47.ブランコ

 息子の慎太はブランコが大好きだ。

 保育園でもそうだし、公園に遊びに行った時も、まっさきにブランコに向かって走っていく。

 俺はその後ろ姿を見ながら、微笑ましいとは思うが、他の遊びもしてくれないのかと心配になってしまう。


「慎太? ブランコの他に、遊ばないか?」


「やだ!」


 そうはいっても、本人が遊びたがらないのだから仕方がない。

 ボール遊びや鬼ごっこ、ヒーローごっこなどをやろうと誘ってみても、全く興味がわかないみたいだ。


 妻にこのことを相談してみても、その内他の遊びに興味を持つだろうと言って、そこまで真剣に悩んでくれない。

 俺だけがこんなに悩んでいて、だんだんと馬鹿らしくなりそうだった。


 それにしても、どうして慎太はブランコが大好きなのか。

 思い返してみれば、初めて乗らせた時から、もう虜になっていた気がする。

 ブランコなんて、もう何年も乗っていないがそんなに楽しいものだっただろうか。


 今日も楽しそうにブランコに乗っている慎太を見ながら、俺はそんなことを考えていた。

 俺が小さい頃は、あそこまで夢中になって乗らなかったと思うが、随分と昔の事だからはっきりとは言えない。


 そうなると、俄然興味が湧いてくる。

 ブランコに久しぶりに乗ってみたい。その気持ちが俺の中で、抑えきれなくなりそうなぐらい溢れだしていた。


 しかしそうはいっても、俺は一応大人である。

 いくら子供と一緒とはいえ、昼間からブランコに乗るわけにはいかない気がした。

 しかもここは家の近くだから、近所の目というものもある。


 それを考えたら、今からのって確かめようということは出来なかった。

 俺は今すぐにでも乗りたかったが、必死でその気持ちを抑えて、暗くなってからにしようと決めた。





 その日は、深夜になるまで時間がものすごく長く感じた。

 何度も何度も時計を見ては、ため息を吐いた俺に、妻が心配そうにしてくるぐらいだったから相当だろう。

 そんな感じで待ち続けて、ようやくいい時間帯になった。


 俺はもう寝てしまった妻と慎太を起こさないように、慎重に動きながら家を出た。

 外へ出ると、あらかじめ調べておいた公園までに行くために、俺は車のエンジンをかける。


 そこから数十分。

 人の目を気にして、ずいぶん遠くの公園にまで来てしまった。

 駐車場に車を止めると、小走りで中へと走った。


 どこだ?

 ブランコはどこだ?


 必死になって探していれば、見つけた。

 ここは小ぢんまりとした規模だったから、ブランコは二つしかなかった。

 しかし、これで全く問題ない。


 俺は一直線にブランコまで走ると、そのままの勢いで乗った。


 ゆらゆらゆら


 初めはゆっくりと、しかし音がそこまで出ないと分かれば、段々と勢いをつけて。

 そうしている内に、俺はどんどん気持ちに変化が出て来た。


 楽しい、もあるのだが。

 何だろう、何と言っていいのだろうか。

 ブランコに乗って揺れていると……


 ゆらゆらゆら


 ゆらゆらゆら


 ゆらゆらゆらゆら


 ああ、これはきっと快感というものなのだろう。

 俺は全身で喜びを感じながら、ずっとブランコに乗り続けた。


 これはもう、ブランコから離れられない。





 それから、ずっとブランコに乗り続けている俺を、人が嫌な噂を流し始めた。

 頭おかしいだとか、気持ち悪いだとか。

 そんな俺の所に、妻も慎太も来た。


 泣きながら説得しようとする妻の言葉は聞こえず、俺はただぼんやりとこっちを見てくる慎太に笑いかけた。


「お前も、これを知っていたからブランコが好きなんだろう?」


 俺の言葉の意味が分かっていないようだったけど、それでも良かった。

 今更、この子の事さえも俺はどうだっていい。

 ブランコに乗り続ける、それだけが大事なのだから。



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