ー12ー

 翌朝、波那が目を覚ました時には畠中の姿は無く、一瞬慌てて彼を探したが数日前課長から休日出勤を言い渡されていたことを思い出し、そっか……と一人納得する。

 シャワーでも浴びようかな? 頭ではそう考えていたのだが、昨夜の情事で疲労困憊だった波那は体を起こすことができずベッドに潜り込んだままだった。その時のことを思い出していると、畠中の逞しい体の感触と熱気が蘇って欲情しそうになり、誰に見られている訳でもないのに急激に恥ずかしくなって一人赤面してしまう。

 波那は体を包んでいる掛け布団を掴んで体を丸くする。心臓はドキドキと高鳴り、早くも畠中の体が恋しくなる。たった一晩で身も心も彼でいっぱいになっていることに気付いてまたまた恥ずかしくなってしまい、今度こそシャワーを浴びようと脱ぎ捨てられた寝間着を羽織って布団をめくる。

 ようやく体を起こした波那は、すぐ側のテーブルに置いてあるメモに気付き、腕を目一杯伸ばしてそれを掴み目を通す。これまでほとんど見たことが無かった畠中の細長い右肩上がりの文字で、『先に出る』と書かれてあり、その下に連絡先も記されている。波那は荷物を置いているソファーに移動して鞄の中からケータイを取り出し、早速そのアドレスに自身の連絡先を入力して送信する。

 男性である畠中と交わり、未体験のことに戸惑う波那を優しく愛してくれた彼に今は少なからず惹かれている。しかし予測していなかった事態が現実となり、先の事など全く考えていなかった波那は、週が明けてからの気まずさが頭をよぎって、どうしよう……と悩み始めていた。


『あの女がどうしてああなった、教えてあげよう』

 低いドスの効いた女の声が畠中の耳の中で鳴り響く。休日出勤を終えて帰宅の途に着く代替バスに揺られ、軽い寝不足と仕事の疲れで微睡みかけた中で慌てて目を開けた。それを悟られたくなくて気持ちを乱しながらも平静を装っていたが、そのことを気にしている者は誰もいなかった。

 彼もまた波那と同じように昨夜のことを考えていた。確かに彼は可愛いし、本音を言えば昨夜のうちに再度交際を申し込んでおきたかった。しかし自身は施設育ちの孤児で、劣悪な環境の所に居た時期もあってお世辞にもまっすぐ素直に成長したとは言えなかった。

 そんな自分が波那と交際することによって傷付けやしないだろか? どう見ても愛情いっぱいの中で育ったであろう彼を愛して良いものなのか? 自ら告白をして体の関係を持ったにも拘らず、ここへ来て自身の履歴が波那に相応しくないのではないか? と悩み始めていた。

 この時既に波那からの返信はあったのだが、余計なことを考えたせいで取り扱いが分からなくなってしまい、結局何もしないまま休日は過ぎていったのだった。


 そして週が明け、火災でストップしていた交通機関もどうにか復旧して、ほとんどの社員が普段通り出勤してきた。波那と畠中も問題無く出社し、職場の同僚として顔を合わせる。

「「おはようございます」」

 二人は普通に挨拶を交わして普通に仕事をこなしながらも、背中合わせのお互いの存在が気になって仕方がなかった。できることなら今すぐにでも体を寄せ合いたい。しかし職場でそれが叶うはずも無く、変な緊張感も手伝ってこの日は挨拶以外の言葉を交わさなかった。

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