ー3ー

「実はあなたに言ってないことがあるんだ」 

 この日波那は中林と共に美術館で浮世絵を鑑賞した。その後初めて彼の自宅に立ち寄って買ったばかりの土産菓子を食べていると、神妙な表情で話を切り出してきた。

「俺が施設育ちなのは話したけど、一時期虐待が日常茶飯事だった施設にいたんだ。その時に知り合ったハタナカってのが江戸食品にいると思うんだけど」

「ハタナカ?」波那はその名前に反応する。

「それって……」

「うん、畠中星哉。やっぱり彼のこと知ってたんだね」

「先月まで同じ部署だったから……」

 波那は畠中と中林に接点があった事実に驚いていた。

「十歳の時、そこに嫌気が差して脱走計画を立てたんだ。ところが畠中がそれを園長に密告したことで俺は勝手に首謀者に仕立て上げられて職員たちにボコられた。命は助かったけど、目の治療だけは間に合わなかったんだ」

 波那は中林の口から出た血生臭い話に絶句してしまう。彼の右目が見えなくなった理由が明かされ、返事に困った波那は中林の顔を見つめていた。

「経営実態を怪しんでた警察があの施設の悪行を公表したことで虐待からは解放されたけど、色んなトラウマを抱え込んで未だに立ち直れてない奴もいる。もう十五年経つのに……」

 見る限りその話が嘘だとは思っていないのだが、畠中が裏切り行為をしたと言うのはにわかに信じられなかった。

「そんな、畠中さんが裏切りだなんて……」

「へぇ、アイツのこと庇うんだな」

 その一言で中林の表情はすっと変わる。豹変と言ってもよかった。冷たい視線を向け、顔つきも冷淡で言葉遣いも別人の様に粗野になっていた。波那は一瞬戸惑うが何故か恐怖を感じなかったので、何とか落ち着かせようと手を握る。

「中林さん?」

「どうやら見立てはアタリみてぇだな」

 中林はその手をあっさりと払い除けると、波那の体を強引に押し倒して服の中に手を入れる。

「こんなこと、したいんじゃないよね……」

「はぁ? 俺はしたくてしょうがなかったよ。あんたアイツと寝たんだろ?」

 中林は楽しそうに言いながら手を緩めず、今度は股間に手を入れて弄ってくる。彼は長い腕で波那の体の動きを封じ、背後から馬乗りになって強引に交わると、予測していたとは言え、『処女』でないことが分かると多少なりとも嫉妬心を沸き上がらせてしまう。 

 波那は時折息を漏らしながら、体を硬直させてそれに耐えていた。するとパタリと動きが止まり、腕の中で呼吸を乱している波那をじっと見つめている。

 中林の表情は元に戻っており、腕の力を緩めて交わりを解くと波那の体から離れてゆっくりと体を起こす。少しして呼吸が整ってきた波那も体を起こし、後悔を滲ませた表情を浮かべている中林を見た。

「中林さん……」

 波那は再び彼の手を握ると、今度は払い除けずに握り返し、小さな体を抱き寄せてきた。

 その行為に急激なときめきを覚えた波那の胸は高鳴って体中が熱くなる。先程まで冷たかった中林の体も一気に温かくなり、二人は体を寄せ合って互いの体温を感じていた。

「畠中さんとのことなんだけど……」

 波那は後々のしこりにしたくなくて畠中と一度だけ関係を持ったことを正直に話し、そっと彼の背中に腕を回す。

「ゴメン、変な嫉妬して傷付けるような真似して。本当なら先に言うべきなんだけど、あなたさえ良ければ俺と付き合ってほしい」

 波那は顔を上げて中林を見つめながらうんと頷くと、その答えに微笑みを見せて波那の頬にそっと手を当て、唇を重ね合わせた。

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