第八小節 オルドヌング族と人間種族の混血児

「十年前、ここ帝都カレヴァラの〈翡翠の森〉と呼ばれるところで、双子と思しき子供が見つかったの」


 質問の答えとは異なる内容に、エルスは怪訝に眉を潜めた。

 話が違う方へ向いた気もしつつ、ひとまず思いついたことを口にする。


「〈翡翠の森〉……。確か〈カドゥケウスの四宝〉の一つが発見されたところか」

「ええ。子供の名前は、ブランシュとフィディール。彼女たちは、今は崩御した前執政官ディディウスに引き取られたわ」

「その双子が、オルドヌング族と人間の混血児らしいという噂話は聞いたことがあるが」

「話が早くていいわね。そうよ」


 通じない言葉と古トルヴァトゥール語を話したこと。

 残されたオルドヌング族の遺産をその子供が扱えたこと。

 そして、本人の証言。


 帝都カレヴァラの上層部は、発見された双子を、四百十年前に滅んだオルドヌング族の生き残りと推定したらしい。

 実際にそうなのか定かではない。公的にもされていない。しようがない。

 人間種族とオルドヌング族は見た目にはほぼ変わらず、オルドヌング族に確認を取ろうにも、四百と十年前に滅んでいて調べられないからだ。


「そして、ティアとブランシュはとてもよく似ている。瓜二つといっていいほどに。この二人は無関係ではないんじゃないか。執政官が双子を引き取ったのも、本当にオルドヌング族だからではないか。帝都カレヴァラが存在を隠している少女やフィディールについて、そんな憶測が一部の間で流れているわ」

「まあ、アレはそう勘繰りたくなるだろうな」

「あら、あなたもその双子がオルドヌング族の血を引いているって思ってるの?」


 エルスがそう思ってるのが意外だったのか、ルーシーが素直に驚いてみせる。


「フィディールの持ってる力の方は見てないが、二回、彼女の力は見た。あれは、人の身で扱える代物じゃない」


 今は跡もなく完全に癒えた腕を無意識にさすりながら。それだけで傷のない腕から痛みが戻ってくるような錯覚。

 あのときはフェイの法術で痛覚を一時的に遮断して事なきを得たが、あのままティアに治癒されずにいたらどうなっていたことか。


「それに、ティアの力は人の傷を治癒することができる」


 法術では傷を癒やすことができない。

 魔法と法術の決定的な違いの一つはそこだ。


「だからって、そう考えるのは早計じゃないかしら」


 ルーシーから疑り深く指摘され、エルスは考える素振りをするフリをした。


(確か、ティアの単純な力の規模は、記録に残っているオルドヌング族とほぼ変わらない。そうだったな、フェイ)

『そうだね』


 頭の中で発したエルスの声に、やんちゃな子どもの声が返る。エルスの外套コートのフードの中で、もそりと尻尾が動く気配を感じながら、エルスは続けた。


(で、フェイからは、ティアは普通の人間に視えるんだったよな)

『だね。身体の構成を見る限り、人間と同じ〈ヒト〉であることは間違いないと思うよ』

(だが、ルーシーと違って、表層以上の記憶や心理は読めないんだよな?)

『あのエーテル抵抗値は異常っていうか防御が堅いっていうか。精神汚染しようものなら、ぼくが逆にやられると思う。〈嘆きの歌〉は通用すると思うけど』


〈嘆きの歌〉。ひとの記憶を蘇らせ、過去に囚われさせる術。

 あるいは、幻覚で甘い夢を見せ、絶望に陥らせ、心を壊す術。

 法術士の中でも感知特化のみが使える特殊な術だ。

 今では、古都トレーネにより禁術に指定され、その威力と危険性もあって、使える者は少ない。


『でもさ、ティアの力が魔法っていうんならおかしくない?』

(何がだ?)

『魔法って世のため人のため誰かのためにしか使えないんでしょ』

(そうだな)

『だったら、その力で人を傷つけられるってのも、おかしくない?』


 フェイの疑問はもっともだった。

 魔法は、誰かを傷つけたり害する目的では使えない。

 真に良きことのために──昔、〈真法まほう〉と呼ばれていたように。


『もう二回も大規模破壊されてるじゃん』

(塔での一回目のアレはともかく、二回目はオズウェルや俺たちの争いを止めるという大義があるぞ)

『それで建物一棟崩壊させた挙句、それを防ごうとしたエルスが大けがしてれば世話ないね』

(言えてる)


 エルスはあっさり同意した。


『それとも何? 魔法って誰かのためなら誰かを傷つけてもいいとかそんな例外とか空隙があったりするの?』

(それはわからないが、オルドヌング族が殺人を禁忌としていた記録が残ってることから察するに、魔法で人は殺せるだろうな)


 魔法で人が殺せないのなら、殺人を禁じること自体無意味だ。

 後世の人間はそう論じているし、エルスも同感だった。

 フェイがあからさまに呆れかえる。


『本末転倒だね。魔法の名が聞いてあきれるよ』

「早計だとしても──」


 声に出す。フェイではなく、今度はルーシーと会話を再会するつもりで。


「ティアの術の威力は桁外れだ。少なくともあれは法術じゃない」


 確信めいて区切って。


「それに、苗字のこともある」

「苗字?」

「出会ったとき、ティアは自分のことをブランシュ・アファナシエフと名乗った。アファナシエフ家はオルドヌング族の中で〈真義〉を引き継いだ七家の一つだ。聞くが、ティアがブランシュ本人だという可能性は?」


