ー5ー
「……!」
次の瞬間、中林の視界は日頃見慣れている自宅寝室の天井に変わっており、先程まで周囲を充満させていた悪臭もきれいさっぱり無くなっていた。
「悠麻君?」
いつの間にか呼吸を荒くしていた彼の隣から、最近耳に馴染んできた男性の声が聞こえてくる。その声で我に返り、自身の身体中が汗で濡れていることに気付いて重い体をゆっくり起こすと、心配そうに見つめてくる波那の姿があった。
「大丈夫? うなされてたよ」
「あぁ、夢見が悪かったみたいだ」
中林は無理のある笑顔を見せるとさっさとベッドから出る。
「風呂入ってくる、心配無いからそのまま寝てな」
口調こそ優しかったが多少突き放した言い方をすると、タンスから着替えを出して部屋を出て行った。
きっとこのまま戻らないつもりだ……そんな考えが頭をよぎった波那は、いなくなってしまった恋人の残像を寂しそうに見送っていた。
寝汗を流して風呂から出た中林は、波那の予想通り部屋に戻ろうとしなかった。彼にしてみれば体の弱い波那に変な心配は掛けたくない、それにもしかしたら眠ってるかも知れない。少なくとも余所余所しくしているつもりは無く、彼なりに恋人を気遣っての事だった。
多少眠気は襲ってきていたが、目を閉じるのが嫌でテレビを点ける。深夜の面白くないバラエティー番組をぼんやりと眺めていると、寝室のドアノブを捻る音が小さく聞こえてきた。ドアは静かに開き、枕と毛布を抱えた波那が何か言いたげな表情で立っている。
「起きてたのか?」
中林はリモコンでテレビの音量を絞るが、波那はそれに答えず恋人のいるソファに近付いてきた。
「眠れないの?」
「あぁ、シャワー浴びたら目が冴えちまって」
「そう……それなら何か飲む?」
「そうだな」
波那は枕と毛布を中林に手渡してキッチンに入る。流し台の下の戸棚から小鍋を取り出して買ってきたばかりの牛乳を入れ、砂糖を足してから火にかける。彼も自炊をするので、いつ訪ねてもキッチンは清潔に保たれていた。
中林はかなりの偏食家で、今の時代ほとんどの惣菜に苦手な肉と魚が入っているため、残して破棄するくらいならと外食や弁当を買うことは滅多に無い。
波那は恋人の苦手な食べ物を覚えながら二人で仲良くキッチンに立つのが楽しかった。中林もそれは同じ様で、料理のできる人と付き合うのは初めてだ。と嬉しそうにしてくれる。
しばらく待つと牛乳はふつふつと沸き、温めておいた二つのカップに注ぎ入れると、それを持ってリビングに入る。
「ホットミルク、お腹温めた方が眠りやすいよ」
「ありがとう」
中林は礼を言ってカップを受け取り、息を吹きかけてゆっくりと飲み始める。波那は一人用のソファに腰掛け、そんな彼の様子を見つめていた。
もしかして一人でいたいのかな? そんなことを悶々と考えながらホットミルクをすすっていたのだが、中林は垂れ流されている深夜放送を眺めていて波那の方を見ようとしない。
しばらくそうしていると、ホットミルクを飲み干した中林がようやくテレビ画面から視線を外した。
「ゴメン、何か付き合わせてるみたいで」
「そんなこと無いよ、僕も眠れなかったから」
隣良い? その言葉に中林は体をずらし、一人分座れるスペースを空けてやる。波那は空っぽになったカップをテーブルに置くと、恋人の居るソファに移動してそっと体を抱き寄せた。
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