最終章-7 桃瀬の決意

「そんな……嘘ですよね」

 桃瀬はあまりのことに真っ青になって問い返す。

「いや、残念ながら本当だ。あの震災が起きた後、急いで要石を調べたら二ヶ所とも破壊されていた。大ナマズ……正しくは地下に棲む精霊だが、便宜上ナマズと呼ばせてもらう。それがいるという伝説は本当だったことがあの震災で証明されてしまった訳だ」

「いくらなんでも……そんな……」

 蒼白な顔のまま、桃瀬は俯いてしまった。

「ただ、気象庁の見解通りさいたま市にある活断層が原因というのも当たっている。推測だが、ナマズが動いて活断層が刺激されたのだろう。ただ、ナマズの存在はあの当時は榊一族しか認識していなかったこと、公式に地震との関連性が立証できなかったことから榊一族に咎めは無かった」

「……」

 ショックが強すぎたのか桃瀬は黙りこんでしまった。

「もちろん、後始末は榊一族が総動員して行った。ナマズを討伐することはできなかったので再び引き寄せて新たな要石を打った。だから今の要石は本当は二代目だ。事実、あれで頻繁に起きていた余震が嘘のように治まった。

 しかし、精も根も尽き果てた父はこの件で引退を決めてしまい、悠希が高校卒業と同時に当主となった。大学だけはなんとか通わせてあげられたが、学生と家業の二足のわらじは大変だったと思う」

「……だから、悠希さんは私と同い年くらいなのに当主とは若いなとは思ったのですが、そんな事情があったのですね」

 ようやく絞り出すように桃瀬が言葉を出す。

「それからは知っての通りさ。精霊達が可視化され、外来種精霊が多いことに危機感を持った環境省うち精霊部門ここを発足した。実家は兄の不始末を拭うために、悪質な精霊を今も積極的に狩っているという訳だ。あいつは数年ほど鳴りを潜めていたが、俺が精霊部門に着任したのをどこかで知ったらしく、挑発を再開してきた」


 榊は語り終えて、一気にため息をついた。

「一族以外の者にこの話をしたのは初めてだな。さすがに語っている方もきつい」

「……己の欲望と自尊心を満たすためにどんな犠牲も厭わない。それは確かに人間のすることではありません」

「ああ、俺に勝ちたいという執念に凝り固まったあいつはもはや兄ではないと考えている。決着を着けなくてはならない」

「なぜ、その天狗は今まで討伐されなかったのですか?」

「理由はいくつかある。一つは天狗が在来種精霊であること、一つは震災とその天狗の行動の因果が証明できないこと。仮に証明できたとしても、どの天狗か起こしたのか特定できないとして決裁が下りないことだ」

「そんな……! こんなことでも役所の弊害があるのですね」

 桃瀬は泣き始めた。榊は済まなそうに彼女に向かって頭を下げた。

「本当に済まない、俺があの震災を引き起こしたも同然だ。君のお兄さんを死なせてしまった」

「違いますっ! 主任は、主任は何も悪くありません!」

 桃瀬は泣きながらも大きくかぶりを振る。

「ありがとう。だが、俺は弟として決着を着けないとならない。挑発には無視を続けていたが、君まで巻き込んでしまったからな。インキュバスの言う通り対決が近いと言うならば、こちらも腹を括って備えないとならない」

「主任、お願いがあります」

 俯いていた桃瀬が頭を上げる。それは何かを決意したような顔つきだった。

「私もその対決の場に同行させてください」

「いや、一般人の君は危険だ。この作業服の防御のまじないだけでは安全の保障はできない」

「いえ、同行させてください。兄さんの仇はさすがに無理でも、私は見届けたいのです」

「桃瀬君……」

「それに、対決で主任の身に万一のことがあったら、私が労災の証人となって手続きのサポートをします。だから対決するなら勤務時間中ですね」

 思わず役人らしいことを言い出すので、榊は吹き出してしまった。

「おいおい、そんな都合よく勤務時間中に対決になるか」

「それもそうですね。でも、万一なんて言いましたけど、それはダメですよ。生きて帰りましょう、主任」

「ああ。そうだな」

「そうです、そして全てを終えたらオシャレな靴を買いに行きましょう。こないだの続きをするんです」

「あれ、まだ有効なのか」

「もちろんです。だから、きちんと決着を付けましょう」

「そうか、じゃ、その時はまた選んでもらおう」

「約束ですよ、主任」

 全てを語り終えた時、時刻は九時を過ぎていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る