第65話 生きる上でもっとも必要なこと
人は歳をとるごとにドーパミンの放出量が減っていき、以前やっていたことがだんだん楽しめなくなるという……。
明け方の今、まさにそれを実感し、黄ばみを帯びたスーパーファミコンのコントローラーを足元に置いた。
電源を切り、賑やかだったテレビを消した。背を向けてふてくされた気分で寝転ぶ。
カーテンにはうっすらと光が染み込み、もうじき太陽がうるさい顔を見せることを伝えていた。
開け放しだった押し入れを足先でそっと締め、あとで読むつもりだった埃のつく漫画たちに冷めた視線を送る。
カレンダーは今日、俺が三十路になった日付を見せ、まるで高みからさげすんでいるように映った。
せっかくの休日、特にやることがなく、暇つぶしの方法を失い、自分はこの先どうなってしまうのかと不安が風のように胸中をかすめていく。
これより四十、五十と歳を経ててゆき、休む間もなく繰り返されるであろう日々の中、俺は自身を誇りに思えるだけの功績など得られず、人生の終着点にたどり着くのだ。
死──。
そうだ。死は衣食住と同じほどに、人間にとって切り離せないものである。
思考の底から過去の記憶が蘇ってきた。漁礁となった沈没船が浮き上がってくるような感覚で、俺はため息とともに目を閉じる。
幼小中とたどってゆき、いつのまにか大人になった自分がいた。いろいろと回想していくうちに、記憶が一年前まで進んだ。
去年の冬の深夜だった。突然、過呼吸を起こした。ありえないほどの恐怖にさいなまれ、誰にともなくみじめな態で救済を願った。
発作が引いていくのを実感できた時は、恥も外聞もなく崇拝したことのない神に向けて、くりかえし感謝の意を述べた。
のちにそれがパニック発作であると診断を受け、二回目の発作のあと死について深く考えるようになった。
テーマは、いかにして死の恐怖を克服できるかである。
まず人は寿命たるものがいつやってくるのか予測できない。
ならば常に楽しいことに傾倒すれば、いずれやってくる死の恐怖に対して強くなれるのではないかと考えた。
そう思い立ち、実際に苦悩なものは極力避け、欲望の赴くままにやりたいことだけをやった。
働くことをやめ、貯金を切り崩して生活し、寝たい時に寝、食いたい時に食い、欲しいものは迷わず買って部屋を自己流の安息地に変えた。
だが違和感があった。そしてこれは逆に生に執着する行為だと知ったのだ。
幸せなことにこだわると、かえってこの世に未練が出来、往生する際に恐怖が強くなってしまうことを予感したのだ。
そして今後の展望にかすみがかかってしまい、眠れぬ夜を幾度も過ごした。
睡眠不足のなか、一応働き口は見つけた。
だが運送会社のバイトは労働と対価が釣り合わず、仕事にもやりがいを見いだせないため、ただただつまらなかった。
疲弊した目で時計を何度も見ていたら、うるさがたの上司に叱られた。
それでも毎日振り子のように働くのは単に生活費のためである。貯金はしない。
なぜなら金などいくら貯めてもあの世にはもっていけないからだ。
富豪などの金持ちだって死ぬときは手ぶらで旅立つ。たくわえた財産というものは、あっさりとこの世から切り離され、裸同然でどことも知れぬ場所へと果ててゆく。その際は貧乏人も金持ちも平等なのだ。
俺はそんな調子で毎日を過ごした。
追い込まれた気持ちで、あの世を誘惑するサイトを覗いた時もある。だが結局はそれを実行に移すのも才能が必要だと学んだ。
やれる奴はやれる。やれない奴はやれない。勇気とかそういう問題ではない。何事も才能なのだ──。
「……」
俺は目を固く閉じたまま、そんなことをいろいろと脳裏に浮かべていた。気が重くなるばかりで、まったく楽しくなかった。
まるで虚無という灰色の天井から冷たい雪が降ってきて、じょじょに身体に積もっていくようだ。赤く沸騰する心は沈んでゆく。
耳にすずめの声が転がってくる。もうすぐ街が動き出す。そして俺という一個体を置き去りにしたまま、数多の人間がこの街の空気を作為的にかきまぜるのだ。それは強くもなく弱くもない地球の一部の脈拍のようである。
