第4章-4柏木のただならぬ気迫
あれからほどなくして、さいたま市消防局から正式に依頼があり、外来種精霊と火事の因果関係の調査が行われることになり、希望していた柏木が担当することになった。
「まずは消防局へ行って詳しく話を聞いてきます!」
張り切るというより、何か必死な顔をして柏木は外出していった。そこにはいつものお調子者の顔はない。残された二人は不安げに見送る。
「柏木さん、どうしたのでしょうね。何か必死な顔をしています」
「ああ、真面目になってくれたというには切羽詰まった顔だ。無茶しなければいいが」
「サラマンダーって火の精霊ですよね。もし、捕獲するとしたら火傷などのリスクあるかもしれませんね。大丈夫かしら」
「サラマンダーには諸説あるが、炎と共に現れる説もある。それならば消火と共に消滅するから心配はない。
しかし、炎の魔人、つまりイフリートが元凶ならば作業服や手袋も防炎仕立てにする必要があるな。桃瀬君、会計課に至急で備品の申請を頼む」
「はい、柏木さんはサイズはメンズのMですね」
「いや、俺の分も頼む、念のため桃瀬君の分もな。だから三人分だ」
「え?」
「あいつは理由はわからないが、何かに凝り固まっている。冷静な判断を失って暴走しかねない。保険として三人分を申請してくれ。会計課が無理と言ってきたら、俺は自腹で防炎服を買って
「主任、そこまでして……」
「杞憂で済めばいいがな」
「環境省の方ですね。私、さいたま市消防局の予防課の火野と言います」
通された応接間で紹介を受け、名刺を受け取った柏木は思わず笑ってしまいそうになった。だめだ、ここは堪えないとならない。
「いえ、無理しなくていいですよ。自分も消防局なのに火が付く苗字だから、いろいろといじられることには慣れました」
「あ、すみません。なんかいろいろ気を使わせてしまって。環境省外来生物対策課精霊部門の柏木と言います」
自分も外来生物対策課に所属していながら、精霊を取り締まる拝み屋もどきの仕事をしているからか、柏木という苗字については、着任した時に榊から「柏は魔除けの植物だからぴったりだな」と言われたことがあった。榊に比べて柏が魔除けというのはマイナーだからあまり言われること無いが、榊と言い、火野といい『名は体を表す』のかもしれない。
「それで、外来種精霊と火災の原因の調査と伺いましたが」
「はい、現場の報告で火災現場にサラマンダーなどの火の精霊の目撃が多いのです」
「サラマンダーが火災の原因なのでしょうか?」
「それがはっきりしません。現場の話ではサラマンダーがいても消火が終わる頃にはいなくなっている。中にはサラマンダーに直接水を掛けたら消えてしまったという報告もありました。
一方でサラマンダーが移動した先から新たな火の手が上がった証言があることから、延焼の原因ではないかとの声もあります。それで調査をお願いした訳なのです」
そういうと火野は灰皿の上で紙にライターで火をつけて燃やし始めた。
「ほら、よく見てください」
灰皿の上には燃え盛る炎。よく見ると小さなサラマンダーが現れている。
「小さいけど、いますね」
やがて、燃え尽きて灰だけになるとサラマンダーも消えてしまった。
「大抵はこのように燃えている間だけの出現で火が消えると消滅します。だけど、不審火とされる原因調査では炎のトカゲがいたという証言もあります。火災になる前に出現していたのではないかと言う者もいますが、出火のタイミングのズレという路線も捨てきれません」
「先ほど、『サラマンダーなど』とおっしゃってましたが、火の精霊はサラマンダーだけなのでしょうか? 他の火属性の外来種精霊ということは?」
「そうですね、炎を纏った人間型も報告例がいくつかありました。放火犯が火に包まれているかと思いましたが、瓦礫をすり抜けたとか」
「それ、いつ頃の話ですか!」
柏木が身を乗り出すように尋ねる。
「た、確か今月の頭です。人型の報告は今月は一件だけですが、年間通すと二十件くらいありますね」
柏木の突然の気迫に火野はたじろぎながらも答えた。
「それはその後どうなったのですか! 消火に失敗したのでしょう⁈」
「は、はい。今回のケースだと、その後は何処へともなく消えてしまったとか。新たな火災が起きないか緊張が走ったそうですが、その晩は他に火災の通報はありませんでした」
「むしろ、トカゲ型より人型の炎の精霊が不審火の原因となっていると言うことですか?」
「はい、啓発ポスターには馴染み深いトカゲ型サラマンダーを採用しましたが、我々も魔人型が不審火の元凶と考えています。恐らく在外精対法に抵触するでしょうから、抹殺できれば火災の原因の一部が無くなりますし、何より火災件数を減らせますから」
柏木は何か考えこむように黙り、顔を上げて提案した。
「もし、可能ならば今後、火災現場に立ち会わせていただけませんか?それから、サラマンダー含む火属性の外来種精霊疑いの目撃例の詳細なデータをお願いします。」
「あ、はい。今回は簡易データのみなので、次の時まで用意します。立ち会いは私の一存では決められないので上と協議しますが、火災後の検証立ち会いならば……」
「いえ、できれば火災の最中、つまり消火の現場です!」
「え、いや、それはさすがに……」
「外来種精霊の現状を確認するならば、燃えている火災の現場に行かないと調査の意味がありません!」
「は、はい。ならばそれも含めて検討します」
ものすごい気迫に火野は圧されながらもどうにか答える。
(目撃例が少ない、しかも立ち会えるのは恐らく事務所がある新都心付近と限定的になる。奴に会えるのかどうかは低い確率だ。しかし、やらなければ確率はゼロのままだ。このチャンス、なんとしてもモノにしなくてはならない)
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