最終章ー9 対策協議、そして予告
「やあ、お疲れ様。ビールでいいかな」
夕方の七時。さいたま新都心駅近くの居酒屋にて二人は合流していた。
「すみません、主任」
着席するなり、頭を下げる桃瀬を榊は止める。
「手がかりは無かったのだろ? そんな恐縮しなくていい」
「え? わかっていたのですか?」
「ああ、封印しかないと聞いたのだろう?」
「はい……」
「まあ、そうだろうな」
「教授は雄太さんを助手にしたかった、人間に戻せないかと今も悔やんで研究を続けていました。現時点では難しいみたいですが」
「ああ、兄は本当に愚かだ。家のことは俺は無関心だったし、後継者争いなんて最初から無かった。それに目をかけてくれた恩師、どれも彼の目に入ることはなかったのだからな」
「雄太さんは対決の準備をしているのでしょうか」
「今までのパターンからして、また何か外来種精霊を率いてくるのだろうな」
「うーん、ナマズを動かして地震、イフリートを操って火災、インキュバスは私個人への攻撃だからノーカウントとして、派手に災害を起こす傾向がありますね」
桃瀬は店員が持ってきたビールを受け取り、軽く乾杯して飲み始める。
「自己顕示欲が強いのさ。強大なモノを従えている俺ってやつ」
榊が刺身を箸にとってぼやくように口にする。
「また、予告してくるのですかね」
「むしろ、その方がやりやすいな。外来種精霊絡みならこちらも動けるし、武器の使用申請も出せる」
「でも、最近は事後報告の上申書ばかりですね」
「ああ、桃瀬君が来てからは10条3項精霊が圧倒的に増えてしまったな」
「私、やっぱり何かを引き寄せるのですかね」
ガックリと項垂れる桃瀬に榊は優しく諭す。
「俺が異動するまでは守ってやるさ」
……この人、堅物な割には、無自覚に乙女ゲーの登場人物みたいな台詞を吐く。何らかのフラグが立ちそうだと桃瀬は思ったが今は対決の方が先だ。
「柏木さんにはどう話しますか?」
枝豆をつまみながら桃瀬が尋ねる。
「難しいな。天狗は古代に中国から渡ってきたと言う意味では外来種だ。しかし、仏教の影響も受けて日本に定着した。千年以上経っているからほぼ在来種だ。そうなるとうちの仕事とは言えなくなるからな。それにあいつも立ち会いたがるだろうが、三人揃って対決の場に行くと、万一の時に精霊部門が誰もいなくなって機能がマヒする。それは避けなくてはならない」
万一、という部分に榊は言い淀んだ。今までよりも、より一層危険ということだ。
「桃瀬君、本当に立ち会うのか? 危険だぞ」
「沢山の人を犠牲にしてまでこの世界を作った張本人を封印するところを見届けたいのです。そんなことでは兄さんは帰ってこないけど、一つの区切りとなります」
桃瀬は俯いて泣き始めた。
「本当に優しい兄だったのです。将来は環境省へ入って自然保護の仕事に就きたいと目を輝かせていました。それが、あの震災で崩れたブロック塀の下敷きとなって……。せめて兄の夢を代わりに叶えてやりたくてここに入ったのですけど、まさかこんな因縁があったなんて」
「本当に済まない」
「それは主任が謝ることではありませんよ」
桃瀬はメイクが崩れないように、そっとティッシュで目頭をあてる。コンタクトレンズを直す仕草をして落ち着いた桃瀬は改めて尋ねた。
「それよりも、主任。封印と言っても、何を使って封印するのですか」
「水晶を使おうと考えている。」
「やはりパワーがあるからですか?」
「いや、それより安定性だな。原発の放射性廃棄物も最終的にはガラスにして地中深く埋める。ガラスが採用されている理由も千年たっても変質しない安定性があるからだ。正倉院に収められているグラスを見ればわかるだろ?でも、古代や中世はガラスなんて手に入らないから水晶を使ってきたのだろう」
なんとも現実的な理由だ。ガラスの代わりに水晶って逆な気がする。
「なんだか、妖怪と核廃棄物が一緒って身も蓋も無いですね。ならば、封印の媒体はガラス玉でもいいのですかね?」
「うーん、さすがにそれは、様にならないな」
「確かに浮き玉やら江戸風鈴に封印なんて様になりませんね」
自分で言ってておかしくなったのか桃瀬は吹き出す。
「はは、確かにそうだな。いや、風鈴なら一年中ガラガラ鳴らしてやかましくさせてやるのもいいな」
つられて榊も笑いだす。
「主任、またドSの顔になってます」
「いけね」
できれば、対決が終わったあともこうして彼女と飲んでいたいものだ。今度は他愛の無い話がいい。クリスマスの時はどうなっているのだろうと思う。
その時、榊のスマホが着信して鳴り響いた。
「柏木からだ。ちょっと出よう。桃瀬君は黙っていて」
そういうと榊は電話を受けた。
「もしもし、榊です」
『主任、お疲れ様です。桃瀬ちゃんと飲んでいる所を悪いのですけど』
「な、なぜバレた?!」
『って、本当に飲んでたのですか。突っ込み入れたいけど本題へ入ります。退庁前にメールボックスをチェックしたら、その中に奇妙なメールがありました』
「奇妙な?」
『はい。内容が『榊へ。ビッグ・ウォーター・マンを連れて明日の夜8時に荒川彩湖公園で待つ Y』とだけ。検索すると観光地やホテルの案内しか出ないのですが、何となく引っかかってすぐに連絡しようとかと思いまして』
「……いや、それは外来種精霊だ。ちょうど桃瀬君とそれとYについての対策協議をしていた。連絡ありがとう、柏木。これで早めに準備できる」
「主任、もしかして」
電話を切った榊に対して桃瀬が不安げに尋ねてくる。
「ああ、奴さ。急いで悠希に連絡して封印に適した水晶を明日、職場に届けてもらう」
ついに来た対決の時。榊は複雑な思いで悠希への連絡先を表示して発信した。
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