第2章-9 戦いのあと

「主任、お疲れ様です。でもエアガンなのに、なんでバンパイアは消滅したのですか?」

 榊はマガジンから弾を取り出した。それらは全て銀色に光っている。

「決裁を待っていられないから、自腹で作った銀のBB弾さ。エアガンの弾でも銀だから効いたのだろう」

「利かなかったらどうするんですか」

「木の杭の代わりに割りばしを刺すか、印を結んで破邪するかだな」

「割りばし……その大雑把さは主任らしいですね。効いたからよかったものの」


「いやあ、お二人さん、本当にありがとうございました。吸血鬼事件はこれで解決ですな。見なされ、コウモリが散り散りになっていく」

 確かに先ほどまでの統制の取れた動きはなく、バラバラに飛び始めている。あのバンパイアが操っていたのだろうが、倒された今、自我を取り戻したのかもしれない。

「あの様子だと、バンパイアはあの一体だけだったようだな」

「そうですね」


「さ、こんな時間じゃ、お茶とは言わず夕飯を食べていきなされ」

 ミサヲが玄関扉を開けて招き入れる。確かに既に日が暮れており、かなりの時間が経ってしまったようだ。

「いえ、中津川さん、本当にお気持ちだけで」

 榊が困惑したように辞退しようとするが、ミサヲは引き下がらない。

「ふむ、ならばこうするのはどうですかな? 家族が逮捕されて失意の老婆の家に。それに出くわした親切な公務員さんが食べるのを手伝ってくれる、という筋書きはどうじゃ?」

「え?いや、そんな。本当に……」

 榊が断ろうとするのを桃瀬がそっと耳打ちする。

「主任、ここはお言葉に甘えましょう。お代は割り勘にすれば倫理規定にひっかかりません。それに、家族が逮捕されて失意の部分は本当だと思います。せめて今夜は一人の食卓を回避させてあげましょう」

「……それもそうだな。じゃ、ご馳走になります。ただし、割り勘で」

「ははは、本当に公務員は大変じゃのう」


「ただいま戻りました」

 二人が事務室へ戻った時には九時近くなっていたが、柏木が一人残って残業していた。

「遅いっすよぉ、二人とも何やってたんすかぁ。外から戻ってきたら事務室には誰もいないし、荷物があるから戻ってくると思って待ってたんですよ。おかげで外来種対策プランはいくつかできましたけど。

 空き家ゴブリン問題は、本来なら亜麻の種を撒くと拾いきれずに逃げ出すそうですが、ここは日本だから胡麻でも毎晩撒いておけとアドバイスしました。空き家問題も絡んでくるのでさいたま市役所と連携しないとなりませんね。

 それから、田島団地でピクシーを飼っているらしいとの通報がありました。

 あとは、ダンス動画の一つがネーレーイスの仕業で延々と踊らされているのを撮影したのではという通報もありましたが、うちの管轄か不明です……って、本当に連絡ないから心配したんすよ」

 柏木が仕事の報告と不満を漏らす。

「済まないな、柏木。詫び石ならぬ詫び菓子買ったから。全部食っていいぞ」

 榊がスーパーの袋を柏木へ差し出す。受け取った柏木は中を覗き込んで露骨に嫌な顔をした。

「だから、なんで詫び菓子が全部うめえ棒なんすか。しかも、“抹茶味噌プリン味”に“トマト野沢菜味”に“焼き鮭の黒酢あんかけ味”って、何の罰ゲームですか」

「いや、あそこのバッタ屋は安いからついな」

「こんな味じゃ売れないから、バッタ屋に流れるんじゃないすか」

 またも榊と柏木の掛け合い漫才と化してきたので、桃瀬が柏木へ謝った。


「柏木さん、連絡しなくてごめんなさい。ちょっとバンパイアをやっつけに行ってきたの」

「ふうん、バンパイアを……えええ?! いたんですか?! マジかよ」

「ええ、あのおばあさんの投書はホントだったわ」

「ふえええ、ちょっと居合わせたかったな。あれ、でもやっつけたのは榊主任が一緒だから、主任が倒したんだよね? 桃瀬ちゃんがやっつける……?」


(柏木、それは本当だ。途中までは桃瀬君がボコってた)

 榊が柏木の元へ慌てて近づいて耳打ちをする。

「ええ?!」

 柏木が驚きの声を隠せずに出す。

(それから、桃瀬君はフリーだ)

(え? マジっすか?)

 驚きから一転して、歓喜の声を出そうとするので、慌てて榊が制す。

(あんまり大声出すな。下手すると分子レベルにまで破壊されて叩きのめされるからな。お前も女性に対しての言動は気を付けろよ)

(へ?)


「な、何があったんすか? 二人共?」

 意味深なことを言われて柏木は二人に向かって思わず尋ねる。

「いや、別に」

「別に何でもないわ、柏木さん」

 二人がにっこりと答える様がまた、なんとも含みがあって怖い。柏木はこれ以上詮索してはいけないと直感して黙ることにした。


「そ、そうですか。あ、そうだ。そろそろ退庁しますけど、二人共遅かったし、夕飯一緒にしませんか?」

 こんな時は話題を変えるに限る。柏木はそう考え、二人に夕飯の提案をした。

「悪い、桃瀬君と済ませてきた」

「ええ、すまないけど、また今度ね柏木さん」

 二人がまたもにっこりと、しかも含みがあるように答えた。

「えええ?! 二人そろって夕飯済ませた?! ほ、本当に何があったんすかああ!! ま、まさか二人は急接近ですかあああ!」

 柏木の悲痛な叫びが閑散とした庁舎に響いた。


 ~第2章 了~



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