? そうなんだな」

「そうよ。今、傭兵がイチゴ姫を奪おうと正門を壊そうとしている。だから、囮作戦で敵の目をそらすの」

「なるほど。行く当てはあるのか?」

「ええ」


 シャリアさんとザーフィルと呼ばれた黒い馬が喋っているのだ。とにかくビックリしたのだが、虎獣人のエリザとの比較で言うなら、喋る馬の方が違和感が少ないかもしれない。


「どうしたの? もう、この子たちを落ち着かせるので精一杯。あの騒ぎをどうにかしてくれないかしら」


 もう一人、いや、もう一頭来た。馬かと思ったらそいつは鳥だった。ダチョウのような大きな鳥。グレ―を基調にしているが頭頂部の白と赤い羽毛が目立つ。何故か分からないがこの鳥は美女だと直感した。


「シファー。この騒ぎはイチゴ姫の件らしいぞ。彼女を奪いに来ている」

「そうだったの。で、協会としてはどうするの? 戦うの?」


 巨大な美人鳥がシャリア質問している。シャリアさんはその鳥の首を撫でながら首を振った。


「戦いません。イチゴ姫を安全に逃がす方向で対処します。その為に私がイチゴ姫に変化して囮となり、姫の安全を図ります」

「なるほど……変化してたんだ。顔と匂いが一致しないって思ってた。で、逃げるんだね」

「任せろ。空でも飛ばない限り、俺に追いつける馬はいねえ」

「私も行くよ。こんなにウキウキするのは久しぶりだ。エリちゃん鞍を付けて」

「わかりました!」


 虎獣人のエリザがダチョウよりも大きな鳥、シファーに鞍を付けている。肉食動物そのまんまのエリザが鳥の世話をする姿は何故だかシュールだ。


「俺の方も頼むよ」

「ええ、任せて」


 今度は俺とシャリアさんで黒い馬、ザーフィルに鞍などの装具を取り付けていく。彼女は手慣れた感じでテキパキと作業をしている。俺は動物の世話などしたこともないし、馬の装具がどうなっているかなんて全く知らない。この異世界の装具が、俺たちの世界の装具と同じなのか違うのかもわからない。


「できたわ。じゃあ、私と壮太君がザーフィルに、エリザはシファーに。いいわね」


 乗る……と言ってもどうすればいいのだろうか。オドオドしている俺を見かねたのか、ザーフィルが膝を折ってしゃがんでくれた。


「坊主。馬に乗るのは初めてか?」

「はいそうです」

「後で練習しとけよ。俺が付き合ってやるから」

「ありがとうございます……」


 何だか格好悪い。俺はゆっくりとザーフィルの黒い背に跨った。そして、シャリアさんは俺の後ろに跨る。


「じゃあ立つぞ。手綱を離すなよ」

「はい」


 ザーフィルは俺とシャリアさん二人を乗せたまますくっと立ち上がった。この力強い感覚は頼もしい限りだ。エリザは既にグレーの鳥、シファーに跨っていた。


「さあ行きましょう。裏口の結界を解除します」

「わかった」


 厩を飛び出したザーフィルは裏手の塀へ向かって走り出した。後ろからはシファーが追いかけてきている。目の前は塀だ。扉は無いのだが、ザーフィルは遠慮なく加速していく。


 ぶつかる!

 そう思って目をつぶったのだが、何の衝撃も無かった。よくわからないが、ザーフィルとシファーは塀をすり抜けて裏の通りへと出ていたのだ。

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