恋愛編

ー1ー

 そんな矢先、職場では札幌支社の営業部課長が緊急入院する事態が起こっていた。その後任として沼口が課長に昇進して、札幌支社へ異動の辞令が下る。

 その話は彼に告げられてから数日後に通達が貼り出される。ほんの八ヶ月ほどしかいなかったが一課の主力としての信頼を勝ち取っていて、年度末を待たずにいなくなってしまうのは波那にとっても寂しかった。

 それは沼口も同じようで、実家が近くなったことと沙耶果との交際のことで転勤はゴメンだと公言していただけにこの栄転に大して乗り気ではないようだった。

 しかしそこは会社命令、退職の意志が無い以上沼口は札幌行きを決意して、沙耶果との遠距離恋愛をスタートさせることになる。


 沼口が札幌へ発ち、後任には北関東支社から係長クラスの男性社員が就任する。それとほぼ同時期に波那は庶務課へ、望月も人事課への内部異動が決まり、二人の後任には総務課から三年目の女性社員と企画課から十五年目の女性社員が加入してきた。言ってみれば毎年のことなのだが、人材が変わると職場の雰囲気も変わっていく。これがきっかけで畠中は小田原と接する機会が増え、奈良橋を始めとした女性社員との緊張状態を徐々に軟化させていく。


 営業部ほどのタイトな仕事の無い庶務課で、波那は少し気楽なオフィスライフを過ごしていた。この課には社内一、二を争う料理上手と評判の小林コバヤシまどかと言う癒し系美女が勤務していて、二人はすぐに親しくなった。彼女は調理師専門学校を卒業しており、もちろん免許も取得している。

 小林を足掛かりに職場にも早く馴染み、畠中との実らなかった恋の痛手は案外早く癒されていったのだった。


 それから少し経った三月上旬、波那は津田から老舗の遊園地に誘われる。

『男二人で行くのも味気無いし、お互い知り合いでも呼んで人数増やした方が楽しいかなと思って』

 波那は毛利を誘って現地集合する。津田は職場の後輩である中林悠麻ナカバヤシユウマという長身の男性を連れて来ており、この二人の並びはなかなか迫力があった。津田も百八十五センチほどの高身長であるのだが、中林は更に背が高く百九十センチに届きそうなほどだった。

「首がしんどい」

 波那ほどではないが決して高身長とは言えない毛利と、百七十センチに満たない小柄な波那は二人を見上げなければならず、確かに首は疲れた。

 毛利と中林は面識がある風なのだが親しくはない感じで、友達には程遠いと言う毛利の言葉通り双方とも友好的な態度を取るでもなく、ぎこちないながらも四人は行動を共にする。最初のうちは一緒に来た者同士でペアを組んでいたのだが、ジェットコースターに乗りたいと毛利が言い出したことで四人の空気が動き出した。

 波那はアトラクションに制限が生じて半分ほど利用できなかった。中林は片目が見えないので、苦手な絶叫系やお化け屋敷のような暗い演出が必要なアトラクションは不向きだった。

「それなら俺が付き合うよ」

 津田が毛利に付き合い始めたので波那は中林と行動を共にし、なるべくゆったりとしたアトラクションを選んでそれなりに楽しんでいた。

「総さんとは知り合って長いんですか?」

「えぇ、兄の同級生なんです。中林さんも翼君とお知り合いみたいでしたけど」

「一時期ご近所さん程度の知り合いでした。歳も違いますし親しい間柄ではありません」

「そうですか」

 二人とも口下手な方で会話はなかなか弾まない。彼は畠中と同い年で波那とは五歳の年齢差があり、世間話でも多少のズレが生じて歯車が上手く噛み合わない。それでも波那は中林に対して比較的好印象を持っていて、一緒にいるとむしろ不思議と安心感があった。

「小泉さん、今お付き合いされてる方はいらっしゃるんですか?」

「いえ、いませんよ」

 波那は頭の中でちらつく畠中の残像を払いのけ、彼は関係無いと言い聞かせながら顔では笑顔を作っていた。中林がなぜそんなことを聞いてきたのか、この時は全く気に留めずに軽く受け流してしまっていた。

「それでしたら今度の休みに何処か行きませんか?」

「良いですよ」

 波那は婚活を休業していて時間があるので、その誘いを受けてここで連絡先を交換する。

「場所はリサーチしておきます」

 二人がようやく打ち解けてきた頃には津田と毛利もすっかり意気投合しており、帰りは全員で津田の車に相乗りして帰路に着いた。

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