第4章ー8 対決、後の失敗

「どこだっ! どこにいるっ!」

 柏木は火災現場に戻り、慌てて辺りを見渡す。炎は依然として燃えており、小さいトカゲ型のサラマンダーがちらほらといる。

 武器を持っていない柏木でも、それは踏むと消えてしまった。火野が言った通り、通常は火と共に現れ、消火と共に消える。

 だが、は違う。さっきの女性が言っていた、あり得ないところから出てきた炎の人間。きっと魔人型の外来種精霊だ。奴はまだこの辺りにいて、炎を繰り出しているに違いない。


「まだこの一帯にいるはずだっ!」

 柏木は延焼している所を見つめる。一度燃えた所は新たに火が付かない。ならば拡がり続ける炎の先に奴はいる。

 そう思って延焼した建物に目を向けた瞬間、と目が合った。

「‼」

 あいつだ、間違いない!あの時と同じ奴だ!

「てめえっ! 待ちやがれっ!」

 飛びかかろうとした、その時。


「柏木さんっ! 危ないですっ!」

 唐突に桃瀬が現れ、腕を掴んできた。

「桃瀬ちゃん⁈ 何故ここに!?」

「柏木さんがイフリートと対決しかねないから飛んできたんですっ!」

「離してくれ、桃瀬ちゃん。あいつとはケリをつけなければならない」

 柏木は力を込めて桃瀬の腕を振りほどこうとする。

「だからって、防御服着ているとはいえ、生身の人間が無茶です!攻撃の武器も何もないのにどうするつもりですかっ!」

 桃瀬も負けじと腕に力を込める。



「捕まえてホースの水でもぶっかけてもらうさ。手袋があれば捕まえられる」

「無茶ですって!」

「離せ!」

 二人が揉み合っているうちに敵意を察知したのか、イフリートがこちらへ向かってやってくる。突然、炎を二人に向けて投げてきた。

「危ないっ!」

 咄嗟に二人は左右に散ってかわすが、炎の直撃をくらった箇所は激しい火柱を上げている。桃瀬は恐怖のあまり腰が抜けてしまった。

「怖い、これがイフリートの炎……!」

 そして、すかさず次の炎を桃瀬に向かって投げてきた。腰が抜けてしまった以上、避けることができない。

(だめだ! 直撃してしまう!)

 桃瀬が死を覚悟して目をつぶった瞬間。

 突如、水の壁が目の前に起きた。炎はそれにぶつかり、消滅する。

「え? 水? 壁? って、私、助かったの?」

 桃瀬は起こった事態が飲み込めずにいると聞き覚えのある声がした。

「無茶をするのう、二人とも」

「間に合って良かった」

 そこには榊と竹乃の姿があった。

「榊主任! それに竹乃さんっ!」


「榊に呼ばれてきた。全く、神使いの荒い奴じゃ。表向きの理由が思いつかないから、急用ということにして有休を取ってきた」

「主任に……」

「見沼以外で水の力を使うのは本業ではないのだがな。まあ、消防車があるから水は大量にあるし、我も水神だからな。さ、仕上げの水でも浴びせるかの」


 そう言うと竹乃は手を空へ掲げ、目を閉じて集中を始めた。空がにわかに暗くなり、雷鳴が響き始める。辺り一帯に巨大なスプリンクラーを作動させたような豪雨が降ってきたのは、それから間もなくであった。

「ちょっと雑だが、これで延焼はせんじゃろう。建物内部の火は先ほど消火栓の水をぶつけたし、残りは人間達に任せるかの」


 確かにずぶ濡れになったが、一気に鎮火し、あのイフリートもいなくなっていた。

 榊はそれを見届け、桃瀬に声をかけた。

「さて、桃瀬君、無事か」

「は、はい。何とか」

 とはいえ、先ほどまでの危険な目に遭ったショックのためか体が震えてしまい、立とうとしても立てない。

「桃瀬、とりあえず水を飲め。水は命の源じゃ。飲めば落ち着くじゃろう」

 竹乃が桃瀬に寄り添ってミネラルウォーターを差し出す。

「あ、ありがとうございます。竹乃さん」


「桃瀬君はメンタルはともかく、無事なようだな。さて、柏木」

「は、はい」

 びくついている柏木の元へ寄り、榊はビンタをくらわせた。

「お前の浅はかな行動がお前のみならず、後輩の命を危険にさらしたんだ! わかっているのか!」

「……すみません」

「俺が火野さんに声を掛けていってから引き上げる。申し開きは事務所に戻ってから聞こう」

「我も付き合うぞ。休暇取ったからの」


「はい……」

 消火活動の喧騒の中、二人は押し黙ったままであった。






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