最終章ー6 震災の真実

「そんな、お兄さんはそのためだけにそんなことを?」

「ああ、認めたくなかったが、そうだったのだ。俺に勝ちたいという一心のためだけに地道に機会を伺っていた。跡取りになれればそれらは読めるはずなのに、周りの状況からして自分が跡取り候補から外されると思い込んでいたのだろう。父達の様子からして無理もないのだが。

 だから俺が既に家を出て就職していたにも関わらず、禁忌を犯してしまった。天狗の伝説の中には、欲望や慢心に凝り固まった高僧が天狗に身を堕とす話もある。兄もその類いだったのさ」

「お父さん達、困りますよね」

「ああ、門外不出だった古文書を貸し出した父にも非難が集中した。最初は研究が進めば榊家のためにもなると喜んでたくせに、勝手なものだ」

「主任は、実家を継げと言われなかったのですか」

「もちろん言われたさ。正直、今でも言われている。だが、悠希が自分が榊家を継ぐと言ってくれたおかげで今の形に収まった。あいつの能力は俺と比べても遜色ないからな。過去に女性当主の前例があったおかげもあって、一族としても納得いくものだった」

「それで、お兄さんは?」

「ああ、禁忌を破ったから勘当扱いとなった。人であることを辞めた者だからこの世界では暮らせない」

「お兄さん、天狗となって、どんな力を手に入れたのでしょうか?イフリートやインキュバスを自在に召喚するのは今回のことで分かりましたが」

 桃瀬が疑問を口にした時、榊の表情が曇り、重々しく答えた。

「……桃瀬君、確か震災でお兄さんを亡くしたと言ってたな」

「はい」

「済まない。こんな一言で終わらせるつもりはないが、震災が起きたのも恐らく兄のせいだ」

「え? そんな、まさか天狗が地震起こすなんて、さすがに不可能ではないのですか」

 桃瀬はにわかには信じられないという表情をした。

「兄は天狗となった後も俺に連絡をよこしていた。力を誇示したかったのだろうな」

 榊はすっかり冷めてしまったお茶を飲み干して語りだした。

「俺は環境省ここでの仕事に夢中だったし、榊家のことや力なんて興味無かった。それは兄が天狗となっても変わらない。しかし、兄はとにかく俺を挑発し続けた」


 ある日、雄貴が仕事をしていると携帯に着信があった。ディスプレイを見ると兄の名前だ。

 また向こうは挑発してくるのかとうんざりとする。そもそも仕事中なのだが。しかし、出ないとひたすらかけてくるだろう。天狗になってしまってから兄は人間社会のルールを忘れてしまったのかもしれない。

 雄貴は非常階段の外に出て、人気が無いのを確認してから、折り返しのリダイヤルをした。

「もしもし」

『よう、未来の官僚様』

 相変わらず挑発的な物言いだ。また下らないことを言ってくるのか。いい加減にして欲しい。

 兄から連絡があることは家族には言っていない。あれから母親は泣き暮らすようになってしまった。父親は一族から責められてしまい、すっかり参っている。悠希が高校を卒業したら跡を継がせて一線を退くとまで言い出しているのを、自分が悠希が大学に行きたいと言ったらそれを叶えさせてやれ、それまで引退するなと説得中だ。

 余計な心配の種は蒔きたくない。だから自分が防波堤となり、兄の連絡を聞き流していた。

「もしもし。俺、仕事中なんだけど」

『仕事? 間もなくそれどころじゃなくなるよ?』

「何をした」

『鹿島神宮の要石は知っているかな?』

「ああ、水戸光國公が石がどこまで埋まっているか調べようと七日七晩掘らせたが、掘りきれなかった石だよな」

『ああ、それに要石は大ナマズの頭を押さえているから地震を防いでるという伝説もある』

「それも知っている。尾は香取神宮の要石が押さえているともな。それがどうした」

『ちょっと石に干渉してナマズ、つまり地下の精霊を自由にさせたんだ』

「な!? 何を言っている、貴様!」

『今、ナマズは地下を悠々と泳いでいるよ。そのうちどこかで暴れるのじゃないかな?』

「貴様、何が狙いだ!」

『この世のバランスを崩し、妖や精霊を誰でも認識できるように可視化する。そのためには大地などの自然の気が乱れることが必要でね。それを起こせば俺の力が強大だとお前らに示せる』

「冗談じゃない! 関東で大地震が起きたら甚大な被害が出るだろう!」

『いくら言っても遅いよ。既に解放したからね。じゃあな。せいぜい身を守るのだな』

 電話はかかってきた時と同様に突然切れてしまった。さすがに隠せる話では無い、急いで実家に電話して一族で対策を立てないと。


 携帯を操作して実家への電話番号を表示したのと大きな揺れが襲ってきたのは同時であった。




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