第17節 再びエーリンとコーネリウスの会談
どこから手に入れてきたのかは知らないが、エルフリンクの隊員たちにはこの議場に出入りしている従業員・業者の名簿が電子版で配られていた。既にテロリストでないと割れている民間人の身体検査と安全確保は終えているとか。
ワイアームはその間にブルーノ・メアッツァを社長のところまで連れて行く任務を帯びていた。通り道で何度も銃を持った険悪な表情の人間に出くわした。発砲は避けろ、というのはいささか理不尽ではないだろうか。なんでも、修理費の出所の決着がつくまでは内装を傷つけるわけにはいかないのだそうだ。他方の敵はもう見境なく撃ってきているのだから、無理難題を仰る出資者とはまさにこのことだった。
そういうわけで愛想笑いが引き攣っているブルーノを従え、時々先行してナイフを投げつけ、そうでなければ背後に回って首を掻いた。余裕があればPP-19をセミオートで撃った。拳銃弾だから中り所によっては人体を貫通しない。
いったい敵は何人居るのだ? それだけの人数をどうやって潜り込ませたのだろう。
応接間に着く頃には浴びた返り血が顎から滴っていた。
ここにも非戦闘員を匿っているらしく、給仕の格好をした男女が三人、部屋の隅に固まっていて、ワイアームの様子を見ると戦慄の表情を浮かべた。女の一人などは側溝にハイヒールを突っ込んでしまったみたいに一瞬悲鳴を上げた。
「人ならざる者」というのは俗悪な表現で、人殺しを疎む大衆イデオロギーの生んだ差別的な表現に過ぎない。むしろ人は嫌でも人をやめることができないのだ。人を殺してから良心と常識のために身悶えするのも、苦悩の末に判断を諦めて狂気に走るのも、きちんと頭が回っている証拠だ。
それが人間でないただの動物であったなら、仲間から見捨てられても自分が生存するための最大限の努力を怠らない。群れの礼儀というのは手段の一つであって、一人で全てをやるよりは効率がいい。常に生きるために有利な選択をしているにすぎない。社会の存在を前提とした人間は異なる。
だから人である社長は白いタオルを差し出してくれたし、人であるワイアームはそれを受け取って顔を拭った。
まあ、いくら合理化したところで殺しの正当化には届かない。そんなふうに考えるとタオルの中で小さく自嘲が漏れた。表情を消そうとすると薄くこびりついた血液が動きに追従しようとしてぱりぱりと突っ張った。皮膚が粉々に裂けていくような感覚だった。
「お疲れ様」社長は渋い顔で言った。
「いえ。命令通り、ほとんど撃ってません」PPを掲げ、マガジンの残弾表示を見せる。「どうでした?」
「誰がこの事態を招いたかなんて明白じゃないか」
「そうっすよね。よかった」
社長は肯いてヘッドセットを被ったブルーノに向いて話を始めた。
ワイアームは息抜きに部屋を見渡した。ロシア海軍組の年長の方は窓際の椅子に掛けて煙草を吸い、横の壁に寄り掛かった護衛と談話していた。それがテレビ越しの映像であるのではないかと疑ってしまうくらい落ち着いているのだ。戦闘なんて発生していない過去の録画映像でも流しているように思えた。けれどそれは実際に今この時の光景で、変な意味で流石の対応力だと思った。
「監視カメラの映像を見るところだと、既に七から八割は片付いているんじゃありませんかね」マイクを手で覆ってブルーノが言った。
「残党ほど恐いものは無い」社長は腕を組んでソファの背凭れに寄り掛かる。クローバ模様のついたネクタイを緩めて先端を胸ポケットに突っ込み、シャツの第一ボタンを外していた。「他のアプローチがないか念入りにチェックするように」
「了解です」
「社長」ワイアームは控えめに呼んだ。
「何だ」
「指揮系統はどうなってるんです?」
「指揮、指揮ならうちが一括してやっているさ。それでもまだうちとロシアしか来てなかったんだ。各々自分の居る場所の防衛を頼んでいるんだけど、朝食に武装してくる兵士も少なくてね」
ワイアームは何度か頷いた。
社長がしっかりUSPを握っているのを見て自分もここの死守を命ぜられているのだと直感したけれど、自分から出て行って殲滅の手伝いをしたい気持ちは無くなっていなかった。
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