43.薬
私の父は、いつも薬を飲んでいる。
それがどんな種類の、何を治すために飲んでいるのか全く知らない。
それでも幼い頃から、妙に薬を飲む父の姿が頭に残っていた。
社会人になり1人暮らしを始めた今も、それを時々思い出してしまう。
一体、父はどこが悪かったのか。
気になってしまうと、どうしても知りたくなって、私は久しぶりに実家に電話をした。
「もしもし。」
「もしもし。舞ちゃん、久しぶりね。」
穏やかな母の声が聞こえてくる。
私はそれにほっとした気持ちになって、しばらくお互いの近況を話し合った。
そしてひと段落ついたと思った所で、私は本題に入る。
「そういえばさ、お父さんは元気?」
「元気よ。たまには顔を見せにいらっしゃい。口では言わないけど、寂しがっているから。来たら喜ぶわよ。」
記憶の中のしかめ面の父を思い出すと、その言葉は容易に受け入れられなかった。
私が他の子達の中でも、随分と早く家から出た原因の一つに父との関係があるぐらいなのだから。
まあ、それはさておき。
「考えとく。……あのさ。何か急に思ったんだけど。お父さんって、薬飲んでたでしょ?あれって、もしかして悪い病気だからだったりとかする?」
話題を別の方向にもっていかれたら困るので、私は無理やり話を修正した。
しかし尋ねた途端、受話器の向こうの音が、全く聞こえなくなった。
「お母さん?」
もしかして、電波が悪くて切れてしまったのか。
そう思って呼びかけてみた。
しばらくの無音。
何度か呼びかけていると、母の上ずった声が聞こえてきた。
「急にどうしたの?」
明らかに普段とは違った様子に、私はこの話が簡単には終わる類のものではないのだと察する。
「うーん、気になっちゃって。お父さんもいい歳なんだし、悪い病気だったら大変でしょ。」
「そ、そう?でも気にする事ないわよ。大丈夫大丈夫。」
母は尚も上ずった声で、話を終わらせようとしてきた。
しかし私は、わざとそれに気が付かないふりをする。
「気にするよ。もしなんかあった時に、説明できるようにしておきたいでしょ。カプセル剤だったから、そこら辺の薬局で売っているの?」
私が引かないと分かったのか、また電話の向こうの音が途切れる。
もしかしたら、このまま電話を切られてしまうかもしれない。
そう危惧していたのだが、母は静かな声で問いかけて来た。
「そんなに知りたいの?」
「え、あ、ああ。うん。そりゃあ、まあ。」
逆にそう言われて、今度は私の方が戸惑ってしまう。
しかし今更引くわけには行かず、肯定した。
「そう。……そういえば、あなたが小さい頃によく遊んでもらった多江さん覚えてる?」
「たえ、さん?……ああ!たえねえ!懐かしいな、覚えてるよ!」
母の言った名前に、私は覚えがあった。
まだ幼稚園生だった私に、優しくしてくれた美人のお姉さん。
当時はたえねえと呼んで、とても懐いていた。
いつの間にか家に遊びに来なくなっていたので、すっかり忘れてしまっていた。
「たえねえ元気かな。でも、たえねえがどうしたの?」
「あの人ね。お父さんと不倫してたのよ。」
私が懐かしさを感じていたら、母はとんでもない発言をした。
その衝撃から私は、なんと言っていいのか分からなくなる。
そうしている間にも、母はどんどん話し出す。
「舞ちゃんは、あの女に懐いていたからね。言えなかったのよ。」
あんなに厳格な父が、まさか不倫なんてしていたなんて。
しかもその相手が、たえねえだったなんて。
「そ、そうだったの。」
「ええ。」
だからいつの間にか、たえねえは来なくなってしまったのか。
私は幼い頃の良い思い出が、崩れ去ったのを感じた。
今度実家に帰った時に、父の顔をまともに見られなくなりそうだ。
私は藪から棒をつついて蛇を出してしまったと、後悔していた。
「……でもそれと、お父さんの薬と何の関係があるの?」
しかしこれだけは、最後にはっきりとしておきたかった。
母は、クスクスと笑い出す。
その笑い方が、あまりにも気持ち悪いもので、私は嫌な感じがした。
そしてそれは当たっていた。
「舞ちゃんが聞いてきたんでしょ。あの薬の中身が、何だって。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます