第2章ー7 真打ち登場?

「さて、日が落ちてきたからとりあえず家に入るかの。お二人さんにも苦労かけたからお茶を出そう。公務員でもそれくらいはいいじゃろう?」

 ミサヲが二人に向き直りながら言った。

「あ、いえ、私達はこれでおいとま……」

 桃瀬が言いかけたその時、数メートル離れた路上にいつかの黒ずくめの人がいることに気づいた。そういえば、今は夕方。出てきてもおかしくない時間だ。

 この騒ぎをいつから見ていたのだろう、あんなに目立つ風貌なのに今まで気づかなかった。

「あれは……?」

 主任もその人物、“彼”?に気づいたようで、微かに緊張感が走る。

“彼”は自分たちをじっと見て近づいてきた。

 いや、違う。に向かって彼はどんどんと近づいてくる。

(ええ?! また私、狙われている?!)


「むぅっ! まずいな、お前さん達、こちらの玄関前まで移動しなさい!」

 ミサヲが二人を急かす。

「……そうか! 桃瀬君、こっち!」

 榊は何か理解したようだ。二人は門を越え、玄関前まで移動する。

 しかし、黒ずくめは後を追うように、門を潜り抜け、向かってくる。

「む?」

「おや?」

 二人は首を傾げている。いや、そんなにのんきに構えている場合ではない。彼はどんどん迫っている。

(いやあ、また悪い精霊?! バンパイアなの?!)

 桃瀬は恐怖で固まっている。

 黒ずくめは桃瀬の前まで来て止まって、両手を差し出した。その手には手紙。


「あ、あのっ!! こないだ見かけて一目惚れしたんですっ! ま、また会えるなんて、嬉しいですっ! こ、これ、読んでくださいっ!」

 一瞬、その場の空気が固まった。しかし、別の意味での固まり方だ。


「へ?? あなた、バンパイアじゃないの?」

「あ、ああ。この格好では、い、いろいろ誤解されますよね。じ、自分は紫外線アレルギーでこうやって紫外線を遮断しないと、そ、外を歩けないのです。当たると湿疹が起きたり、ひ、ひどい時は熱が出るので」

「え??」

桃瀬は事態が飲み込めずに戸惑うばかりだ。


「桃瀬君、確かに彼はバンパイアではないぞ。こっちへ渡ってきたからな」

 榊は冷静に突っ込む。

「な、なんでですか? 主任?」

「ほう、お前さん気づいたのか」

ミサヲが感心したように榊を見上げる。

「はい、門のそばは暗渠あんきょですね。多分、農業用水路を蓋したものだ」

「よくわかったのう。大したものじゃ」

「ええ、さいたま市は結構、畑や田んぼが無くなっても用水路がたくさん残っていますからね」

「あ、あの? 主任?」

 二人が冷静にやりとりしているが、桃瀬にはまだ事情が飲み込めない。

「桃瀬君も柏木に教えていただろ? バンパイアは流れる水を渡れないって。暗渠あんきょの下は用水路が流れているだろ?」

「あ、そうか。だから中津川さんはとっさにこちらへ誘導したのか」

「蓋をしてあるとはいえ、流れる水だからのう。渡ってきたということは吸血鬼ではないということじゃ」


「あ、あのう、て、手紙、う、受け取ってもらえないのですか?」

 黒ずくめ男は同じく目の前のやり取りが飲み込めてない様子で、桃瀬へ改めてラブレターを手渡そうとする。

 これは……自分の経験からいろいろとめんどくさくなるパターンだ。対処は早い方がいい。

「ごめんなさい、公務員は湯茶しか受けとれないの」

 桃瀬は深々と頭を下げて断った。



「桃瀬君、手紙くらい受けとれば良かったのに」

「いや、他人の敷地に断りもせずにずかずか入るような人はちょっと……」

「健気じゃないか、一目惚れして、また会えるかどうか分からないのにラブレターを持ち歩くなんて。ある意味一途だぞ」

「その一途が怖いんです。自分、ストーカーっぽいの引き寄せやすいんで」

「いやあ、付き合ってみたら恋が生まれるかもしれないぞ」

「……主任、それ以上言うならば、セクハラとして職員課へ言いますよ」

桃瀬が険しい顔で榊を睨む。

「手厳しいな」


 あっけなく玉砕した黒ずくめ男はしょんぼりと去っていった。なんでも、紫外線を避けるために夕陽が沈んでから通院しているらしい。それで、調査で歩き回っていた桃瀬に一目惚れしたとのことだった。非常に紛らわしいが、吸血鬼とは無関係であったわけだ。

「また、一人シロですね」

「ああ、あとは容疑者は政夫氏とコウモリか」


「さっきより日が沈んできましたの。さ、今度こそお茶を出しましょう」

 ミサヲが改めて提案したその時、コウモリの群れが飛んできた。

「うわ、噂をすればコウモリなんて」

「あれか、たしかにすごいな。一体捕獲して調査できな……む!」

 群れの中から一羽が桃瀬へ向かって飛んできた。

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