第4章ー7理桜の事情
「理桜、ちょっといい?」
「なんだい?」
季節は秋、いつもの公園。すっかりと紅葉が進み、枯れ葉があちこちに落ちている。遠回しな聞き方が苦手な陽斗は単刀直入に聞くことにした。
「君って、人間じゃない何か?」
「どうしてそんな風に思うんだい」
理桜は相変わらずはぐらかすように笑う。
「この公園でしか見かけないこと、ケータイもゲーム機も知らなかったこと、学校に行っていないこと、僕だけしかいない時しか姿を現さないこと、心当たりは沢山あるけどさ」
陽斗は思い付く限りの理由を述べていく。
「ふんふん、それで?」
にっこりとして理桜は頷く。
「夏休みにさ、川へ行こうとして具合悪くなっただろ?」
「ああ、あったね。そんなこと」
「ベンチで休んで、それから理桜が帰ると言って歩き出したけどさ、桜の木の向こうで急に姿が見えなくなってどんなに捜しても見つけられなかった。あんなこと、人間ならあり得ない。人が隠れるスペースなんて無いし、走ったとしても具合が悪かった子があんなに素早く走れるはずがない」
「……」
「それからその服」
「服?」
理桜が復唱する。
「出会った時は桜色、夏は葉桜の緑色、そして今はあの葉っぱの赤色だ。あの桜の木が本体なんだろ? 冬になったらどんな服かはわからないけどさ」
そこまで一気に言うと理桜が盛大に笑いだした。
「あっはははは! すごいや! 君、名探偵になれるよ!」
「わ、笑うなよ! 僕だって恥ずかしいんだからな」
オカルト好きでもない、ファンタジーもゲームしか知らない自分が必死に考えて出した推測だ。正直、変な奴と笑われるのも覚悟していたのに、いざ笑われると本当に恥ずかしい。もしかしたら考え過ぎだったのだろうか。
「正解」
唐突に理桜が言ったので、陽斗は事態が飲み込めず固まってしまった。
「え? 本当に桜の木の精なの?」
「ああ、ばれないと思ったのだけどなあ」
「い、いや、人間じゃなくても妖怪でも俺達親友だぜ!」
陽斗は動揺しつつ、叫ぶと理桜はクスリと笑った。
「妖怪じゃなくて精霊」
「え? 突っ込むのはそこ⁉」
「そりゃあ、月とすっぽんくらい違うさ」
「そうなんだ。じゃあ、二百歳のおばあさんなの?」
「失礼だなあ、精霊は人間よりはるかに長生きさ。それに自由に姿を作れるからわざわざおばあさんにならないよ」
ならば、おばあさんではないのか、ならばセーフかなと一瞬陽斗は思ったが、何がセーフなんだ。陽斗は自分でも分からなくなった。少なくとも年上の女性なのか、なんだか不思議な気持ちになった。
「ふうん。ねえ、どうして人間のふりをして出てきたんだ?」
「子供達が楽しそうだったからさ。ずうっとこの公園にいて、退屈だったし」
理桜は正体がばれてしまっても、相変わらず人間の子供と同じように伸びをしながら答える。それだけを見ていると精霊だとはとても思えない。
「なんで僕を選んだの?」
「うん、簡単。声をかけて気づいてくれたのが君だけだった」
って、僕のことがどうのじゃなく、気づいただけって……ちょっとがっかりした。でも、こないだ読んだ漫画にもあったが見えるということは波長が合ったということだ。
「そっか。親友になるやつだから波長があったんだよ、ハチョー!!」
陽斗が覚えたての言葉を妙なアクセントで使うから、理桜はまた可笑しくなって吹き出してしまった。
「そうか、そうかもな」
「だから、公園から動けなかったのか?」
「うーん、ちょっと違う。健康なら遠出も大丈夫。ほら、太宰府天満宮の飛梅って知っているかい? 主を慕って京都から福岡まで飛んでいった梅の話。いざとなればあのくらい移動できる。ただ、今は弱っているからさ」
陽斗は思い出した。確か、桜の木の回りには囲いがしてあって、『養生中』とあった。本体が養生中なら精霊も弱るのは当然だ。
「って、なんで弱っているの? 病気? 虫?」
「それもあるけどさ、外国の精霊が増えてきたこと」
「外国の精霊?」
「羽のついた女の子の姿をした精霊や、池にいる少女の姿をした精霊とか。それがやたら増えてきてから、なんだか弱ってきたんだ。人間たちは肥料をくれたり虫を退治したり精一杯やってくれているのはわかっているけど、あいつらが沢山いると力が入らない」
陽斗は幼い頃に母親に『羽の生えた女の子が飛んでいる』と言った瞬間にすごい形相で精神科へ連れていかれた。母親に二度と話すなと怒られてからは誰にも話していない。
「あれは精霊なの? 僕しか見えないと思ってた」
「そっか、元々君は見える人だったのだね。だから陽斗は私を見つけることができたのか」
「外国の精霊……確かにゲームや映画にいそうなものばかりだね」
納得したように陽斗のそばを飛ぶシルフやピクシーを目で追う。
「あれらが増えてから、なんだか力が入らないのさ」
「捕まえられないの?」
「触れないだろ? 大抵の人間は精霊をすり抜けているからね」
言われてみればそうだ。捕まえようとしてみたことがあるが、手を通り抜けてばかりだった。虫取網を使ってみてもダメだったからいつしか捕獲を諦めたのだった。
「じゃあ、僕、理桜のために何ができる? どうしたら力になれる?」
しょんぼりしながら陽斗が尋ねる。何もできないのは悔しい。そんな陽斗に理桜は力なく笑って答えた。
「いいよ、無理しなくても。今まで通り一緒に遊んでくれればそれでいい」
「そっか……」
「さ、湿っぽい話は終わり! 今日も勝つぞ!」
「お、おう。僕だって連敗止めたいからな。本気でバトルするぜ!」
「ははは、その意気さ」
屈託なく理桜が笑う。それはいつもの理桜の笑顔なので陽斗も安心する。せめて理桜がこのひと時だけでも笑えるようにしてあげたい。これからもずっと。
だが、そのささやかな願いも叶わなかった。
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