第七小節 上級法術士の記録保持者
「なるほどな。やはりモンレーヴ村は人為的に滅ぼされたわけか」
言って、エルスは服の入った紙袋を上に放った。路地の細い空へ、悠々と紙袋が浮かぶ打──刹那、ぱっと空間ごと切り取られたように消えた。
隙間から見える空は明るく澄み渡っているが、届く光は少ない。
昼間だというのに夕暮れ時のような暗さ。
……闇討ちには持ってこさそうな路地だな。
人気のない路地に、なんとなくエルスはそう思う。
エルスの側に、そんなつもりも予定も特にはないが。
もっとも、店を出てからというもの、言葉少なに正面を歩く銀髪の女性の方はどうだか知らないが。
「……あなたは、どうして私がモンレーヴ村の出身だと思ったの」
袋小路に到着すると、そう言ってルーシーは振り返った。
エルスもルーシーの歩みに合わせて足を止める。答えた。
「勘?」
「かん?」
お気に召さなかったらしい。
ルーシーが眉をきれいに吊り上げて聞き返してくる。
まさか、感知特化であるフェイの法術で、ルーシーの上辺の思考と最近の記憶を読み取って、推察したと言えるわけがない。
フェイが人と同じように話せる感知特化の法術士であることは、まだ明かせない。ティアにも口止めしてある。今は大人しくエルスの言う事を聞いてくれている少女が、いつまで口を滑らせずにいてくれるかは、甚だ不明だが。
ルーシーは尖った視線を向けてくるだけだ。納得する答えを貰わないと気がすまなさそうな様子でもある。
エルスの側から口を開かない限り、話は進まなそうだ。悟り、答えあぐねたあと、白状するような気分で口を開いた。ここで疑われすぎるのも面倒だ。
「途中、ティアとモンレーヴ旧市街について話してたとき、あっただろ。そのとき、雰囲気が少し違ったから」
エルスが軽く嘆息すれば、なぜかルーシーはびくりと肩を振るわせた。まただ。店で席を立ったときと同じ。
どうやら、そのさりげない所作さえも、今はルーシーを刺激する材料にしかならないらしい。警戒の色が強まる。
だが、気丈に言ってきた。負けん気が強いらしい。
「それだけで? 突拍子なさすぎるでしょう」
「だから、思いついたもののうち、確率の低いものから言ってみただけ」
「な……」
「まさか、一発で当たるとは思わなかったが」
エルスとしては、外れて欲しい気持ちが少なからずあった。
流行り病か地表のどこからかガスが吹き出したのか、夢か幻のように一夜で滅んだモンレーヴ村。
だが、真実は、帝都カレヴァラによって滅ぼされたのだという。
村全体に仕掛けられたと思しき、光る法術陣。
眠るように亡くなった村人たち。
その後に現れた帝都カレヴァラの警備隊員と長老と思しき人物たちの会話。
モンレーヴ村の出身であるルーシーは、その日、流星群を見るためにこっそり村を抜け出した幼馴染と一緒に、会話を目撃していたらしい。
エルスとしては、〈夢の遺児〉と呼ばれるモンレーヴ村の生き残りが、何らかの目的でティアに接触しにきている、というのは、控えめに言っていい予感がしない。
しかも、モンレーヴ村とティアに関わり合いがあるならなおのこと。
今は暫定、協力者だが、最悪、敵に回ることも想定に入れておいた方がいいだろう。
そのとき、間違いなくうるさくなりそうなティアをどう誤魔化すか黙らせるか。
算段を立てながら待っていれば、ルーシーからそれ以上の追求は飛んでこなかった。
一応はエルスの答えに納得したのか、ルーシーはエルスから視線は外さないものの、何か言ってくる気配はない。
昔、嘘の中に真実を小さじ一杯入れることで、本当に隠し通したい嘘から目を逸らさせる──なんていう常套手段を本で見た気がするが、効果はほどほどにあったらしい。
「それで、まずは何の話からする?」
「その前に、確認したいことがあるわ」
「確認?」
「……あなたは何者?」
今度はまるで得体の知れないものを前にしたように、ルーシー。
だが、エルスとしては、ルーシーにそこまで警戒される理由が皆目見当がつかない。きょとんと青空色の瞳を瞬かせた。
「……
「ごまかさないで」
ぴしゃりとエルスの答えを跳ね除け、睨みつけてくる。
エルスとしては、決して軽口をたたいたつもりはなかったのだが、ルーシーは茶化されたと受け取ったようだった。
向き合うルーシーの表情は暗い。
路地の暗がりも重なって色を失っているように見える姿は、今まで上品に微笑みながらエルスを煽っていたときと、どうにも様子が異なる。
