第3章 見沼のノーム騒動
第3章-1 夏、観光地にも外来種精霊
環境省の出先機関「外来生物対策課さいたま管理事務所精霊部門」はさいたま新都心の一角にある。
十年前の「さいたま大震災」以降、可視化された精霊の中に日本由来の在来種が少ないことに危機感を抱いた環境省が法律を制定し、全国各地の管理事務所に精霊部門を授けたのは昨年のことだ。
その一つ、さいたま管理事務所には今日も職員達が公務に勤しんでいる。
「はあ~、梅雨も明けたし、海行きたい。海の精霊の通報ないっすかねえ。そしたら公務で海へ行けるのに」
相も変わらずメールフォームから市民の通報や相談をチェックしながら柏木がつぶやく。
「埼玉県には海が無いから管轄が違うな」
榊はあくまでもクールにというか、容赦なく答える。
「ああ、智恵子抄にもありましたね。『埼玉に海が無いと言う。ほんとうの海が見えないと言う』」
「それ、ギャグなのか?外してるぞ」
「あ~あ~、俺、神奈川か千葉に異動願い出そうかなあ」
柏木が小学生みたく机に突っ伏して駄々をこねる。
「海沿いだと漁師や海保と協力してクラーケンを捕獲するらしいぞ。『十条三項』指定精霊だから、その場で活け造りにして漁師たちと食べるらしいがな」
「え?? だって精霊は触れないから、食べるなんてできないんじゃ?」
「いや、クラーケンは俺たちの装備が無くても皆、触れる。船に直接被害が及ぶから霊力などがいろいろ強いのだろうな。だから、活け作りなんて処理ができる。他にも沖漬けもなかなかいけると言うし、それでも行くか?俺はうまそうだと思うがな」
「……埼玉県って山が豊かで素敵な所っすね! 海無し県、最高っ!」
とたんにシャッキリと姿勢を正す柏木を見て、榊は頷いた。
「よろしい。シルフやピクシーの報告は場所と数をまとめてくれ。他は無いよな?」
本当にこの二人のやり取りは下手な漫才よりも面白い、漫才と違って大笑いできないのが残念だと桃瀬は肩を震わせた。
その時、事務室の電話が鳴ったので桃瀬が受話器を取った。
「はい、こちら環境省外来生物対策課精霊部門でございます」
『こちら、さいたま市役所の緑地保全課課長の田沼と申します。お世話になります』
「あ、はい。お世話になります」
市役所からの電話ということは市の施設に何か出たということなのだろうか。
『頼みたいことがございまして。市内にある“見沼田んぼ”はご存知でしょうか?』
「はい、市の最大規模の緑地ですよね。生物の多様性の貴重なサンプル地でもあり、農地でもあり、観光スポットでもある所ですよね」
『ええ、最近、その見沼田んぼ付近のウンディーネとシルフなどの外来種精霊が増えてきたので一斉捕獲の許可を環境省さんにいただきたいのが一つ』
水田は土と水から成り立っている。シルフだけではなく、水の精霊ウンディーネが住み着くのもわかる。しかし、『一つ』ということはまだ何かあるということだ。
「もう一つあるのですか?」
『はい、見沼田んぼと言う名前ではありますが、近年は水田より畑や耕作放棄地が増えております。その数少なくなった田んぼにノームが住み着いたので、出ていってもらいたいのです』
「しかし、ノームは知性があるから説得はできませんか?」
通話内容が気になるのだろう、榊と柏木も電話に耳を寄せているので、スピーカーホンに切り替えた。
『いやあ、それが『田んぼの土が陶芸に最適だ』とかなんとか言って備前焼を作ると言って土を掘り出し始めたので、困ってるのですよ。窯も作ってしまって、田んぼの所有者も稲作に支障が出始めてしまいまして。こちらも説得はしたのですが、『日本にはなかなか良い土がない。本物の良い土があるところでないと移らない』と言い張って』
「なんですか、そのどっかの陶芸家気取りの台詞は」
「ええ、本当に困っているのですよ」
「確か、見沼には竜神伝説があったから、竜神に出てきてもらった方が説得が捗るのではないですか?」
「それが、見つからないのです。近隣住民からも聞き込みをしているのですが、それらしき竜も女性も見たことがないと。それで環境省さんの精霊部門なら何かいい方法はないかと思いまして」
「わかりました。では、明日の十時にこちらで詳しくお話を伺います」
「今度は気難しいノームか」
受話器を置いた桃瀬に榊が確認するように尋ねる。
「ええ、何でか備前焼に目覚めたらしいです」
「それ、そのうち『わしが求めているのはこんなのじゃない!』と言って派手に作品を割ったりするね」
「主任もそう思いますか」
「ああ、陶芸家ってそんなもんだろ」
柏木が手元のパソコンで検索して読み上げ始める。
「備前焼って、田んぼの下の土が原料なんですね。しかも、掘った土は数年寝かせると。長期的に居座るつもりだな、そのノーム」
「まためんどくさい精霊ですねえ。捕獲して本国へ送還コースですね」
榊も腕組みして悩んだように思案する。
「変に知性あるから、ヘソ曲げて抵抗するかもしれないな。しかし、市役所の人間がお手上げって相当だな」
「って、不法滞在者のようなものなのに。ところで、なんで日本って、こんなに海外の精霊が居着くのでしょうか」
桃瀬が何気なく疑問を口に出す。環境省が出した統計でも、世界的に見ると精霊の確認数は日本がダントツに抜きん出ている。
さらに国内でも、精霊の確認数はさいたま市が一位となっている。これは震災の震源地だからということもあるのだろう。
「ああ、そうか。桃瀬君はまだ読んでなかったか」
榊は書棚から資料を取り出してページを広げた。
「このページに数年前の検討会議の結果が書かれている。何故増えているのかという推測が載っている」
桃瀬はその本を受け取って読み上げ始めた。
「『日本は八百万の神信仰に見られるとおり、多神教の土壌があり、クリスマスを祝った一週間後に初詣することから宗教の寛容性が他国に比べて極めて高い』」
「あと、この部分かな」
榊がるページを指差す。
「『加えて、近年はファンタジー映画や小説のブーム、ゲームにより海外の精霊が身近になり、安易な気持ちで持ち込みを図るケースも見受けられる。』なるほど、なんでも受け入れちゃう土壌で、流行ってるからと持ち込みするからですか」
「ああ、貨物に紛れてきたとしても日本は居心地いいらしくて残ってしまう。宗教の違いだろうが、中近東だと精霊自らが送還を求めて出頭するらしい」
「あのエリアは異教徒に厳しいですから、精霊もなんとなく居心地悪いのでしょうね」
「しっかし、ノームの説得なんて近所の頑固ジジイと同じくらい厄介だなあ」
柏木も腕組みしながらため息をついた。
「まずは明日の市役所の人の話を聞いてからだな。それまではいろいろ調べよう。柏木はノームについて、桃瀬君は見沼の龍神伝説を調べてくれ」
「「はい」」
三人はそれぞれ調査を開始した。
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