今日も晴れるであろう空の下、俺は世間に反するようにして、これより床という寝台の上で眠りにつくだろう。驟雨を望み、聞きたくない音を消したかった。
さして疲れてもいない身体を横たえていると、眼球の奥から緊張がほどけてきた。
鼻腔の中でかすかに音がたった。鼻から息を吸うと通りが良くなっているのがわかった。
その時ふと、脳裏にひらめくものがあった。新しい考えが浮かんだことにより、心地よい旋律が流れてきた。
そうだ。恐怖と溶け合えばいい。乗り越えずに溶け合うという選択肢をとればいいのだ。
これからの数限りない人生の日々を臆病風に吹かれるくらいなら、いっそ融合してしまえばいいのだ。
俺はおもむろに目をひらいた。
視界をさまたげる雪が消えていく。白い光線が部屋に満ち満ちてきて、心の中で貴族と罪人が手を取り合って踊り始めた。
美しい朝。
黄金色の世界で鳥たちが歌をうたう。青い草原がどこまでも続き、ゆるやかな勾配に立つ塔の風車が笑顔を咲かせた。
だがすぐに、こんなことを思った。──恐怖と融合するって、具体的に何をどうすれば叶うのだろう……。
塔のてっぺんから悪魔が邪魔をする。陽気な動きで槍を振り、俺の夢見心地を壊そうと嘲笑を浮かべる。
風車の羽は大蛇に変貌し、草原が白髪に変わって世界が深淵に落ちていった。
なんともあっけない転換だった。一瞬の喜び。三日の努力で築いた結果は三日でなくなるという。そんな言葉を思い出した。
俺は自己をはるかに超えた運命という権威に怯え、やるせない気分で壁を見つめた。
そのまま眺めていると、部屋がだんだん陰ってきた。重く感じる首を巡らせて、何事かとあたりを確かめた。もう日暮れが近づいているのがわかった。「まじか……」
そうして一日過ごしたことによって、気付いたことがあった。結局人は、考えてはいけないのだ。
いや、人というかたちで一括りにするのではなく、たんに『俺』は考えてはいけないのである。
考えるとかえって事態が悪化する。袋小路の状態で頭を使っても邪まな気持ちにさいなまれるだけだ。
よって俺は、ただじっと呼吸だけをして何も考えずに日々を過ごすのがもっとも正しいのだ。そうだ。それが真実。
頭を使うのは頭のいい人間だけがやればいい。頭のいい人間にそれを任せる。
だから俺はやらない。考えてはいけない。俺が考えると運気が下がって悪いことがやってくる。
考えずに耐えることが俺という人間の宿命なのだ。
だから思考を止めて、あらゆることに我慢をしよう。なにかと耐えることが俺という人物に課せられた役目だ。
以前何かの本で読んだ覚えがある。そこにはこんな立派な一節が記されていた。
我慢すれば、徳が積まれ、運が開けると──。
この言葉を念頭にしてこれから生きるとしよう。我慢。我慢がもっとも重要である。俺のような人間は我慢をする姿勢がお似合いなのだ。
「……」
そういえば今日は何も食べていない。
空腹でいつづけるのも悪くはないが、なんとなく気になって落ちつかない。そろそろ何か食っておこう。
俺は服を着替えてコンビニに向かった。
レジ袋を手に帰ってきたあと、狭い部屋の中央にどっかと座り、あつあつのシャケ弁当のふたをひらく。
「おおっ」
昇ってくる飯の香りに気分が高揚した。箸を割ってペットボトルのお茶を一口飲んだ。
箸で白米をすくい上げた。口に入れて湯気を出しながら、甘くてしょっぱいシャケの身を割ってさらに口に含んだ。
そうして味わっていると、先ほど決意したはずの我慢がどうのという考えは、どこかへと飛んで行く。
「めし、うめー」
そうだ適当。適当でいいのだ。あれこれと規則を作って生きるなど、せせこましくなって人生が楽しくならない。
我慢などやってられない。俺は適当に生きるぞ。適当が最高だ。真理だ。
──などと、弁当を食いながらおやつのケーキをちら見してほくそ笑むのであった。
俺は飯は偉大であると実感したのである。
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