「ないわ。十年前、ブランシュは発見されたときに亡くなってるもの」


 即答。直後、難しい顔をしながら言ってくる。


「それに、生きていたとしても、ブランシュは発見された当時、十二かもう一つ下ぐらい。生きてたら二十歳過ぎってところかしら。どう見ても、ティアは私より年上には見えないし」


 そこで、ふっと、顔を曇らせ。


「……けど、赤の他人といい切るにはあまりにも、ね」


 憂いの色をよぎらせ、ルーシーは虚空を見上げた。

 そこに、鳥はいない。

 相変わらず明るく晴れているが、細く切り取られた狭い路地の空は、戸外でありながら薄暗く感じる。青空には雪がちらついていた。山では雪が降っているのだろう。白い花弁が路地に舞い降りる。


 と、さらりとルーシーが切り替えてきた。


「さ、今度はそっちの番よ」

「番って言われてもな」


 冴えない口調で言って。


「俺が知ってることなんてたかが知れてるぞ?」

「いいから。ティアについて知ってることを、洗いざらい話しなさい?」


 口調こそ華やかで優雅だったが厳しい声色で、ルーシー。

 どうやら負けん気が強い上に、気も短いらしい。

 特に隠すようなこともないので、エルスは大人しく答えた。


「二週間前、俺が塔に侵入した時に出会って、その後の爆弾騒動ですったもんだしてたら、もっかい出会って、それで暴走したティアの力の反動でモンレーヴ旧市街まで飛ばされた。そんなぐらいだろ」

『飛ばされたんじゃなくて、あれはエルスが飛んだんじゃん』


 フェイからの横槍。


(狙った位置に転移できなかったんだから、飛ばされた、だろ)


 脳内で返しながら、ルーシーの様子をうかがえば、彼女は何やら考え込んでいる。


『飛ばされたっていうけど、じゃあ誰に?』

(さあな)


 それこそ、そんな横槍を入れられる人物なんて、あの場にいたフィディールぐらいしか思い浮かばないのだが。帝都カレヴァラの区画一つ以上を移動するほどの長距離転移。実際にオルドヌング族の血を引いてるならそのぐらい余裕だろう。

 だが、何らかの理由でティアを幽閉していたフィディールが、ティアを外に逃がして改めて捕らえる、なんて不可解なことをするだろうか。

 自作自演じゃあるまいし。必然性を感じられない。

 すると、エルスの思考の表層を読んでたらしいフェイが突っ込んでくる。


『そんな必然性で世の中回ってるわけでもないでしょ。案外、気まぐれでやったのかもしれないよ』

(気まぐれねぇ……)

「依頼とはいえ、〈ラティメリア第一計画〉について調べるために、わざわざ国外からやってきて、立ち入るのが禁止されている塔の上層区画に侵入するなんて犯罪者と対して変わらないじゃない。RAD何でも屋って、みんなそういうものなのかしら」


 非難めいたルーシーの声。ふっと意識が正面にあわさる。

 一瞬、会話の前後がつながらず黙っていれば、ルーシーは呆れているのか感心しているのかわからない様子で続けてきた。


「ただの上級法術士ならともかく、〈秩序学会〉に所属している上級法術士が帝都カレヴァラの立ち入り禁止区域に侵入したなんて判明したら、国際問題になりかねないわよ」

「だろうな」


 エルスの反応は薄かった。軽いのではなく。

 ルーシーの眉間のしわが深くなった。まるで彼女こそ当事者のように。


「そんな他人事みたいに……。暫定とはいえ、お仲間になったから教えておいてあげるけど、あなた、塔に侵入したときに写真撮られてるわよ。多分、爆発騒動のときのものだと思うけど」

「監視機は全て破壊したつもりだったんだがなあ」

「おあいにくさま。おかげで、顔写真と情報を手に入れるのはまあまあ楽だったわよ。さすがは記録保持者タイトルホルダー様。有名なのね」


 品よく微笑みながらも、しっかり皮肉を添えて、ルーシー。


「人がせっかく迷惑かけないよう黙ってくればこれだ」

「あなたは発想が根本から間違ってそうなところがあるわね」

「そうか?」

『ほら、ぼくとおんなじこと言われてる』


 フェイの毒。それを釈然といかない心地で聞き流し、思考に走る。


 オズウェルの口ぶりを鑑みれば、既に古都トレーネに連絡は行っているのだろう。

 とはいえ、エルスは特に地位も何もない、一介の上級法術士に過ぎない。

 古都トレーネなら知らず存ぜずを決め込んで放置してきそうだ。

 あるいは、法術士の互助組織である〈秩序学会〉が仲裁に入っているか、そちらに丸投げしているか。

 事と次第によっては、文字通り〈秩序学会〉からお迎えが来るかも知れない。

 血相変えた義兄か飛んでくるか、面白がった義姉がやってくるか。

 どちらもあまり面白くない展開だ。どちらを敵に回しても、勝てない自信がある。

〈死の天使〉の渾名を持つ師は──ないだろう、たぶん。そう願いたい。来ようものならエルスの額に風穴が開く。

 深く考えると面倒なので、実際に迎えがきてから考えることにしよう。


『その三人なら、来てからじゃ遅いんじゃないかなあ』

(うるさいぞー)

「他は?」

「え?」

「変なところで鈍いわね。他にティアについて知っていることは?っていう意味よ」

「他は……そうだな、ティアが〈盤上の白と黒〉の奴と知り合いっぽかったぐらいか」


 しかも、オズウェルとのあの様子。出会い頭の会話こそ、ぎこちなさはあったものの、多少なりとも打ち解けているようである。


「そう」


 その変哲のないルーシーの声に。


 ──ルーシー・ウィシャートは〈盤上の白と黒〉となんらかのつながりがある。


 直感的に、エルスはそう、思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る