ー13ー

 そんな状態が何日も続いたことで畠中の本心が見えなくなった波那は、このまま信じて待つよりも、遊びだったと割り切ってしまった方が楽だと考えるようになっていた。そう思うことでまだ彼に惹かれている気持ちを一生懸命鎮めようとしていたのだが、ある日それが体にも影響を及ぼしたようで体調を崩してしまい、自宅のベッドで横になっている。

「何やってんだろ……?」

 本来なら病院へ行くところだが、この日は主治医のおじいちゃん先生が知人の葬儀に行って不在だったため自宅療養で様子を見ることにする。幸い麗未が休みで家におり、心細さからは回避された。

 夕方になって早苗がパートから帰宅した頃小泉家に来客があり、麗未が出るといつぞやの変質者こと畠中が手土産を持って玄関前に立っていた。

「あっ! ついに出たな、変質者」

 誰が変質者だ? 波那の家族を相手にムッとする畠中だったが、まずはきちんと名乗って汚名を返上しようとする。

「江戸食品の畠中と申します。本日は営業一課を代表してお見舞いに伺いました」

 課を代表してと言うのは嘘だったが、とにかく一目でも波那の顔が見たい……畠中の頭の中はそれしか無かった。

「えっ?」

 麗未はまさか弟の同僚だったとは思わず、波那と同じ大きな瞳をぱちくりとさせている。

「弟がお世話になっております……少々お待ちください、本人に訊ねてきます」

 彼女はまだ信じていないのか、畠中をその場に残して二階に上がっていく。

「波那ぁ、会社の方がお見舞いにいらしてるよ」

 麗未はそう言いながら部屋のドアを開けると、波那は玄関の様子を気にしてか入口付近に立っていた。

「畠中さんって方、通して大丈夫?」

「うん……」

 波那が頷いたことでようやく二階に案内された畠中だが、ここへ来て変な緊張をして部屋に入るのをためらってしまう。ドアを挟んだ向こう側にいる波那もまた落ち着かない様子で彼との対峙を待っていた。

「畠中です。いきなり押し掛けてゴメン」

 すると小さな音を立ててドアが開き、部屋着姿の波那が気恥ずかしそうに顔を出してきた。

「わざわざありがとうございます、課を代表してなんて……」

「あれは嘘、そう言えば上がらせてもらえると思って」

「そうですか……どうぞ」

 波那は畠中を招き入れたが、何となく気まずくて会話が全く弾まない。その重い空気を打破するかのように、早苗が二人分の紅茶を持って部屋に入ってきた。

「本日はお忙しい中お見舞い頂きありがとうございます。娘の失言、大変失礼致しました」

「いえ、こちらこそ夕食時に突然押し掛けて申し訳ありません」

 畠中はすっかり恐縮して頭を下げる。

「ごゆっくり」

 早苗が部屋を出ていくと、二人は何となく顔を見合わせた。

「お母さん、若いな」

「そうですか? 今年還暦ですよ。でも八人産んだ割には若いかも知れませんね」

「八人? さっきの姉さんの他にあと六人いるのか?」

「はい、あと姉が二人と兄が四人います。皆結婚したり独立したりしていますが」

 やっぱりたくさんの愛情を貰って育ってる……畠中は大家族で育った波那のことがほんの少し羨ましくなった。と同時に自身では波那に相応しくない、先日持ち合わせたくすぶりを再燃させていた。

「僕は運が良かったんです、小泉家に引き取られなければ施設行きでしたから」

「えっ?」

 畠中はその返答を予測しておらず、波那のくるくるした瞳を凝視する。

「実の母親は僕を産んですぐに亡くなりました。偶然隣の病室で双子を出産予定の母も後に産まれた子が死産だったんです。変な話それが縁で身寄りの無い僕を引き取って、下にいる姉と双子として育てられました。親戚の皆にも受け入れてもらえて、実母の供養もしてくださるんです。病気持ちの余所の子を育てるなんてなかなかできることじゃありませんから、この家の方々には本当に感謝しています」

「そうか、良いご家庭だな」

「そう思います」

 波那が見せた柔らかい表情に畠中の心が疼き、話したくもないはずの身の上話を始めてしまう。

「俺は父親の育児放棄と継母の幼児虐待で、七歳までは母方の祖父母に育てられた。でも災害事故で俺だけが助かって施設に引き取られたんだ」

 父親は多分どこかで生きてるよ。畠中は波那の顔をまともに見ることができなくなる。同じ孤児でこうも違うものなのか? と自身を卑下する思考が頭の中を支配し始めていた。

「父親はその後再婚してきょうだいってやつも居るらしいけど、顔も知らないし会いたいとも思わない。こんな俺なんかとじゃ波那とは釣り合わねぇ、最近そんなことばっか考えてるよ」

「それは『家族』ではありません、例え短い間でもお祖父さんとお祖母さんが『家族』なんです。そちらを大事にしませんか?」

 波那はとっさに畠中の手を握ったが、その手は冷たくいくら握っても温かくならなかった。畠中は身の上話に及んでから波那の顔を一度も見ず、自身を蔑む感情と波那を思う気持ちの狭間で必死に戦っていた。

「頭では解ってる、でもあの男が父親である事実がどうしても邪魔するんだよ」

 彼は少し混乱していた。見舞いに来ているはずが、これでは体調不良の波那に心配を掛けている状態だった。

「これじゃどっちが病んでんだか分かんねぇな……ただ俺はちょっと後悔してんだ、自分のエゴで波那を汚しちまった感覚に陥ってる」

「畠中さん……」

 波那はその言葉に失望して手を離してしまう。

「ごめんなさい、あなたとはお付き合いできません」

「そうか……」

 手を離された畠中は寂しそうな表情を見せるも、交際を断られるのは予測していたようだった。

「帰るわ」

 彼はすっと立ち上がって部屋を出ようとする。

「畠中さん、僕は後悔してません」

 波那も慌てて立ち上がる。その声に振り返った畠中は小さな体をそっと抱き締めていた。

「そんな気遣わなくていい」

「正直な気持ちです、汚されたなんて思っていませんから」

 波那も畠中の体に腕を回すと、しばらくそのままお互いの体温を確かめ合っていた。

「ありがとう」

 その言葉を合図に二人は腕をほどき、ほんの短い口づけを交わした。波那は畠中と共に玄関先まで出ると、姿が見えなくなるまで見送っていたのだった。


 畠中への恋心にエネルギーを使い過ぎた波那は、このところ婚活に消極的で休日はぼんやりと過ごすことが多くなる。

「波那、最近おかしいね」

 そんな弟を麗未は心配そうに見つめている。

「そっとしてあげなさい、今は休む時なのよ」

 早苗は静観すると決めているようで、それ以上のことは何も言わなかった。

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