第4章ー6因縁の対決へ

「はい、環境省精霊部門です。あ、はい、俺……私です。え? 与野駅近くの住宅で火事。すぐ向かいますっ!」

 柏木は電話を切ると慌てて作業服のジャケットを羽織り「与野駅の火事現場へ行ってきますっ!」と叫びながら飛び出していった。

「おい、柏木! 行き先の地図を置いていけ!」

「柏木さんっ! それと防炎手袋っ!」

 桃瀬が慌てて手袋を持って追いかける。

「あ、いけね」

 慌てて手袋を受けとると、今度こそ走り出していった。残された二人はそんな柏木を案じる。

「地図置き忘れて行ったな」

 万一の時に備え、外へ出る際は上司に行き先を告げ、地図を置くのがこの部署の慣わしだ。

「大丈夫です。先ほど口頭で住所を聞きましたから地図をプリントアウトしますね。というか、中学校の隣だそうです。本当に柏木さん、必死ですね。なんだか心配です」

「今のところ、火災現場の調査だからいいけどな。問題はあいつが固執している奴が現れた時だ」

「と、言いますと」

「あいつの態度からして、強い憎しみを感じる。仇を討とうとでも言わんばかりの憎しみだ。見ろ、柏木あいつが最初に作った捕獲プランだ」

 榊から書類をもらった桃瀬は読み上げる。

「十条三項による抹殺、水の外来種精霊ウンディーネをぶつけて、炎を消す。……って、ウンディーネは十条三項精霊じゃないですよ!」

 桃瀬は真っ青になって榊に問いかける。

「ああ、外来種は基本、捕獲して本国へ移送だ。10条3項精霊ではない限りは抹殺はもちろん、他の精霊を狩るために利用してはならない」

「こんなことをしたら、魔人型のイフリートだったらウンディーネは蒸発してしまいます! トカゲ型でもただでは済まないでしょうけど」

「ああ、さすがに俺も叱ったさ。そしたら、柏木あいつは『質の悪い外来種精霊を狩るためには多少の犠牲は必要です!』とさ」

「柏木さん、本当に変ですよ。もし、今向かっていった火災現場にイフリートがいたら飛びかかりかねません。私、止めに行ってきます! すみません、ゴブリンの調査報告書は午後に回します!」

 桃瀬はそういって防炎タイプのジャケットと手袋を持参して、飛び出していった。

「って、おい、桃瀬君! ……ちっ、しょうがないな。俺の部下ってどいつもこいつも」

 榊はため息を付きながら、電話機を取った。


「もしもし? さいたま市役所さんでしょうか?私、環境省精霊部門の榊と言います。緑地保全課をお願いします」


「あ、柏木さん。こちらです」

 与野の火災現場はまだ鎮火しておらず、消防車や野次馬でごった返していた。

 その中で、防炎服を着た火野が待ち受けていた。

「火野さん、無理言って申し訳ありません」

「いえ、調査を依頼したのはこちらです。ただ、消火活動の妨げにならないように距離をおいてください」

「はい、ところで火災の状況はどうなっていますか?」

「一時間ほど前に家人から台所から出火したとの通報がありました。それから火の手が伸びてまだ延焼中です。家人は全員逃げ出して無事です。延焼の恐れがあるため隣の中学校にも生徒をグラウンドに避難させています」

「外来種精霊の存在は?」

「トカゲ型のがいくつか。でも、水を掛けたら消えてしまったそうです」

「なるほど、言わば通常の火災ですかね」

「うーん、そうとも言い切れない部分があります」

 火野の言葉の歯切れの悪さに柏木は引っ掛かりを感じた。

「何かおかしな点でも?」

「はい、台所からの出火ですし、逃げ出してきた家人は天ぷらをしていたと」

「ならば、いわゆる天ぷら火災ですよね」

 特におかしな点は話からは感じられない。

「それが、天ぷら鍋に火を付けた直後に突如火柱が上がったと」

「それは誰かが直前に調理していて油が熱かったのではないですか?」

「いえ、直前にを入れていたから火柱なんてあり得ないと。まあ、興奮しているから、また聞かないとわからないでしょうが」

「その家の人はどこにいますか?」

「はい、あちらにいます」

 火野が指した方向に年の頃は六十代くらいの女性が座り込んでおり、近所の人と思しき人に支えられている。裸足のままなのが、慌てて逃げたことを伺わせる。

 柏木は近くの自販機でお茶を買い、その女性の元へ向かった。

「この度は大変なことになりましたね。良ければこちらをどうぞ。お茶は心を落ち着ける効果があります」

 女性は震える手で受け取り、一口飲むと少し落ち着き、柏木に礼を言った。前髪が焦げているところからして、間一髪で逃げたのがわかる。

「ありがとうございます。あの、どちら様ですか?」

「環境省精霊部門の柏木といいます。今回の火災が外来種精霊の仕業かもしれないので、調査しています。台所から出火したと伺いましたが、間違いないですか?」

「はい、天ぷら鍋から火柱が上がって。でも変なんです!」

「変と言いますと?」

「新しい油を入れてから火を付けたのに、コンロに火を付けた瞬間に火柱が上がって。変でしょう? 火を付けてしばらくならともかく、油が温まっていないのに火柱なんて!」

 思い出すうちに再び興奮状態になったようだ。

「おかしいわよ! まるで火柱だったのよ!」

「今、なんて言いましたか!」

 柏木が鬼気迫る形相で女性に詰め寄る。

「え、だから火をまとった人の形を……」


(あいつだ……‼ あいつが現れた……!)

 柏木は未だに燃え盛る火災現場を睨みながら強く確信していた。

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