エルスのことを不審に思っている、というより、まるで不気味に思っているような──
……どこかで、この目を知っている。
たぶん、昔、古都トレーネの被験者として研究所にいた頃だ。
何人かが、ルーシーと似たような目でエルスを見ていた気がする。
──恐怖だ。
十歳のエルスは、どうしてそんな目で見られるのかわからなかったが、言葉にしなくても、大人たちがエルスを怖がっているのが雰囲気で伝わってきたのを覚えている。
普通ではないことは、本人が気づくのではない。
周りの態度と反応が、本人にそう自覚させるのだ。
そうして、周囲と異なることは、なにか恐ろしいことだと刷り込まされる。
周囲の基準を刷り込まれ、それが元より自分の考えであるかのように思い込まされる。本人がもともと持っている感情や考え方を置き去りにして。
モンレーヴ旧市街で、オズウェルに人ではないと告げられた、今のティアがそうなように。
エルスの場合、良くも悪くも周りが変わり者揃いだったのと、色々ありすぎてエルスも感覚が麻痺してしまったところがあるが、初めてその視線に、向けられる感情に気付いたときは、どんなことを考えただろうか。
己が何者かと怯え、悪い夢から醒めて狼狽える子供のような顔でエルスへ手を伸ばす少女をふと思い返しながら、自身の記憶を手繰りかけ──億劫になってやめる。
被験者だったのは、六年前。
随分と昔の話だ。忘れてしまった、と言えてしまうぐらいには。
「モンレーヴ旧市街ときから、あなたを観察していたけれど、動きといい、その法術といい、学んだレベルではないわね。
「確かに、そういった訓練は過去に受けている」
渋々エルスは認めた。特に隠す必要もないが、ひけらかすものでもない。
「だが、趣味程度で法術を使うやつならともかく、実用的なレベルで使える法術士ならこれぐらいの訓練は誰だって受けてるだろ? もちろんルーシーだって見た限り、普通に習っただけとは思えな――っ!?」
台詞は半ばで途切れた。
ルーシーが音もなく手首のすそに仕込んであるナイフを予備動作なく投げつけてくる。
この至近距離。しかも不意打ち。勝利を確信したのだろう。ルーシーの顔に手ごたえのような色が広がる。
だが、次の瞬間、愕然と瞳を見開いたのはルーシーの方だった。
「な……」
投げつけられたナイフは、エルスの肩に届く直前、半透明の盾によって防がれていた。負荷に耐えきれず、ぴしりとひび割れる。遅れて粉々に砕け散った。
やはり、人気のない袋小路に連れてきたのは、このためか。
そちらがやる気なら是非もない──エルスは反射的に後方に跳躍すると、ルーシーから距離を取った。
「いきなり何す――」
「まさかとは思ったけれど」
思わぬ剣幕。つかつかと石畳を進む音。
ルーシーはエルスの手にある短剣を気にもとめず、距離をつめてきた。
武器も持たず、無防備とも呼べる姿に反応が半瞬遅れ──その隙に、首にかけられた銀色の鎖を強引に引き抜かれる。
「大陸史上、最年少の
光るような銀の眩しさが冬の白日の下にさらされる。
ルーシーの指先には、板状のペンダントがあった。
アイリスの花の意匠の前、宝石を掲げた女性像が彫られた純銀製のペンダント──古都トレーネの紋章にして、上級法術士の資格を持つことを証するもの。
ルーシーは忌々しそうな笑みを浮かべ、握りつぶしそうな勢いでペンダントをつかむ。
「一次試験を突破したというのは噂には聞いていたけれど、合格までしているとは思わなかったわ」
「面倒そうだから黙ってたんだけどな」
ぱっと、エルスは無造作にルーシーの手からペンダントを奪い返した。
ふん、とルーシーが鼻を鳴らし、大人しく奪い返される。
と、急に彼女は自信なさそうに目をさまよわせた。
「……今更だけど、そのペンダント、偽物とは言わないわよね?」
なんだか力の抜けるセリフだ。
先ほどまでの威勢はどこへ消えたのやら、ルーシーは心なしか頼りない上目遣いでエルスを見つめている。
エルスは短剣を収めてからペンダントを外套の下にしまい、真顔で。
「残念ながらこれは偽物で――」
「嘘おっしゃい嘘」
なぜか即座に見抜かれてしまった。
確信が揺らいだついでに、サクッとごまかしに走る予定が、どうやら騙されてくれないらしい。ルーシーがじろりと三白眼で睨んでくる。
