最終章ー4 無神経は刃の如し
「天狗、ですか」
桃瀬が確認するように復唱する。
「ああ、日本の各地に天狗伝説がある。さらわれる話は沢山あるが、帰ってきた話もある。ご先祖様もその帰ってきた一人だったのさ」
「よく、カラス天狗とか鞍馬天狗とか聞きますね」
「それが有名だな。仏法の色合いも濃いから、最初は悪い天狗で高僧に説得されてやっつけられるか、改心して善い天狗になる。そんな伝説が大半だ」
「天狗の山へ行った人間もまた天狗になるなんて、初めて聞きました」
「もちろん、そのまま無事に帰ってきて引き続き人間として暮らす話もあるさ。時々、こういう結末もあって、それがうちのご先祖だったという訳だ」
「何かを得るときは何かと引き換えなんですね。人間であることと引き換えに超人的な力をって怖いです」
「だが、それでもコンプレックスから力を渇望する者は出てくるものさ、残念なことに」
「ただいま」
「おう、おかえり雄貴君。大きくなったなあ」
「あ、
家に帰ると親戚が何人か集まっていた。何かあっただろうか? カバンを置きに部屋へ向かう途中、料理の大皿を持った悠希とすれ違った。
「おかえり、雄貴兄さん。おじいちゃんの古希のお祝いがあるって忘れてたでしょ?」
妹の悠希が見透かしたように言ってきた。
「やべ、忘れてた」
「だと思った。今日は塾も習い事も修行もお休み。おじさん達のご機嫌取りとおじいちゃんの接待、女性陣は料理とお酒の支度に大わらわよ。雄太兄さんは早くから動き回っているわ」
「えー、俺、一応受験生だぜ。志望大学落ちたらどうすんだよ」
「私だって中学受験控えてるわよ。とにかく制服から着替えたら居間に集合だって母さんからの伝言」
「親戚の集まりなんて盆と正月だけでいいのに」
「ぼやかないの! じゃ、私はお皿を運ぶから」
「めんどくせえ……」
「いやあ、雄太君は東経大学だっけ? すごいなあ」
義夫叔父さんが赤い顔で雄太に聞いてきた。
「はい、民俗学を専攻しています。うちの生業の参考になりますから」
「いやあ、素晴らしい! 榊家も安心だな!」
義夫叔父さんは悪い人ではないのだが、いちいち人の学歴とか聞きたがるのがめんと。
「しかし、“力”の方はどうなんだ? 雄貴の方が上なんじゃないか?」
酔っ払いその二と化した
「叔父さん、僕は公務員になるから家は……」
慌てて打ち消そうとするが、酔っぱらった大人たちは言うことに耳を貸さない。
「そうだよなあ、“力”が強い方が家を継いだ方がいいのじゃないか?」
「それを言うなら悠希ちゃんも三歳で式神作ったし、悠希ちゃんでも良くないか?」
「いやあ、兄さんのところは跡取りに迷っちゃうね」
大人たちは勝手に盛り上がって大笑いしているが、雄太の顔が青白くなっているのに雄貴は気づいた。
(まずい、また変な比較をされて雄太兄さんが置き去りにされてしまった)
いつもそうだ、勉強も修行も自分の方がなぜか出来が良い。兄だって不真面目な訳ではない。東経大だって偏差値が高い立派な大学だ。なのに、自分が志望する大学がランクが上と知ったら両親も親戚もこちらをちやほやし始めた。自分のことはほっといてくれ、もっと兄さんを見てやってくれ。
「に、兄さん」
「気分が悪いから、これで失礼させてもらうよ」
雄太がそっと宴の場から離れたのを見て、慌てて追いかけていった。
「兄さん、叔父さん達の言うことを真に受けてはだめだよ。あれは……!」
「お前は何でも持っているからな」
雄太は弟の言うことを遮り、冷ややかな視線を向ける。そこには諦めのような、悔しさのような、ひんやりとした闇を感じた。
「え……」
闇の冷たさを感じた雄貴は答えに戸惑う。何と答えていいのかわからない。今、何を言っても慰めにならないのは確かだ。
「今にお前を追い越す。それだけさ」
「兄さん、俺は」
「お前は戻れ。榊家の跡取り候補が二人も消えたらまた伯父さん達の噂にされる」
そういうと雄太は雄貴に背を向けて部屋へ戻っていった。
「しかし、真面目に考えてみたらどうだ? 能力が高い方がいいのではないか?」
「ああ、次男でも優秀な者が継ぐのがいいだろう」
「父さんもそう思いますか」
「雄太も真面目だし、それなりに能力はあるがな。雄貴の方が上だしな」
宴の場に戻ろうとした時、大人たちの会話が聞こえてきた。祖父や父達ですら、兄のことを見ていないと言う事実に気づかされてしまった。
(早く、家を出ないと。下宿でも何でもいい。とにかくこの家から出ないとだめだ)
雄貴は宴の場にも戻ることも、部屋に戻ることもできずにただ、立ち尽くすのみであった。
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