27.桜の下に





 桜の下に死体があるなんて、一体誰が言い出したのだろうか。

 あんな綺麗なものの根っこに、そんな恐ろしいものがあるはずものないのに。


 私は桜が大好きだから、絶対にそんな事を思いたくなかった。





 しかしホラー好きの友人は、そんな私の想いを聞くとからかってきた。


「でも、死体がある桜は綺麗に咲くんでしょ。それはすごい事だと思わない?」


 絶対に思わない。

 そう言おうとしたが、言い争うつもりは無いので黙る。

 それをいい事に、美希は顔を近づけてグイグイ話し出す。


「私は普通に死ぬんだったら、そういう綺麗な死に方をしたいな。來良もそうでしょ?」


 何が面白いのかクスクスと笑う彼女を、私は冷めた目で見てしまいそうになる。

 それにしてもいくら友達とはいえ、気持ち悪い考えは理解出来ない。


 しかし私のコミュニケーション能力では、友達は彼女しか作ることが出来ず見捨てられたら終わってしまう。


 だからこそ嫌な部分も目をつむって、一緒にいるのだがたまに嫌になる時はある。


「いいな。綺麗な桜の為になるなら、私は死にたい。」


 その時期特有の、構ってちゃんが馬鹿なことを言っている。

 死ぬ気なんて本当はないくせに、そんなにも注目を集めたいのか。


 深く考えると吐き気が出そうになるので、私は何も考えずに言葉をつむぐ。


「へー、それはいい考えだね。その時は頑張れ。」


 本当に何も考えていなさすぎて、他の人が聞いたら私の声に気持ちがこもっていないことなど気がつくはずだ。

 しかし美希は分からなかったようで、笑って喜んでいた。


 その顔を見て、さらに私は彼女の事を馬鹿だと思った。





 もうすぐ、近くにある桜が咲く頃だ。

 私は早く咲かないかと、心待ちにしていた。


 登校する道の途中で、大きくて立派な桜の木があり、それはそれは毎年見事な花を咲かせるのだ。



「こんにちは。桜はもうすぐ咲きそうですね。」


「ああ、今年も見事なものが咲くと思うよ。來良ちゃん、楽しみにしてな。」


 私はその桜がある家の持ち主に、挨拶をする。

 80代後半ぐらいの、背の高いおじいさんはしわだらけの顔を更にシワシワにして笑った。


 人の良いおじいさんは手入れを欠かさずに、桜をここまで立派に育てたと言う。

 それは本当にすごいことだ。


「その時は写真とかを撮りに来てもいいですか?」


「ぜひ来なさい。來良ちゃんに楽しんでもらえたら、この桜も喜ぶだろう。」


 私はおじいさんに笑いかけて、そう遠くない未来の約束をした。





 何故か美希が学校に来なくなった。

 先生は説明をしてくれず、クラスのみんなは様々な憶測を飛び交わせた。


 私はそれを横目に、嫌な予感がしていた。


 この前話した桜の木。

 桜は、もうすぐ開花し始めるだろう。


 そのあまりにも良すぎるタイミングに、最悪の考えが浮かんでしまう。


「まさか、ね。」


 誰にも聞こえない独り言。

 それを言ってしまうと、余計に真実味を帯びてしまって私は慌てて頭を振った。


 違う、そんなわけない。

 私は考えないように考えないようにと、頭の中から美希の事を追い出した。





 そして桜がとても綺麗に咲いた頃、私はあの家に来ていた。

 おじいさんは喜んで迎えてくれて、遠慮なく写真を撮る。


 しばらくそうして楽しんだ後、私は桜の周りを歩いた。

 おじいさんは、どこかに行ってしまったようで姿が見えない。


 それをいい事に、本当に隅から隅まで観察を続ける。



 そしてふと気がついた。


「何これ?」


 桜の木の根元に何かが落ちている。

 私はしゃがみこんでそれを拾った。


「紙、何のだろう?えっとプリント?……え。」


 薄汚れてボロボロになった紙。

 何とか読めたそこには、美希という名前が書かれていた。


 分かった瞬間、驚いた私は紙を落としてしまう。

 紙はひらひらと風に乗って舞い、どこかへと飛んでいく。

 私はそれを取ろうと追いかけていたら、誰かの足元が見えた。



 下を向いていた私は顔を上げて、足の主を確認する。


「どうしたんだい?」


 それはおじいさんだった。

 私を見下ろして笑っている。


 いつもだったら笑い返すのだが、今の私はそれが出来なくて。


「あ、ごめんなさい。ちょっと用事を思い出して帰ります。」


「いやいや。もうちょっといればいいんだよ。」


 おじいさんは手をポケットに入れて、何かを取り出そうとした。

 私はそれを確認する前に、急いでその場から離れる。


 後ろから引き止める声が聞こえてきたが、私は絶対に振り返らなかった。





 來良が去った後、1人取り残された男は大きくため息をついた。

 その手に持っているのは、ただのハンカチだった。


「汚れるかと思って、使ってもらおうと思ったんだけどねえ。一体どうしたんだろうか。」


 困惑の表情を浮かべた彼は、桜を見上げる。

 來良が楽しみにしていたから、もっと見ていてもらいたかったのに残念だ。


 そうは思ったが、用事があるのなら仕方がないだろう。

 またため息を吐いて、男は静かに家へと戻る。



 その姿を見つめるのは、1本の桜の木だけだった。





 私は家に帰るために走りながら、頭の中では色々なことを考えていた。


 あの桜の木の下には、本当に死体が埋まっている。


 だから毎年、あんなに綺麗に咲き誇っているのだ。

 きっと美希だけじゃない、たくさんの人達が養分になっている。

 そのおかげで本当に綺麗。


 あんなに綺麗になれるなら。



「私も死にたいわ。」



 少し前とは違う考えを、私は口に出して笑った。

 たぶんそれも、すぐに叶えることが出来るだろう。




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