第58話 払拭

 

 七年付き合った彼氏に突然、別れを告げられた。

 高校からの付き合いだった。私はショックを受けて言葉が出てこなかった。

 相手は職場の後輩だという。私よりも若く、性格も合う仲で、すでに身体の関係になっていると。

 私は泣き崩れた。

 そして彼は、新しい女のもとへ行ってしまった。残された私はストレスの影響で会社を辞めた。アパートの部屋から出られなくなった。

 思い出のアルバムを抱きながら、毎日泣いて過ごした。ご飯はのどを通らない。肌は荒れ、どんどん痩せていく。

 やがて二か月が経った。

 友達がまめにやって来て、優しく励ましてくれたこともあり、私はじょじょに立ち直っていった。

 ある日、食事をしている途中、友達がこんなことを言った。

「美容院に行って髪を切ってみたら? 気分がスッキリするよ」

 彼女の経験談だという。たしかに一度彼女が失恋した時、髪を切って吹っ切っていたことを思い出した。

 そして私はひとりで美容院に向かった。手入れを欠かさない自慢のロングヘアだったが、この際いいだろうと決意した。

 カット椅子に座っていると、感じのいいイケメンの美容師がやってきた。私はこう注文した。

「バッサリやってください!」

 意を決した口調でそう伝える。

「バッサリ……ですか?」

 美容師は、やや驚いた具合に聞き返してくる。しかしすぐにこちらの意思を察した顔になり、「わかりました」とうなずいてくれた。

 それから洗髪が始まった。頭皮に触れる指の感触が心地いい。髪を洗い終わったあと、私はうとうとと眠ってしまう。

 ──ハッと目を覚ました。

 美容師は微笑をたたえ、「お目覚めですか?」と声をかけてきた。

 どうやら終わったらしい。恥ずかしながらよく眠ったようだ。

 散髪ケープが取り払われた。私は視線を鏡のほうに向けた。

「えっ?」

 目が点になった。自慢のロングヘアは跡形もなくなっていた。……私は丸坊主に、なっていた。

 頭がまるで、たまごのようなかたちに変わっている。

 震える手をあててみた。ザラザラとして紙やすりのようだった。

 美容師の顔を見た。ほほ笑んだままだった。

 そして彼は丁寧な目礼のあと、口をひらいた。

「お客様が、『バッサリ』とおっしゃったので、その通りにしました」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る