「この期に及んで嘘吐こうなんていい度胸してるわね」
「それはどーも」
「あなたって性格悪いでしょう」
「いいと言われた記憶はあまりないな」
しれっと言ってやれば、なにか言い返したそうな視線が返され、疲れたようなため息に変えられる。
「……それで、古都トレーネ認定の上級法術士様が一体この帝都カレヴァラになんのご用事? まさか、古都トレーネの差し金とか言わないでしょうね?」
「古都トレーネは関係ない」
自分でも思いもよらない強い声だったらしい。
返されたルーシーが一瞬、驚いたように怯んだのがわかった。
「俺は古都トレーネ――というより、〈秩序学会〉に登録されている法術士ではあるが、今回ここに来たのは個人的な理由だ」
「なら、その個人的な理由っていうのは? 私は〈ラティメリア第一計画〉があなたの本当の目的とは信じてないわよ。他にあるんなら、今すぐこの場で答えなさい」
エルスはやや呆れながら聞き返した。
「それ、答える義理があるか?」
「あるわ。それとも、答えられない理由でもあるの?」
煽るような強い口調に、エルスは無反応だった。
「後ろ暗いことがないのなら、話すのが利口だと思うけど」
「それ、お前に疑われたくないのなら、の間違いだろ。そもそも、俺がすべての真実を嘘偽りなく話したところで、お前の側に信じるつもりがなければ意味ないだろうが」
「それは……」
図星を突かれたのか、ルーシーが押し黙る。
「加えて言わせてもらうなら、俺のことをどうこう言えないのはルーシーも一緒だろうが。お前が探している姉が、本当に復讐相手だってこと。結局ティアに言わなかっただろ」
「……ばれていたのね」
諦めたような、仕方ないような、指摘されるのを密かに待っていたような、なんとも形容しがたい複雑な苦笑をルーシーが浮かべる。
「ティアでさえ気づけるような不穏な空気放っておいて、よく言う。そっちもそっちで嘘は言ってないんだろうけど、だからといって、すべてを話しているわけでもない。そうだろ?」
「……ええ」
「じゃあ、この話はここで終わりだ。俺たちがお互いに不信感を抱いたところで無意味だからな。俺もお前もティアが手がかりである以上、ティアのそばから離れられないのは同じだ。んでもって、ティアが塔に連れ戻されて困るのも一緒。だったら、ティアを狙っている奴らをどうにかするために手を組んだ方がよほど建設的だと思うがな」
「私に露骨な警戒心を向けておいて、よく言うわね」
「お前が俺を排除する気満々なような敵意ばかり向けてくるからだろうが。自己防衛だ」
互いに言い合ってから黙る。
これ以上は水掛け論にしかならないと思ったのはルーシーも同じだったのだろう。会話が途絶える。
「もっとも、それでも納得出来ないっていうんなら、力付くで、っていう手もあるが……」
今までとさして変わらぬ涼しげな声で思わせぶりなことを言いながら、エルスは再び腰の裏側に手を回した。剣帯に収められた短剣の柄を軽く握る。
はっと遅れて気付いたらしいルーシーも慌てて構えを作った。
「……そういう手もあるが、別に俺はティアがルーシーを信用して一緒に行くというのなら異論はない。そっちは?」
柄から手を離し、軽く問いかける。
とたん、ルーシーは拍子抜けしたようだった。勢い込んだ腕が力を余らせ、かくっと落ちる。彼女は厳しい眼差しの中、微かにほっとした色を見せながら頷いてきた。
「……別に私も異存はないわ」
「なら、今度はこっちから質問だ。ティアは――いや、彼女は何者だ?」
「何者って、どういう意味よ」
「だからそのまんまの意味だよ。彼女、人間じゃないだろ」
放たれた内容はひどく突飛なものだったが、ルーシーは別段驚きもしなかった。
そのことを意外に思うでもなく、エルスは続ける。
「かといって、この大陸の先住民であるオルドヌング族でもない。それだったら彼女は一体何なんだ?」
問いに答えるべきか否か。ルーシーに逡巡するような気配があった。
現実味を欠いた純粋さを持つ少女。
その正体に心当たりはある。
だが、もし、エルスが思っているものではないのなら、彼女は一体──
「……今から十年前の話よ」
不意打ちのように鼓膜を打ったのは、呟くような声だった。
寒々しい風が銀色の髪を煽る中、ルーシーはそっと語り出した。
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