第2章ー6 寂しい犯人
「中津川さん、大丈夫ですかっ!」
榊と桃瀬が到着した時には、ちょうど警官が庭先の現場にて事情聴取をミサヲにしているところだった。
「おお、環境省の方達か。ご覧の通り、また起きてしまった。可哀想なことじゃ」
そばには力無くぐったりとした鳥の死骸があった。
「この鳥は……」
榊が触らないように慎重に観察する。
「これはですね……」
警官が答えようとしたその時、騒ぎを聞き付けたらしい芙美子が駆けつけてきた。レジ袋を抱えた格好からして、どこか買い物から帰ってきたらしい。
「叔母さんっ! また死体が投げられていたって、本当ですか!?」
「おお、芙美子か。ほれ、ご覧の通りじゃ」
「まさかまた血の無い死体なんて、恐ろしい! 本当に吸血鬼がいるなんて!」
やや興奮気味に芙美子が取り乱す。その様子に桃瀬は微かな違和感を感じた。
「芙美子、お巡りさんや役所の方の前で取り乱すでない」
本当に肝っ玉が座っている老婆だ。少なくとも嫌がらせの狙いがミサヲならば、ダメージはゼロだ。
「いや、これは食用のキジバトですね」
警官が冷静に答える。よく見るとこの間、ジビエのことを教えてくれた警官だ。
「あ、本当だ。あの通販サイトに売ってたやつだ」
桃瀬もすかさず答える。
「通販サイト? もしかして『ジビエ・キッチン』か?」
榊が不思議そうに尋ねてくる。
「主任もやはり知っているのですね。そちらのお巡りさんにジビエの通販サイトを教えてもらいまして、調べたら羽根つきの鳥が沢山売ってて。鳩にウズラにカルガモに。前回のはそれじゃないかって」
「確かにあそこなら何でもあるな」
「それで、注意書きに『銃弾の跡があることがございます』とあって。ほら、ここのところが弾の跡っぽいです」
桃瀬が指を指した所には確かに穴が空いている。少なくとも吸血鬼が噛んだとは思えない。
「ああ、確かに売ってたな。自分は鳩ならばオーブン焼きが好みだな。ハーブと塩コショウ刷り込むとうまいんだ」
「本官も吸血鬼ではなく、人間の嫌がらせのように感じますな。ちなみに本官は鳩はタンドリーチキンみたく、スパイシーにするのが好みです」
「ほほう、それもうまそうですね」
「二人とも、何をジビエ談義してるんですか……」
やはりキワモノ好きな主任はジビエ・キッチンに会員登録してたのか。いや、今はそこを考えるところじゃない。
「ああ、済まない桃瀬君。でもなんとなくわかってきた」
「あああ、恐ろしい。吸血鬼なんていないと思ったのに」
芙美子は耳を塞ぐように両手を当てて、大げさなくらい震えている。
「山中さん、もうそろそろお止めになりませんか?」
榊が突如、切り出した。眼鏡の奥の眼光はいつになく鋭い。
「は、はい?」
話を振られた芙美子は、声色からして上ずっている。
「少なくとも今回と前回の鳩はあなたが用意して、自作自演されていたのではないですか?」
「な……!! 何を根拠にそんなことを!」
ドラマでもそうだが、犯人とされた人間はどうしてこうもテンプレート通りの答え方なのだろう。桃瀬はぼんやりと思った。
「このお巡りさんがおっしゃってた通り、羽根つきの食用の鳩を購入して、頃合いを見て庭先に置いたのではないですか? お巡りさん、前回の鳩も食用だったのですよね?」
榊が警官に念を押すように尋ねる。
「ええ、こちらの職員さんには説明しましたが、街中で見掛ける鳩は食用ではなく、違う種類です。キジバトはまあ、町にもいますが別名山鳩と言うくらいですから、主に山に生息してます」
「え……」
警官に冷静に分析されて、芙美子に動揺の色が走る。
「この間、お宅にお邪魔したときに『ジビエ・キッチン』の箱がありました。それに山中さん、あなたは先ほど『また血の無い動物なんて』とおっしゃった。誰も何も言ってないのにどうしてこの死体が血が無いとわかったのですか?」
「……!」
榊が言ったことで桃瀬は思い出した。確かに廊下に『ジビエ・キッチン』の箱があった。
「芙美子、この人が言っていることは本当か?
言いがかりならば、新都心の管理事務所の偉いさんに苦情を入れた方がいいぞ。確か受付は総務課じゃったな」
なんでこの老婆は奇妙なくらい役所に詳しいのだろう?まあ、問題は今はそこではない。
「……もしかして、ご主人の気を引きたかったのですか?」
桃瀬が思わず口にする。愛人がいるとか、家に寄り付かないとか言う寂しい噂が本当なら、こんなことをしたのもあり得る。
桃瀬のその言葉が引き金となって、芙美子は手を当てて座り込み、泣き崩れた。
「うっ、うう……。あの人、ずっと研究室に入り浸りで。研究ばかりで帰ってこなくて。……こうして騒ぎを起こせば帰って来てくれるかと」
「騒がせてしまって、すまんですの」
虚偽通報の疑いということで、芙美子は警察へ任意同行されていき、門の前に取り残された格好となった三人がいた。
ミサヲは切なそうに杖へ目を落としながら謝罪した。
「いえ、通報があれば調査するのは私達の役目ですから」
榊は冷静に答える。
「皆さんには単身赴任と言ったが、芙美子の夫は大学の研究室に入り浸りでの。仕事の虫というのか、家庭より仕事というタイプなのじゃ。子供達も独立してなかなか寄り付かん。いろいろと寂しかったのじゃろう。悲しい奴じゃ」
「……」
コロポックルの長は安楽椅子探偵並みの推察力だったようだ。見事に当てている。
「芙美子はどうなるのじゃろう? 不起訴かの? 起訴猶予になるのか、罰金刑なのか、執行猶予付きの懲役かのう」
だからなんでこの人は刑事罰にも妙に詳しいのだろう?
「いえ、多分罰金刑になるでしょう。留置されたとしてもすぐに戻ってこれますよ」
「そうか……。じゃが、芙美子は猫のことは知らないと言ってたな」
「ええ、動物を殺すのが可哀想だからと、今回のジビエを利用したとおっしゃってましたね」
警官に任意同行される際、芙美子は鳩の件は認めたものの、猫については知らないと否定していた。
「まだ、吸血鬼疑いは残っているということだ」
「主任……」
夕闇が迫るなか、冷たい風が彼らのもとを吹き抜けていった。
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