第2章-8 桃瀬、キレる。榊、ボコる。

 コウモリはひらひらと旋回して三人の様子を伺うかのように飛んでいる。

「やだ、なんか気味が悪い」

 桃瀬は気味悪げに手をバタバタさせて追っ払おうとしている。榊は真剣な顔付きでコウモリを睨む。

「どうにかして捕まえられないか……」

 二人がそれぞれの思惑を考えていたその時。

「ふんっ!!」

『ベシッ!』

 ミサヲがバットのように杖を振り、ホームランボールの如くコウモリを打った。

「ふむ、“くりてぃかるひっと”にならなかったか」

 コウモリは庭の隅っこの地面でバタバタともがいている。


「な、いきなり何を。鳥獣保護法があるのだからむやみに叩いちゃだめですよ」

 桃瀬が驚いて声を上げる。

(いつか冗談で素手で叩き落しそうと思ったのは、あながち間違いではなかったわね)

 桃瀬はいつか言った冗談が本当であったことにある意味感心していた。

「いや、あれはただのコウモリではない。危険と思ったから叩き落そうとしたのじゃが、止めを刺せなんだ。やはり年かのう」

「中津川さん、さすがですね。気づきましたか」

「ああ、わしは何の根拠も無く投書はせん。コウモリの群れにただ者ではない違う気配を感じていたことも事実じゃ」

を触れることと言い、もっとお若ければ非常勤職員として雇用したかったですね」

「うれしいこと言ってくれるの」

 二人のやり取りが飲み込めない桃瀬は戸惑ったように呼びかける。

「主、主任?」

「さあ、いいだろう。お前の正体はわかっている。姿を現せ」

 榊がコウモリに向かって叫ぶと、

「人間の分際で舐めた真似をしやがって」



「え? ええ?!」

 コウモリは素早いスピードで犬くらいの大きさ、人間の子供くらいの大きさ、そして大人の大きさへと徐々に大きくなり、姿を変えていく。

 そして、黒づくめの黒マント、典型的な格好のバンパイアがそこにいた。

「我の正体を見破るとはさすがだな。人間どもよ」

「この近隣から犬猫が消えたことや、ここで見つかった猫の死体はお前の仕業か」

 榊が冷静に問いただす。

「……」

「答えろ。変身終るまで攻撃せずに待ってやったんだ。ありがたく思うんだな」

(あ、これはヤバいパターンの予感がする)と桃瀬は思ったがとりあえず、固唾を飲んで見守る。念のため護身用のエアガンを構えた。バンパイアに効くのかどうかはわからないが、無いよりはいい。


「如何にもその通り。今は人間も複数で夜更かしして遊ぶし、窓の施錠もしっかりしているから侵入もできぬ。一人のところを襲いにくくなってしまった」

 バンパイアは淡々と答える。

「ナイフを使ったのはなぜだ」

「その方が噛みつくより血が採れるからな。個体が小さい分、血を少しでも吸えるからな。しかし、我が動物の血を吸うのは例えるならば、人間で言うところのベジタリアンのようなもので、物足りなくなってきた」

「ほう、それで狙いを定めた訳か」

「ええ?! また私が狙われているの?!」

桃瀬が思わぬご指名にパニックに陥る。どうして、こうも人間だけではなく、妙な精霊やあやかしに狙われるのだ。

「少しばかりとうが立っているが、美女の血液はご馳走だからな。我の贄になるがよ……」


「誰が薹が立っているよ!」

「グホッ?!」

 桃瀬のエアガンがバンパイアにヒットした。バンパイアの体に網のような結界ができ、動きを封じられる。とりあえず効くらしい。

「そりゃあ、同期は次々と結婚して招待ばっかりされてるけど、自分は彼氏すらいないわよ! でも、私だってまだいけるって信じてたのに、よりによって人外のやつにババア呼ばわりされたくないわ!」

 桃瀬の地雷を踏んでしまったらしく、動けなくなったバンパイアにエアガンのグリップでボコボコに殴る。

「そりゃあ、時代が時代ならオールドミス扱いの年齢よっ! だからって、だからって、いろいろ言われたくないわ!」

 エアガンの結界の限界時間ギリギリまで殴ったあと、桃瀬は榊に向かって

、こいつってしまってください。それこそ分子レベルまで分解しても構いませんっ!」

「あ、ああ」

 やや引き気味に榊が答える。

「榊……? なるほど、貴様、榊家の者か。ちょうどいい、お前を倒せば箔がつく。我を侮辱したそこの女共々葬ってやる!」

 エアガンの結界が解け始めたバンパイアはマントを広げ、牙を出して威嚇を始めた。

「ほう、貴様も榊の名に反応するのか」

 榊の声がツートーンくらい低くなったのはすぐにわかった。

(予想通り、主任の地雷ワードを踏んだわね、あいつ)


「うりゃ!」

 榊の飛び蹴りがバンパイアの口めがけて炸裂した。

「グワッ?! き、牙が!! 牙がぁぁ!」

 口元から大量の血を流しながらバンパイアは悶絶している。

「ああ、こんなこともあろうかと鉄板仕込んだ安全靴だ。税金取り立ての映画をヒントに特注で新調した。牙くらい軽~く折れるだろうなあ」

 不敵な笑みを浮かべて榊がバンパイアへにじり寄る。

「てめえも“榊”に反応するのかよ」

「お、おい、待て、は、話し合いと行こうじゃないか」

「何、ぬるいこと言ってんだ。五分前までは俺と桃瀬君を倒そうとしてたよ、なっ!」

「ぐはっ!」

 榊のワンツーパンチが容赦なくバンパイアの顔面を襲う。


「どいつもこいつも榊、榊って! 俺はなあ、家業継ぎたくなくて公務員になったんだよ! 霞が関へ行って官僚になって政治家と渡り合いたかったんだよ! なのに、こんな世界になって似たような仕事する羽目になったんだ。てめえらのせいでなああああ!!」

「い、いや、それは我のせいだけではないだろう! ぐぉっ!」

 榊は容赦なく、バンパイアに高速デンプシーロールをかます。


「あ、あの、桃瀬さん。さすがにやり過ぎじゃないのか? 止めた方がいいのではないかの?」

 バトルというよりは榊の一方的な攻勢、いやリンチめいた攻撃にドン引きしながらもミサヲが桃瀬に尋ねる。

「ああなると榊主任は誰にも止められません。それにあれは人に害を為す化け物。それにかける情けなんてありませんっ!」

「そ、そうかの」


 一通りボコボコに殴ったあと、榊はエアガンを構えた。

「貴様は『在外精霊対法の規則十条第三項』に基づき抹殺する!冥土で閻魔大王にボコられるんだな」


 エアガンの弾が当たった瞬間、断末魔の叫びをあげ、吸血鬼は灰となって消滅した。

「主任、バンパイアは仏教徒ではないと思います」

「い、いや、桃瀬さん。そういうツッコミは今はするもんじゃないぞ」

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